第十一章 フランケンシュタインが生まれた日

第十一章 フランケンシュタインが生まれた日①

「信じられない。もう一度だけ聞くよ? 本当に、サン・ファルシアに出るなんて、啖呵を切っちゃったんだね?」


「ああ」


「なら、これは絶対に読んでおいたほうがいい!」


「助かる。題名は?」


「『ニューアリア/コンテストに対する斜め下からの考察集』……斜め下っていっても、捻くれた意見ばかり書かれてるわけじゃないよ。著者がホムンクルスだから」


「そいつは凄い。何ページから読んだらいい?」


「二百四十七ページ」


「そこには何て?」


「『サン・ファルシアは、極めて公正に栄誉の独占された、歌唱祭。非常に大規模であり、エルヴェリン王室による、一年に一度の由緒ある常祭観賞に、過去六回当選している。鱗の月に開催される』……今から七カ月後だ。『参加資格は五人以上によるチームであること。また、サン・ファルシアの歴史には、誰もが認める転換期があり、つまりは、シャンディーノ・マロースピアーズ率いるステラボウルズの登場である。以来、優勝の栄光は、ステラボウルズが独占。シャンディーノが引退し、指導に専念し始めた後も、ステラボウルズを破るチームは現れていない。いっそ殿堂入りに、という声を上げる者達もかつて存在していたころ、その運動を主導していた協会員が、ステラボウルズファンからの闇討ちにあった。結果、協会員に対する同情よりも、闇討ち犯に恩赦を求める声の方が、多く上がった。この事からも、いかに民衆が「勝利するステラボウルズ」を見たがっているのかが窺える』それから……」


「なるほど」

 

 ジャックは、一人でやきもきとするばかりだった。

 ジョニーは舌を巻いていたが、それが本の内容にではなく、諳んじてみせるジャックに対してであるのは明白だった。

 

 ジョニーが、スペーノの闇オークション会場を競落し住み始めてからというもの、ジャック、リンダ、レイラの三人は、毎日のように学塔での授業後―――姉妹に至っては授業中まで―――そこに集合していた。

 

 今日は行く途中で、たまたまジョニーとはち合わせたのだった。

 ジャックは、サン・ファルシア歌唱際に対する熱弁を道中、まくしたてていたが、ジョニーが事の重大さを自覚してくれるより前に、旧闇オークション会場、現ジョニー宅に到着してしまった。

 

 いつ見ても、まだぎりぎり学生をやっていてもおかしくない年齢の若造が「俺の持ち家」だと紹介するには、分不相応すぎるそれである。

 ジョニーを異界生まれだと知らなければ、一財産築いたからくりを誰だって聞きたがるだろう。

 

 三階建てにして部屋を区切れば、二手二足系なら十家族は優に住める大きさだ。

 だが実際そういった作りになっていないことは、一歩足を踏み入れれば分かる。

 外観の印象は、黒く濁った氷の小城、といったところだ。

 磨き上げられた黒石材の外壁は、向かいの建物や通行人の姿は映さず、黒地に、ジャックとジョニーの姿だけ浮かばせている。

 かつて闇の社交会場として選ばれただけはあって、外から中を覗けそうな場所はどこにもない。

 

 ジョニーが、建物の前に立つ。

 入口は、高城の身長が今の三倍になった所で受け入れるだろう巨大ドア……通称、「種族フリー・ドア」で拵えられていた。

 これが設置されている建物は税制において優遇されるという法律が近年作られてから、大きく普及したドアで、築浅であることの証明だった。


「見てろよ、最近鍛えてるんだ」


 巨大なドアの取っ手を引く際、誰かが傍にいればジョニーは決まって、そんなふうにふざけるのだった。

 無論、ドアが開かれるのは、ジョニーが怪力であるからでなく、取っ手にかけられた魔法の補助のおかげである。

「止めて欲しーぜ。田舎者じゃねーんだから」。

 いつもリンダから惚気混じりの愚痴の種にされているものの、ジョニーは持ちネタにし続けているのだった。

 

 中に入ると、廊下でもエントランスでも無い、解放的な空間が広がっていた。

 各種族に柔軟に対応するため、小・中・大サイズごとの立ち飲みテーブルが無数に置かれていたが、それだけで安酒場を連想するのは早計である。

 建物の容積を縦に目一杯使っているため、ホールの天井は即ち、この建物の天井でもある。

 加えて、外壁と同じ素材の、黒くツヤのある床が空気に、教会じみた清廉さまでプラスしていた。

 

 最も特筆すべき設備は、奥にあるステージだろう。

 今いるメンバーだけで使用するには勿体ないほどの広さを有している。

 そこだけはただの板張りで、黒一色の建物内において、天井の吊り灯からの明かりを、自分の専売特許だとばかりに良く反射していた。

 

 ステージの縁に腰掛けていたリンダとレイラが、ジャック達に気付き、声をかけてくる。

 

 ふとした気まぐれから天井を見上げていたジャックは、ある異変に気付いた。


「シャンデリアなんてあった?」

 

 姉妹の元へ駆け寄ろうとしていたジョニーも、足を止め、天井を仰いだ。

 

 天井の、随分不格好な位置に、煌めくシャンデリアが下がっていた。

 中央に設置された吊り灯から、さほど離れてもいない場所にあんなものを設置する必要があるだろうか。

 また、意匠も奇妙だ。

 八本の長い燭台は、何故か全て下を向いている。

 全体に銀粉が塗されており、その下の材質自体はどうも金属的でないように、ジャックには思われた。

 むやみに曲線的であることも、膨らんだような過剰なボリューム感も、少しもシャンデリアらしくはない。


「…………豪勢でいいじゃねえか。防犯もばっちりだ。リンダ、レイラ。侵入者があったら、あれを落としてやれ」


 住人でもあるジョニーがそう言うならと、ジャックも気に留めないことにした。

 姉妹も、気にしていないようだった。

 

 計四人が、ステージに揃った。


「少し早いが……お前らだけにでも、先に説明しておくか」

 

 ジョニーは、舞台袖から出してきた椅子をジャックと共に並べながら、言った。

 舞台袖には、闇オークション時代の備品が残っている。

 建物の準付従物として、ジョニーはそれらもまとめて競落していた。

 ジャックが、ローラー付きホワイトボードを引っ張りだし、ジョニーの後ろまで運ぶ。

 ジョニーは黒チョークを手に取り、勢いよく走らせ、一つの単語をそこに記した。


『ショウクワイア』

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