約束

目を開けると目の前には声を上げて泣きじゃくるマリーンがいた。


ユウキが目覚めた事にも気づかない程必死になって・・・しゃくりあげながら幻の中で聞いた歌を唄い続けている。


「マリーン・・・」


涙にぬれて、ぐちゃぐちゃになった頬にそっと手を伸ばす。


「ひっく、ユ、ひっく、ユウキ!」


碌に言葉にならないが、一生懸命に名前を呼んで抱き着いてくるマリーン。

ユウキは赤ん坊をあやす様に背中をトントンと叩いて落ち着かせようとするのだが、それまで我慢していたのだろう、抑えていた感情が堰を切ったように溢れて大きな声で泣き始めてしまった。


「ユ、ユウキのバカー!もうダメかと思ったんだから。うぇーーーーん」


(何処かで似たようなことをしたな。)

少し細めた眼の端に優しさが混じる。


「声が聞こえたんだ。嫌な事がいっぱい思い浮かんで、自分の汚い気持ちもいっぱい見せつけられて・・・何もかも嫌になって、泥沼に沈もうとした時にマリーンの歌が聞こえてきたんだ。」


ユウキの声は静かに響き、マリーンは泣きながらも耳を傾けていた。


「マリーンの歌を聞いて、『僕はここに居ていいんだ』って思えたんだ。だから大丈夫、僕はここに居るよ。ありがとうマリーン。」


止まりかけたマリーンの涙がもう一度溢れたが、ギューと抱き着いた少女から泣き声が上がる事は無かった。




しばらくしてマリーンの呼吸が「すん、すん」と落ち着き始めると、ユウキはドールガーデンを展開して倒れたゴーザの様子を確認した。


ゴーザは倒れた時のまま身じろぎすらしていない。

顔色は青白く、呼吸は弱々しい。

ユウキはこんな祖父を見たことがなかった。


「おじいちゃん。おばあちゃんとリューイが待っているから先に行くよ。」


こんな状況でもユウキは信じていた。

自分が知っているゴーザなら必ず後から来てくれると。


だからマリーンの肩に手を置いて優しく引き離すと、ゆっくりと立ち上がった。


「マリーン、僕はあの女の人の所に行かなきゃいけないんだ。」


はっ、とマリーンが顔を上げる。


「ユウキ!あの女の人はあなたの妹を追いかけて行ったわ。あの人の目的はあなたの妹だったのよ。」


「身体は動かせなかったけれど、聞こえていたよ。だから・・・助けに行くんだ。」


言いながら辺りを見回してすっかり手に馴染んだ木剣拾い上げる。

しかし倒れた時に地面にぶつけたのだろうか、先端の三分の一程が折れてしまっていた。

試しに3系統の重ね掛けをしたセレーマを注いでみたが、ちょろちょろと弱々しい流れがあるばかりでとても前と同じ勢いは期待できそうになかった。

この玩具の木剣には随分と助けられたし、この後の戦いでも決め手になると思っていた。

それだけに、性能を損なってしまったのは非常な痛手だった。


だが、考えてみれば、この後しばらくは炎に縛められた普通(?)の人達が相手になる。

アグリオスに対しては絶大な効果があった木剣の水流も、他の人達には効果がなかった。

トードリリーの前に辿り着くまでは元々木剣以外の武器が必要だったのだ。


ユウキは少し考えてゴーザが持っている水切りを拾い上げる。

小さなユウキには少し重かったが使えない事はないだろう。


「おじいちゃん、借りて行くね。」


当面はこの刀で事態を切り開かなければならない。

その後は・・・成ってみなければわからない。

何より今は時間が惜しかった。


抜き身の刀を持って歩き出す。

いつもなら直ぐに通報される様な格好だ。

鞘も近くに落ちていたが、打ち合いにも使う特製のこれは長くて重いので、いくらユウキでも両方を持ち歩く程の余裕はなかった。

それに、今のこの状況で抜き身の剣を気にする者はないだろう。


「ユウキ、あなたが倒れてから、大勢の人があの通路に入っていったよ。それから上の人達もみんな聖堂の方に向かっているみたい。それでも行くの?今度こそ死んじゃうかもしれないんだよ。」


「約束したんだ。必ずリューイを守るって・・・」

ユウキの答えには一切の迷いはない。




(・・・羨ましい。)




その呟きが決して漏れない様に、マリーンは口を固く引き結ぶ。

そしてすぐに首を振り、そんな考えをかき消した。


「私も行くわ!」


「さっき自分でも危ないって言ってたよね。」


「だからよ。大勢の人が向かって来たらユウキひとりじゃどうしようもないでしょう。でも、私が歌で心の火を消せれば相手にしなければいけない人数は少なくできる筈よ。」


「確かにそうだけど・・・本当に出来るの?」


「わからない・・・でも大丈夫・・・だと思う。」


マリーンの答えは怪しいが本当に出来るのなら確かに助けになる。


「分かった。ただし約束して。あまり近づかないで試す事と、アグリオス戦の時みたいに自分が犠牲になろうなんて絶対しない事。」


「一番危ない事をしてきたユウキがそれを言うの?」


「僕の事はどうでもいいよ。それよりも約束出来ないのなら置いて行くよ。」


「良くはないし納得出来ないけど・・・分かった、約束する。」


「絶対だよ。マリーンの事も大事なんだ。傷ついて欲しくないんだよ。」


(・・・そんな言い方は、狡いよ。)


真っ赤になったマリーンは頷くしかなかった。



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