第十三章 初恋の森⑦
「四階でさ、植物造形学を受けてたの。なんでか、最近になって都市で群生化してるのが見つかった石膏花についての授業。グループごとに、先生が摘んで来たのを配られたんだけど、
『あの日、どうして一人だけ、教室に残っていたの?』。
そう尋ねたジャックに対し、ロズは丁寧に答えていく。
真面目な調子のロズと比べ、ジャックはというと、上の空になるまいと必死だった。
あんな火災に、数日前、巻き込まれたばかりだと言うのに、ロズはいたって普段通りで、むしろジャックの方が気にかけているかのよう。
ジャックも流石に今日ばかりは、平然としたロズの様子の方が異常なのだと、思わざるを得なかった。
像塔炎上から今に至るまで、ジャックの心を支配していたのは、「二人の関係が何か進展するのでは」という希望を一滴だけ垂らされた、「密会の習慣がこのまま終わりになるのでは」という不安だった。
故に、もう何度目になるか分からない、ロズと過ごす大切り株の上での時間を、今日、いつも通り迎えられていることが、ジャックには奇跡に思えていた。
「花は、一しきり教室で暴れた後、廊下にまで飛び出して行っちゃって、そのまま、どこに隠れたのかわかんなくなっちゃったんだ。だからあの日、このままじゃ危険だからって、塔内の授業は全部早終わりになったの。でも、キレた先生は収まりがつかなかったみたい。それで、花を逃がした一本足人に罰として、一人だけ居残りして探し出せって、命令したの」
「酷い。指導っていうより私刑だ」
「一本足人、立場弱いからね。オークほどじゃないけど」
一本足人や
「それで、その罰を、君が代わってあげたの?」
そう聞いた途端、不意にジャックは、その一本足人に嫉妬を抱いてしまった。
咄嗟に沸いた感情である分、シュリセに常時感じているそれより、下手をすれば強いくらいだったかもしれない。
ロズが自分に興味を持ってくれている原因。
そこには、『同情』が多く関係していると、ジャックは密会を重ねるうちに、自然と気づいていた。
高慢なロズは、この世の全てを見下している。
だが一方、この街では種族ごとで、時に全く違った扱いが為されることに対し、強い疑問を覚えている。
「うん。家の用事があるって嘘をついて、シュリー達は先に帰らせたの」
ニューアリアがニューアリアである以上、ロズの疑問は一生解決されない。
そのもやもやの発散を、少なからず自分が請け負っていると、ジャックは自覚していた。
一本足人に、その役目を奪われたような気分がしたのだった。
「でも、折角私が手伝ってやろうとしたのに、『滅相もない』って、譲ろうとしなかったの。一本しかない足を払って、何とか投げ網、譲ってもらったけど」
ジャックは自分が、その
男であるか、女であるか。
どうしても知っておきたかったが、いかに間接的な聞き方をしたところで、ロズに、内心の全てがバレてしまうような気がした。
だが、口をつぐんで我慢するだけといった態度もジャックは取れなかった。
質問してしまった。
「何のために?」
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