お見舞い

 ポロロとギャロとの試合の翌日、ムチャとトロンはネタ作りのために街に散策に出ていた。


「どうせならこの街の事もネタに入れたいよな」

「アレルの街……アレル、アレル……アレルの街の天気が荒れる」

「それはひねりがない。まぁ、掴みとして入れとくか」

「じゃあ……旦那が闘技場に入り浸って困ってるんですよ」

「ギャンブルは程々にしないといけませんね」

「旦那さんと奥さんが喧嘩になっちゃって家の中が闘技場みたいになったりしてね」

「子供が「ママに三ゴールド!」なんて言ったりしてね」

「ギャンブル好きがしっかり遺伝しちゃってね」

「よし、このくだりも入れよう」


 昨日あんなにも苦戦していたというのに、二人の中では残り二回勝ち抜く事は決まっているようだ。

 街中をぶらぶらし、アレルの街の名物などネタになりそうな物を探していると、ゴドラの息子のコモラとばったり出会った。

「よう、コモラ」

「あ! ムチャだ!」

 ちなみにコモラはトロンの事はトロン姉ちゃんと呼ぶのに、なぜかムチャは呼び捨てである。まぁ、ムチャはそんな些細な事は気にしたりはしないのだが。

「何やってんだ? 買い物か?」

 ムチャが聞くと、コモラは首を横に振った。

「ううん、これからミモルのお見舞いに行くんだ」

 ミモルとはゴドラの娘でコモラの妹である。難病にかかり、街の病院に入院しているという事を、先日二人がゴドラの家で夕飯をご馳走になった時に聞いた。

「一緒に行く?」

 コモラが聞くと、二人は顔を見合わせ、声を揃えて言った。

「「行く」」

 こうして三人は商店街でお見舞いのお菓子を買い、仲良く連れ添って病院へ向かうのであった。


 商店街から十五分程歩いた所にある病院に着くと、受付を済ませ、階段で三階まで上がる。そしてズラリと並んだ病室の扉の一つを開けると、病室の中には白衣を着た巨漢が立っていた。

「やぁ、コモラ、今回診が終わった所だよ。ん? 君達は」

 ムチャとトロンはポカンとして白衣の巨漢を見上げた。

「本当に医者だったんだ……」

「どう見ても変装だよね……」

 白衣を着た巨漢、それは少し前に闘技場で戦った男、ゴドラの相方ソドルであった。

「てめぇら、この前はよくもやってくれたな」

 ソドルに睨まれ二人は後ずさりする。

「なんてね。君らもミモルのお見舞いに来てくれたのかい? 病院は娯楽が少ないから、何か楽しい話でもしてやってくれよ。それじゃ」

 ソドルは態度を一変させてニコリと笑うと、病室を後にした。二人はポカンとしたままその背中を見送る。

「な、本当に医者だって言っただろ」

「ジョークかと思ってたよ」

「私も」

 三人が病室の奥に進むと、窓際のベッドに一人の少女が寝ているのが見えた。女の子は首だけを動かし、コモラの方を見る。

「おに……い……ちゃん……」

 どうやらかなり弱っているらしく、少女の目は虚ろで、声は今にも消えてしまいそうだ。コモラは少女に駆け寄ると、その手を優しく握った。

「ミモル、元気にしてたか?」

「お兄ちゃん……私……もうすぐ死ぬの……?」

「馬鹿な事言うな! もうすぐ王都の偉いお医者さんが来て、ミモルの病気を治してくれるからな」

「お兄ちゃん……私……死にたく無いよ……」

「ミモル……」

 ムチャとトロンは兄妹のやりとりを見て目に涙を浮かべた。

「お兄ちゃん……お願いがあるの……」

「なんだミモル? お兄ちゃんが何でも言う事聞いてやるぞ」

 ミモルは震える手でベッドの横にあるテーブルを指差す。

「鼻紙……取って……」

 コモラは頷くと、まるで花びらを扱うように鼻紙を手に取り、ミモルに渡した。ミモルはそれを震える手で受け取り、鼻へと運ぶ。そして。


 チーン


 豪快に鼻をかみ、丸めた鼻紙をゴミ箱にぽいっと投げ入れた。

「ぷはぁ、で、この二人だぁれ?」

「あぁ、この前話した父ちゃんの知り合いで、俺の友達。ムチャとトロン姉ちゃん」

「どうもどうも、父と兄がお世話になっとります」

 二人はジトーッとした目で兄妹を見ていた。

「……今のは何だ?」

 ムチャが聞くとミモルはあっけらかんと答える。

「えーと、お約束?」

「みたいなのだよね。いつもやるんだよ」

 ムチャはテーブルに重ねてある鼻紙を数枚取ると、チーンと鼻をかみ、鼻紙を丸めてコモラに投げつけた。

「汚ねぇ! 何するんだよ!」

「ちょっと泣きそうになったじゃねぇか!」

 トロンはお土産のお菓子の箱を開け、饅頭のようなお菓子を一つ頬張る。

「これはワンペナルティ」

 ミモルは半泣きの二人の顔を見てケラケラと笑った。

「あははは! どうだった? うまかった?」

「主演女優賞おめでとよ!」

「知り合いの劇団に連絡しとくよ。いい子役がいるって」

 どうやらミモルと二人は仲良くなれそうだ。

 それから、四人はお菓子をつまみながら色々話をした。ゴドラとの出会いや、旅の事、そして今度開催するかもしれないお笑いライブの事など。ミモルはよく笑う子で、二人が何を話してもケラケラと楽しげに笑った。

「闘技場でお笑いなんて凄いね! 私も見に行きたい!」

「それならライブまでに病気を治さないとな」

「えー、ライブまでに治らなかったら見れないの?」

「もしミモルの手術が俺達のライブより後になるなら、ミモルが早く良くなるように病院で特別ライブをしてやるよ」

「本当!? 楽しみにしてるね!」

 ミモルは嬉しげにはしゃいだ。

「勝手にそのような事を決められたら困るな」

 気がつくと、ムチャとトロンの背後にはソドルが立っていた。二人は驚き、背中をビクッとさせる。

「なんてね。きっと子供達も喜ぶから、是非今度頼むよ」

「は、はい」

 二人はドキドキする心臓を押さえながら頷く。

「さて、お楽しみのところ悪いが、そろそろ面会時間は終わりだよ」

 窓の外はいつの間にかすっかり暗くなっていた。

 三人はミモルに別れを告げて帰る事にする。

「ねぇ、また来てね」

「おう、来る来る。試合無い日は結構暇だしな」

「また今度お話ししようね」

「うん、絶対だよ……」

 別れ際、今まで明るかったミモルがほんの少しだけ寂しそうな顔をした。



 ムチャとトロン、そしてコモラとソドルは病室を出た。

 ムチャはふと気になった事をソドルに聞く。

「ソドル……先生。ミモルはどんな病気なんだ?」

「ソドルでいいよ。そうだな。簡単に言えば呪いのようなものだな」

「呪い? 誰かがミモルに呪いをかけたっていうのか?」

 ムチャは思わず拳を握りしめる。

「それはわからない。呪いと言ったが、ミモルは正確には魔力により生み出されたウイルスに感染してしまったんだ。以前から世界中に存在する病気で、数十年に一度流行病のように爆発的に蔓延する病気だ。その時期には村一つが全滅する事も珍しく無い」

 村一つが病により全滅。それを聞いて二人は、かつて訪れたゴーレムの村で聞いた老人の話を思い出した。

「ウイルスに感染したものは攻撃的な魔力により体の細胞を徐々に破壊され、やがて死に至る。ミモルは病気の進行が遅いからまだ元気なように見えるが、本人は常に慢性的な疲労感のようなものに襲われているはずだ」

 ソドルはふと心配そうな顔を浮かべるコモラに気付いた。

「でも大丈夫。何の対策もしていなければウイルスが暴れ出す事もあるが、今は私が肉体活性魔術でミモルのケアをしているからね。俺の知り合いがこの街に来るまでの辛抱だ」

 ソドルはその大きな手でコモラの頭をワシワシと撫でた。

「魔力で生み出されたウイルスか。誰がそんなもん生み出してるんだろうな」

「さぁな。以前は魔王がウイルスを生み出していたと言われていたが、魔王が倒されてもこの病気に感染する人は多いからね。きっと別の原因があるんだろう。さぁ、あんまり遅くなるとゴドラが心配する。二人とも、コモラを送ってやって貰えるかな」

「おう、任せとけ!」


 ムチャとトロンはソドルに見送られ病院を出ると、コモラを送るためにゴドラの家へと向かった。その道中、コモラはどことなく元気が無いようであった。

「ねぇ、ミモルは本当に良くなるかな?」

 コモラは不安そうな顔で二人を見た。ムチャは屈み込み、コモラと視線を合わせる。

「俺は医者じゃ無いから、絶対に良くなるなんて無責任な事は言えねぇ。でも、お前はいつでもミモルに笑顔を見せていてやるんだ。それがお前のできる事だ」

「笑顔を?」

「そうさ。俺の師匠が言ってたんだ「笑顔が万病の薬になる」って」

「本当?」

「そうさ。根っこの部分の解決にはならないかもしれないけど、笑っていて悪い事なんて無いだろ? だから、どんなに困ったり不安になった時も、取り敢えず笑うんだ。そうすればきっといい事がやってくる」

 そう言ってムチャはニーっと笑った。

「うん、わからないけどわかった!」

 コモラもニーっと笑った。


 三人はニーっと笑いながら、ゴドラの家まで歩き続けた。

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