第21話 襲撃


「ねぇユウキ・・・なんかこの人怖い。」


横を歩くアスミをチラチラと見ながらマリーンが身体を寄せて呟いた。


当のアスミは背筋を伸ばし、真剣な眼差しで周囲を警戒しており、先程のおかしな態度は欠片も見られない。

「そう?僕は何も感じないけど・・・。」

「しゃべっている時も口だけしか動かさないし、何か作り物みたいな感じがしない?」

「仕事の時は事務的な対応をして感情を挟まない様にしているんじゃないかな。むしろ“できる人”って感じがするけど。」

「そ、そんな筈はなでしょう?」

ユウキの言い方の中にかすかな憧憬に似たものを感じてマリーンはムキになって言い返してしまった。

亭主の浮気を嗅ぎ付けた女房のようなものだが一概いちがい悋気りんきだで言っている訳ではない。

対人関係においてユウキの判断基準はかなり実利的な傾向があり、一般的な印象より能力の有無や適性など即物的な事に重点が置かれる場合が多かった。

あえて言えば『作り物』と評されたアスミに近い部分があるのでマリーンが感じた違和感をユウキは気付かなかったのだ。

他に聞き手がいれば違ったのだろうが今は二人だけで話しているのでマリーンの意見は見事にスル―されてしまった。


「絶対おかしいよ。」


理解されない事に苛立ち、つい態度に出てしまったのは10歳という年齢を考えれば仕方のないことだろう。



「どうかしましたか?」


しかし、今まで会話に混ざることのなかったアスミがよりによってこのタイミングで声を掛けて来れば“仕方がない”では済まない。

元々子供の相手は得意でなかったし、他愛無い雑談に混じるつもりなど毛頭なかったアスミだが、二人の様子から何か聞きたいことがあるのではと思ったのだ。

しかし今はあまりにも間が悪すぎた。

マリーンは「ギギギ」と音がしそうなほど怪しい動きをしているし、ユウキもマリーンの様子を目にしてはこの話をしない方がいいぐらいの判断はできた。


「ひゃい!え~と・・・あの・・・ア、アスミさんとダンダールさんはどういう関係ですか。」

マリーンの反応を見てユウキは頭を抱えたくなってしまった。

余りにも不自然過ぎる。

アスミとはまだ一緒に行動するので気まずい思いをしたくなければ話題を修正しなければならないだろう。

もっともロジックサーキットを持つユウキは、マリーンと話をしながらもドールガーデンを展開していたので概ね周囲の状況は把握している。

後はその中からマリーンの言ったことに関係があり、当たり障りがない話題にすり替えればいい。


「アスミさんとダンダールさんは付き合っているんですよね。」


「えっ!」とマリーンが驚くのを見て拙かったかなと初めて気づく。

冷静に状況を把握していても適切な話題を選ぶ事は全く別のこと、コミュニケーション能力の低いユウキにはハードルが高すぎたようだ。

今度はマリーンが頭を抱えているが言ってしまったものはしようがない。

ユウキは素早く右目を閉じてタルタロスサーキットを開く。

焦る気持ちを流し込むと冷静な思考が戻ってくる。

決して能力の無駄遣いと言ってはいけない。


『ませた子供と思われても悪口がばれなければ失敗とは言えない。このまま話を進めて、もう一度どこかで方向転換をしよう。ロジックサーキットを解放、ドールガーデンに2系統、状況把握に2系統、残り5系統で対応を検討。』

決して能力の無駄遣いと言ってはいけない。

ユウキの中ではとても重要な事なのだ。



「さっきからダンダールさんが手で合図をしていますしアスミさんも合図を返していたので二人の秘密の暗号なのかなと思って・・・」





ダメだった。



アスミは目を細めて何か汚物を見るような眼つきをしている。

心なしかダンダール見ていた眼つきに近づいたと思うのは気のせいではないだろう。


実のところダンダールのハンドサインはアスミ個人に見せている訳でない。

今の隊列は先頭にダンダール、その後に男二人が並び、アスミ、ユウキ、マリーンが続く。

ユウキ達の後ろにも男二人と少し離れて最後尾に大柄な男が後方を警戒していた。

その他にも視界には入らないがダンダールの先15シュード程に一人とダンダールの左右、家々を挟んだ次の通りをそれぞれ歩いている者がおり、人の配置を上から見れば大きなやじりの形をしていた。

この人たちが指を奇妙な形に曲げて合図をすると同じようにダンダールも合図を返していることから前の三人とダンダールはドールガーデンを展開して周囲の警戒と互いの連絡を取っているのだろう

ダンダールは見える様に合図をすることで他のメンバーにも状況が解るようにしていたのだ。


「「ごめんなさい。」」


鋭くなるアスミの視線に耐えかねてユウキとマリーンが揃って音を上げた。


「子供がませた事を言うのは好きではありません。今回は聞かなかった事にしますが次は相応の覚悟をしてください。」

「 相応の覚悟ってどんな事に・・・」

マリーンの問いには答えずに口元だけがニィッと吊り上った。


『やっぱりこの人怖い・・・』

マリーンの呟きは、今度はユウキにも聞こえなかった。





「じゃあ、この隊列はコルドランを進むときのものなんですか。」

「ええ、コルドランでは神素が立ち込めて視界が効かなくなるのでドールガーデンの運用が非常に重要になります。

本体の前後左右に配置した人からドールガーデンを通して報告と連絡を行います。ダンダールは周囲の者にも見える様に合図を出すことで情報の共有をしているので決して“私個人”とやり取りしているのではありません。」

アスミは淡々と話しながらも最後の部分だけは眼つきを鋭くしていた。

もっとも一旦済んだことを今更気にするようなユウキではない。


「ドールガーデンの範囲くらいなら声を掛けあった方が簡単じゃないですか?」

「不用意に声を出す事で魔物を呼び寄せてしまうこともありますし、稀に人の声をまねて惑わす魔物もいますから安心して使える方法とは言えません。ドールガーデンも万全ではありませんがこれ以上に信用できる情報伝達手段をとるなら本人が伝えに戻れる事になります。」

「万全ではないって言いましたがドールガーデンも騙す魔物がいるんですか。」

幼いころから多用しきたユウキにとってドールガーデンで観たものは目の前にあるものと同じくらい確かなものだった。

「騙すという訳ではありませんがドールガーデンでは認識できない魔物が幾つか存在します。中でもフォギータイガーは神素の霧に紛れて近づき襲い掛かるので“探索者殺し”と呼ばれる程多くの犠牲者が出ています。

また、それらの魔物のエリアルを使った魔導具は神素を通した索敵から逃れるので魔物から見つかりにくくなる効果があります。もちろんドールガーデンでも認識できません。」

そう言われてユウキには思い当たることがあった。

「ダンダールさんの黒い霧もその魔導具ですか。あれには本当に厄介でした。」


「ダンダールは・・・」

アスミは少しだけ遠い目をしてふっと微かに微笑んだ。


『そんな反応をするからつい付き合っているとか言っちゃったんですけど・・・』と思わないでもなかったがもちろん声に出すことはない。


「ダンダールの魔導具は“闇の腕輪”と言って討伐難度Aクラスの魔物から採れるエリアルを使っています。単独偵察を受け持つ者は喉から手が出るほど欲しがるのですが希少なエリアルを使っているので滅多に売りに出される事はありません。

ダンダールは偵察に出る事などありませんが『快適な昼寝がしたいから買った』と言っていましたし、実際に昼寝の度に使っていますからおそらくその通りなのでしょう。」


『昼寝の道具でやられるところだったのか』と気分が沈んだりもしたが概ねアスミの話はとても興味深い物だった。

実際的なキャラバンの話など滅多に聞けるものではないのだ。

ユウキは気になる事を次々と質問しアスミが淡々と答える。

先程までの気まずい雰囲気を全く匂わせない辺りこの二人はやはり似ているのだろう。



一方で

『何でそんなに“普通”に話ができるのよ。』

そこまで気持ちを切り替える事が出来ずマリーンだけは悶々としていた。


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