第十五章 地下街のメロディー

第十五章 地下街のメロディー①



 舞台袖には六本のデッキブラシが並んでいて、それぞれに、メンバーのイニシャルが刻まれている。

 ジョニーは、そのうち自分用の一本を、迷わず手に取った。

 姓の無い身なので、他と簡単に区別がつく。

 ジョニーは、姉妹の元へと歩いて行きながら、柄に刻まれた文字を改めて読み返してみる。

『ジョニーへ。いつも見てるぞ、リンダ』。

 ここは日本では無い。よって、ブラシの歯の隙間に盗聴器か小型カメラが仕込まれているということでもないだろう。

 なれば、この文言は、歪んだ愛の表現ではなく、彼女に相応しいストレートな愛情の告白のはずだと、ジョニーは信じたかった。

 浮気したらこいつでぶん殴る、という含意もあるのかもしれないが。

 それにしても、恋人からの愛のメッセージが刻まれた品が、どうしてこうも、他人の結婚式で貰った引き出物の写真入りプレートじみたオーラを放つのか。

 別れた時恥ずかしいぞ、などと、興醒めな事は決して思わないけれど。

 

 ステージで座り込んでいた姉妹が、同時にこちらを向いた。

 リンダが尋ねて来た。


「デッキブラシは持ったか!」

 

 顔の火照りを誤魔化すため、ジョニーは、わざと慣れない思案顔を作って言った。


「人数分買いそろえてくれたことには感謝してる……だが必要か?」

 

 当初はジョニーも、たかがデッキブラシとはいえ、きっとこれもファンタジーに相応しい、自分には理解できない特殊能力の一つでも宿しているのだろうと思っていた。

 しかし、どこからどう見ても、こればっかりは何の変哲もないようなのだ。

 多少面白がって、試しにフウとちゃんばらに興じてみたりしたものの、自分もリンダと同じように、これを使えば木箱や鍵を打ち抜けるとは思えなかった。


「何言ってんだよジョニー。喧嘩から罰掃除まで、これ一本で済むんだ。今日みたいな日は、皆で持ってくべきだ」


「私達に言わせれば、普段から持ち歩かない人達の方が、どうかしてるわ。少なくとも、若い娘には携帯を義務付けるべきね」

 

 姉妹がそう言うなら、いつかニューアリアが、銃社会ならぬデッキブラシ社会となる日も近いのかもしれない。

 

 リンダとレイラもそれぞれ、右手と左手にデッキブラシを握っていた。

 翼の、ちょうど風を切っていく部分の関節を器用に使って、梵天つき耳かきのような棒を手にし、否、翼にし、白い粉を柄にはたき付けては布でふき取って、を繰り返している。

 仮にも清掃用具のケアであるのに、ブラシ部分には一切、目を向ける様子は無い。

 時代劇で見た、日本刀の手入れに似ていた。

 ジョニーは懐かしさを覚えた。

 武士の魂を使ってドラッグの密輸をやらかそうとはふてぶてしくロックだと、日本にいたころ武士道についてMCで熱弁し、恥をかいたこともあった。


 出かける前に得物を整備しておきたいのだと、彼女達は言っていた。

 女の身だしなみに時間がかかることぐらいは勿論知っていたが、こんな待たせ方をするのは、元いた世界とエルヴェリンを合わせても、彼女達しかいないのではないか。

 

 姉妹の顔つきには、緊張が見られた。

 日本刀のイメージを引きずっていたジョニーには、まさに女武道の討ち入りとった風情に見えた。


「道中何があるかわからないじゃないの。こんな事態なんだから」

 

 レイラにたしなめられる。

 二人とも警戒し過ぎではないか、とジョニーは考えていたのだが、顔に出ていたらしい。

 

 リンダが、艶の出た柄に映る自身の顔を見詰めながら、言った。


「あの火事は、ロズを助けて格好つけようとしたジャックが自分で起こしたものだったってか」

 

 三人の表情に、影が落ちる。

 

 ジャックが逮捕されたという情報が飛び込んできたのは、つい先ほどの事だった。

 何でも、つい今朝いきなり、警察に連行されたとのことである。

 

 よりによって何故、フランケンズ・ディストの良心担当がと、全員、最初は耳を疑った。「もっと他にいるだろ!」リンダとレイラが、報告をくれたペッパーに抗議の声をあげていた。フウも、しらばっくれたりせず、姉妹の言葉に頷いていた。

 警察制服のまま、仕事を途中で抜け出してまで情報をリークしに来てくれたペッパーに、ホールで練習中だった面々は、質問を重ねた。

 ペッパー自身も、ジョニー達の為に一早く駆けてきたのだからと、酸欠に顔を青くしながらも必死に説明を全うしてくれた。

 

 ペッパーが全てを話し終えた後。

 フランケンズ・ディストの方針は、即座に決定した。


「誰が信じるかよ、そんなの」

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