101話 壊れた英雄 6

半ザード(1日は20ザン)ほど眠るとユウキの体調はかなり良くなり、起き上がって身体を動かしても違和感は何処にも感じられない程には回復する事が出来た。


「その様子なら大丈夫そうね。」


「ありがとうございました。」


しかしユウキが道の先に視線を送っても当然の如く目当ての人影は感じられなくなっている。


「今日はもうダメかな・・・。」


「何を言っているのです。元気になったのなら行きますよ。」


ユウキがため息交じりに呟くと荷物を背負ったアスミが至極当たり前の様に歩き出す。


「でもおじいちゃんが何処に行ったかなんて僕にも分からないんですよ。今更追いかけても広いコルドランの中で探す事なんて無理ですよ。」


「ユウキくん・・・あなたはおじいさんから、英雄ゴーザから何を学んだのですか?やってもいない内から諦めろと言われたのですか?」


「そうではないですけど、次の機会があると言ったのはアスミさんじゃないですか。」


「焦る必要はありませんが、諦めなさいとは言っていませんよ。こんな時、英雄ゴーザなら何と言いますか。」


アスミは淡々と話しているだけなのだが、その言葉にはいい加減な答えを許さない鋭さがある。

茨で縛られたような痛みを感じながらも、ユウキは自分の内側に意識を向けて何かを探す。


「・・・こんな時、おじいちゃんなら『ものぐさをするな』と怒鳴っています。」


顔を上げたユウキをアスミが真っ直ぐに見つめ返す。


「仮にゴーザさんが見つからなかったとしても、今日ユウキくんがした事は明日のユウキくんに引き継がれます。『それが例え半歩だけだったとしても前に進む力になる以上探索者たるものが徒労を恐れてはいけない』英雄ゴーザの教えとして多くの探索者に広まっている言葉ですよ。『ものぐさ』と斬新な言い方をしているとは思いませんでしたが、そう言う事です。」


アスミがクスリと笑って歩き出すと、今度は何も言わずにユウキが後に続いた。


それから2マール約4キロ程歩くと急に辺りに様子が変化した。

疎らに生えていた草木が密度を増し、種類は変わらないと言うのにそれらは禍々しい気配を滲ませ始めた。

そうして生い茂る下草はそれまで続いていた道を隠し、惑わす様に生える木々の為にどっちを向いているのかさえ分からなくなりそうだった。


「ちゃんと気づいたみたいね。ここからが本当のコルドランよ。見える生物は全て魔物。この辺りにいるのは、ほとんど無視してもいいレベルだけど稀に危ないのが混じっているから気を抜かないで。」


全て魔物と聞いて下ろしかけた足を草むらから引き上げた。

上げた足には細いつるが巻き取る様に絡みつき、それがプツンと切れる。

今のユウキはゴーザが準備し、慣れる様にと訓練でも使っているブーツを履いていたのでこの程度であれば問題はなさそうだった。

しかし、ほっとして足を下ろした所にアスミの声が飛ぶ。


「それは転倒蔓てんとうづる。この辺りでは一番危険な魔物よ。」


「えっ、これが?」


アスミの言葉が信じられず、失笑しそうになるユウキだったが直ぐにそんな余裕はないと気づかされる事になる。


再び絡みついた蔓に足を取られ、今度はバランスを崩して無様に転んでしまったのだ。

(なるほど、これは危険だな)

などと苦笑いを浮かべられたのは知らなかったからだ。

手をついて立ち上がろうとしたが、その手が動かない。

ユウキの腕は別の蔓が何本も絡みついて、簡単には引き千切る事が出来なくなっていた。

そしてそれは腕だけではなく足に、首に、腰に、顔にと巻きついてユウキの身体を覆い隠そうとしていた。

こうなっては起き上がるどころか身体を動かす事も儘ならない。

その上滲み出す様な恐怖に耐えかねて思わす声を上げようとすると、その開いた口にも蔓が押し寄せて体内に入り込もうとする始末だ。

急いで口を閉じても口の中には既に蔓が入っており、蠢く蔓を噛み切ると苦い汁が口中に広がって行った。

その内に今度は閉じる事の出来ない鼻にも蔓が迫るに至っては、さすがのユウキも薄らと涙を浮かべてアスミに助けを求めるしかなかった。


「身体を揺すって蔓を地面に擦り付けて!早く。」


アスミの指示に従って何十回も小刻みに身体を動かすと少しづつ拘束が緩んでゆく。

そして少しだけ動く様になった手足を地面に擦り付けて行くと次第に蔓が千切れて自由が戻ってきた。

そうして暫く続けていると手足の拘束を振り解く事が出来たので、巻き着いた蔓を千切ってやっと身体を起こす事が出来る様になる。

顔に巻き着いた蔓を引き剥がした時には呼吸も儘ならなかったので息を切らして座り込んでしまう程に疲れ果てていた。

ところが


「そんなところで座り込むと尻の穴を狙って虫が来るわよ。」


ギョッとして立ち上がりはしたが、眩暈に襲われて真っ直ぐに立つにはもう少し時間が必要だった。

膝に手をついて荒い呼吸が戻るのを待っていると改めて恐怖が湧き上がって来て無意識に身体が震えてきた。


「あのままでいれば鼻を塞がれて窒息死する事になっていたわ。分かったかしら。これがコルドラン、神素が湧く魔境よ。」


浅層のほぼ入口近辺でこれだ。

これが中層、下層、深層と進むにつれて凶悪さは跳ね上がって行くのだ。

かなり過激ではあったがその恐ろしさを嫌と言う程思い知らされたユウキだった。




それからはアスミの指示を受けながら慎重に進んで行った。

その時々に教えられる事は多岐に渡り、短い間ではあっても多くの事を学ぶことが出来た。

学び鍛えると言う見習い制度の意義は十全に果たされたと言えるのだが、その歩みは遅く、ゴーザの気配など何処まで進んでも感じられるとは思えなかった。

これ以上迷惑はかけられないので、戻ろうかと考え始めていた時、何の前触れもなくアスミは進路を曲げて左方向へと進み始めた。


「アスミさん?」


「ゴーザさんはこっちよ。」


「おじいちゃんが行った方向が分かるんですか!」


「大勢が歩いた跡の中から、ここで一人だけ離れています。今日コルドランに入った探索者は皆どこかの集団でしたし、こんな浅層であえて単独行動をする意味はありませんからおそらくこれがゴーザさんでしょう。」


アスミから人の通った足跡について一つ々々説明を受けたが、ユウキには全く見分けがつかなかった。

だが、アスミにはハッキリと区別がついているらしく、『どこで立ち止まった』とか『ここで後ろを振り返った』など細かな行動まで読み解いて行く。

改めて探索者の凄さを実感したユウキだったが、これもゴーザがその足跡を隠そうとしていないからだと言う。


そうしてしばらく進むと、ユウキのドールガーデンは遂に探していた人物をその認識範囲の中に捉える事に成功した。


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