初日2

 その頃トロンは、特クラと呼ばれる一組の教室の隅に一人でポツンと座っていた。トロンの机には花の活けられた花瓶が置いてあり、リャンピンはその事についてクラス中に怒鳴っている。

 トロンの耳には、リャンピンの怒鳴り声を縫ってひそひそと生徒達の陰口が聞こえてきた。


 見てあの子、エスペリア様に逆らったらしいわ

 なんでもいきなり炎の魔法で襲いかかってきたらしいわよ

 まぁ、あの子には関わらない方がいいわね……


 するとトロンの前に、昨日と同じように取り巻きを引き連れたエスペリアが現れた。

「あら、ひどい事をする人がいるのね」

 エスペリアが言うと取り巻き達は示し合わせたようにクスクスと笑う。

「私に逆らうとこういう事をする人がいるから困るわ」

 それを聞いたリャンピンはキッとエスペリアを睨み付けた。

「エスペリア! あなたこういう陰湿な事やめなさいよ!」

 エスペリアは鼻で笑い、リャンピンに言葉を返す。

「あら、私がやったっていう証拠はあるのかしら?」

「あなたしかいないでしょう!? 昨日の事の逆恨みね!」

 よく見ると、エスペリアの前髪は昨日よりも少しだけ短くなっている。どうやらトロンに焦がされた部分をカットしたようだ。

「私はそんな些細な事で怒ったりはしませんわ。ただ、私に逆らうとこういう事が起こるって理解していただけたかしら?」

 エスペリアは薄ら笑いを浮かべて、ボーッと花を見つめているトロンを見下ろした。

 すると突然、ガタンと大きな音を立ててトロンが立ち上がる。それに驚いたエスペリアはビクッと肩を震わせて一歩下がった。

「な、なによ! 暴力!? 暴力かしら!?」

 トロンは花瓶を手にし、エスペリアの眼前にズイッと差し出して言った。


「花瓶が置かれていて、ガビーン」


 それまでざわついていた教室の空気が凍りつく。

 その寒暖差に、エスペリアの取り巻きの一人が噴き出し、エスペリアは彼女をキッと睨み付けた。そしてトロンへと向きなおる。

「ふん、これに懲りたらもう私には逆らわない事ね」

 そう言ってエスペリアがその場から立ち去ろうとすると、トロンはその背中にズビッと指をさして言った。

「私の朝ごはんのオカズを食べたのはあなたでしょ?」

 その言葉に、教室は再びざわめき始める。


 エスペリア様が朝食のオカズを……

 そんな意地汚い事をエスペリア様が……

 きっと意外と食いしん坊あそばせなのよ


 エスペリアは顔を赤くし、振り返ってトロンへと反論する。

「だ、誰があなたの朝食のオカズなど! バカな事言わないでちょうだい!」

 すると、トロンはニヤリと笑った。

「逆らわないと、なんちゃって」

 再び教室内の空気が凍りつく。その寒暖差に、エスペリアの取り巻きの一人が噴き出した。エスペリアは彼女をキッと睨みつける。

「……あなたちょっとゲラすぎるんじゃなくて?」

「す、すいません……私、滑った空気に弱くて」

 どうやら彼女はトロンと仲良くなれそうだ。

「とにかく! 私に逆らったらアレですからね! もうアレのアレですからね!」

 そう言い残して、エスペリアはプリプリと怒りながら自らの席に着く。

 この一件で、トロンは良くも悪くも中等部に名を広めたのであった。

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