謎の商人
闘技場関係者にこっ酷く怒られた二人は、とぼとぼとアレルの街を歩いていた。アレルは二人がこれまで訪れた中でもかなり大きな街で、商店の立ち並ぶ通りは人でごった返している。
「あんなに怒らなくてもいいよなぁ。ネタの邪魔したあいつらが悪いんだし」
「だよね。でも爆笑陣はやり過ぎだったかもね」
実はあの後、強制爆笑陣を喰らわされた二人は過呼吸で医務室に運ばれ、その日のメインイベントができなくなってしまったのだ。
「まぁ、落ち込んでてもしょうがねぇ。せっかく大きな街に来たんだから、何か面白い物がないか探してみようぜ」
「うん、何か珍しい物が売ってるかもしれないね」
二人は前向きに買い物を楽しむ事にした。懐の方は、クフーク村で貰ったお金と、クフーク村からの旅費をお金持ちのプレグにたかっていたために潤っている。
二人は露店で買った食べ物を頬張りながら、アレルの街を散策した。
「見て、温めるとどんどん大きくなる風船だって」
「へぇ、何々……膨らませて、暖かい所にぶら下げておくとどんどん大きくなります。最大二十メートル……注意、二十メートルを越えたら破裂します。割れる時は絶対に風船の近くにいないように……大丈夫かこれ?」
「こっちは無限竹とんぼだって」
「何々……スカイバンブーで作られた竹とんぼです。一度飛ばすと、どこまでも飛びます……注意、どこまでも飛ぶので、一度飛ばしたら二度と戻って来ません。ダメじゃねぇか。こういうの子供が騙されて買っちゃうんだろうな」
「まさに子供騙し」
二人が露店を見ていると、建物と建物の間に薄暗い路地を見つけた。二人は中を覗き込む。
「お、路地の中にも露店があるぞ」
「……なんか怪しいからやめとこう」
「こういう所にこそ掘り出し物があるかもしれないぞ」
ムチャはトロンの忠告を聞かず、路地の中に踏み入る。トロンも仕方なく後に続いた。路地の中は入り組んでおり、表通り程の賑わいは無いが所々に怪しい連中が店を出している。
二人は順番に、並んでいる露店を見ていった。
「呪いのナイフ……なぁ、これどういう呪いがかかってるんだ?」
ムチャが武器の並べてある露店を見ていると、何やら禍々しいオーラを放つナイフを見つけた。ナイフには「呪いのナイフ」と書いてあるタグがかかっている。ムチャはどんな呪いか気になって店主に聞いてみた。
「くくく、これはな、最高の斬れ味を持つナイフだが、持ち主のジョークがことごとく滑るようになるナイフだ。「刃が滑る」と「ジョークが滑る」をかけた、製作者の遊び心が伺える逸品だな」
それを聞いてムチャとトロンは身震いした。
「どうだ? 買うかい? ジョークが滑る程度のデメリットで、最高の斬れ味のナイフが格安で手に入るぜ」
「ば、バカいうな! 俺達にとっては死ぬのに等しいデメリットだよ!」
「?」
二人は逃げるようにその露店を後にする。
「あ、ムチャ、媚薬だって」
トロンが薬の並べられている露店を指差した。
「へぇー、媚薬なんて本当に売ってるんだな」
「誰に飲ませるの?」
「何で買う前提なんだよ! この前の事引っ張るなよ!」
一通り路地裏を見て回り、二人が大通りに戻ろうとした時。
「ねぇねぇ、お二人さん」
全身を黒い布で包み、風呂敷を背負った怪しい人物が声をかけてきた。その人物は目以外は顔まで布で覆っており、声を聞いても男か女かよくわからない。
「ちょっと見ていかないかい?」
どうやらこの人物も商人らしい。あまりに怪しい風貌に二人は訝しんだが、とりあえず商品を見るだけ見てみる事にした。
「お二人はこの街の人間じゃないね、旅人かい?」
「まぁ、そんなもんかな」
「それなら、食料に困った事は無いかね?」
商人の問いかけに、二人はブンブンと首を縦に振った。思い当たる節が多過ぎたのだ。
「それならこれがオススメだね」
怪しい商人は風呂敷をゴソゴソと漁ると、中から一つのパンを取り出した。
「パン?」
「パンだね」
二人はそのパンをしげしげと眺める。特別美味しそうでも無いし、かといってまずそうでもカビが生えているわけでも無い、いたって普通のパンだ。
「これがオススメ?」
「今はお腹空いてないよ」
二人が立ち去ろうとすると、怪しい商人は言った。
「これはただのパンじゃないよ。食べても食べても無くならない魔法のパンなのさ」
それを聞いて、二人はピタリと足を止めた。
「「本当に?」」
商人は一度だけ首を縦に振る。もし本当に食べても無くならないパンならば、二人にとってこんなにありがたい物は無い。何せ二人の旅の大きな障害である食料問題とは一生おさらばになるのだ。
「すげぇな! そのパン欲しい!」
「しかし、何せ魔法のパンだからね、値は張るよ」
「幾らだ? 金はあるぞ」
怪しい商人の表情は見えないが、布の向こうで笑った気がした。そして指を二本立てる。
「二百ゴールド?」
商人は首を横に振る。
「二千ゴールド?」
商人はまた首を横に振る。
「まさか……二万ゴールドか?」
今度は首を縦に振った。
「いやいやいやいや、いくらなんでもパンに二万ゴールドはなぁ」
「ちょっとねぇ……」
「まぁ、待ちなよお二人さん。あんた方は今まで食べたパンの個数を覚えているかい?」
二人は少し考えて首を横に振る。
「じゃあ、これから死ぬまでに食べるパンの個数はわかるかい?」
二人はまた少し考えて首を横に振る。
「その全てのパンを足して、二万ゴールドを越えると思わないなら、このパンを買うのをやめたらいいさ」
二人は首を捻る。
「まぁ……二万ゴールドは越えるかもな、二人なら余裕で」
「うん、もしかしたら一年〜二年で越えるかも」
「あんたらにもし二年以内に死ぬ予定があるなら、このパンをオススメする事は出来ないねぇ」
商人がパンを風呂敷にしまおうとすると、ムチャが言った。
「待て、七千ゴールドでどうだ?」
「こんなお買い得商品を値切ろうってのかい?」
「八千」
「お話にならないね、まけて一万八千だ」
「九千」
「一万七千」
「八千」
「一万五千」
「一万、一万でどうだ? これ以上は絶対に出さない」
「一万二千だ。これ以上はまかんないよ」
「よし!」
魔法のパンを半額近くまで値切ったムチャは、ニヤリと笑った。財布から一万ゴールドの高額硬貨を一枚取り出し、商人に渡す。そして財布の中を見て言った。
「あ、悪い! 今それしか手持ち無いんだった……この話は無かった事に」
ムチャが商人の手から硬貨を取ろうとすると。
「全く、うまいガキだよ……いいよ、一万で。その図太さに折れてやるよ」
ムチャはそれを聞いて、再びニヤリと笑った。そして商人からパンを受け取る。
「ただし、一つだけ忠告があるよ」
「「忠告?」」
「あぁ、それを守らないとパンの魔法が解けるからね」
「なんだよー、まさかこのパンは食べれないとか言うんじゃ無いだろうな?」
「失礼な、私は詐欺師じゃないよ。いいかい。そのパンを食べるときは必ず半分にちぎって食べるんだ」
「それだけ?」
「あぁ、それだけさ」
「簡単じゃねぇか、何を言われるか心配したよ」
「絶対に半分にちぎるんだよ。それじゃあ、いい旅をね」
商人はそう言うと、そそくさと路地の闇へと消えて行った。
「いやぁ、ちょっと高かったけど、いい買い物したな」
「一生ぶんのパンを買ったと思えば安いもんだよ」
「まぁ、そうだな。先を見越した賢い買い物ってやつだ」
ムチャは早速パンに齧り付こうとした。それをトロンが止める。
「ムチャ、忠告」
「あぁ、そうだったな。危ない危ない」
ムチャは商人の忠告通り、パンを半分にちぎって食べた。
「美味しい?」
「うーん……ゴクン……普通」
「私にもちょうだい」
トロンはムチャから半分になったパンを受け取ると、さらに半分にちぎって食べた。
「……ゴクン。普通だね」
「まぁ、普通の方が飽きがこなくていいじゃないか」
ムチャはトロンの手から四半分になったパンを受け取り、さらに半分にちぎって食べる。
「……ゴクッ。確かに、食べても無くならないな」
「……うん」
トロンはムチャから八分の一になったパンを受け取ると、さらに半分にちぎって食べた。
「……ゴク。ねぇ、ムチャ」
「何だ、トロン?」
ムチャはトロンから十六分の一になったパンを受け取り、さらに半分にちぎって食べた。
「ムチャってば……」
「…………あぁ、騙されたな」
そして残ったパンをトロンの口に放り込むと、商人の消えた方に走った。しかし、いくら探してもあの商人を見つける事は出来なかった。
「ちくしょう! 子供騙しに引っかかった!」
ムチャとトロンはまだまだ子供であった。
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