プレグの過去2

 それから一年程、プレグは酒に溺れて過ごした。幸い大道芸人として成功していたプレグには、ある程度の蓄えがあったのでお金には困らなかったが、アルコールと荒れた生活がプレグの身と心を蝕んだ。いっそフロルの後を追おうかと思った事もあったが、フロルの形見である杖を見るたびに、不思議な事になぜか踏みとどまってしまうのであった。


 そんなある日の事である。その日はチルドランの街の祭りの日であった。プレグは朝っぱらから酒瓶を片手に、人で賑わう広場をふらふらと歩いていた。広場には数組の芸人や踊り子やアーティスト達がそれぞれの芸を披露していたが、プレグはそれらを見ながら、

「へたくそー!」「三流芸人!」

 などと、酔いに任せて野次を飛ばして回る。街の人々はプレグが荒れている事情を知っていたので、誰もプレグを咎めようとはしなかった。むしろ哀れみの目でプレグを見ていた。


 すっかり酔いの回ったプレグは、広場の石段に座り込んだ。石段の正面には、フロルが入院していた病院があった。プレグは酒を煽り、フロルのいた病室の窓を見上げる。すると、そこには病室の窓から広場を見ているフロルの姿があった。プレグはハッとして立ち上がる、しかし酔いのせいで足がもつれ、石畳の上にすっ転んだ。酒瓶から溢れた酒が、プレグの服を濡らす。それにも構わずに再びプレグが窓を見上げると、そこにはフロルと同じくらいの年頃の少女が、窓から広場を羨ましげに眺めているだけであった。先程見たフロルの姿は、酔いの見せた幻だったのだ。

「……あはは」

 プレグは俯いて自嘲気味に笑った。惨めで惨めで仕方が無かった。

 その時である。病院の窓から子供達の歓声が聞こえた。


「やぁみんな! せっかくのお祭りなのに窓から見ているだけなんてつまらないだろ!」


 プレグが病院の方を見ると、杖に跨った男女が、広場に背を向けて空中から窓際の子供達に手を振っていた。それを見た子供達は次々に窓から顔を出す。

「そんな君達の為に空中からお送りする、ムチャと」

「トロンの」

「「エアーお笑いショー!」」

 どうやら彼らは、近くで芸人達を見られない子供達のために、空中から窓越しに漫才をやるつもりのようだ。

 あまりのバカバカしさに、プレグはぽかんとして宙に浮く二人を見た。こちらに背を向けているために顔は見えないが、どうやらまだ若い少年と少女のようだ。

「あんまり窓から乗り出してオチるなよ!」

「オチは用意してるけどね」

「興奮しないでオチ着いて見ていてくれ!」

「つまらなくてもオチこまないでね」

「喉が乾かないようにオチャも用意しとけよ!」

「オチっこには今のうちに行ってきてね」


 前フリの長い二人に、子供達は「はやくやれー!」とヤジを飛ばした。

「これもネタのうちなんだけど……まぁいいか。漫才! こんなお祭りは嫌だシリーズ!」

「お菓子かしの屋台だと思ったらおはしの屋台だった」

「これは嫌ですねー。おじさん、お菓子ちょうだい!」

「はい、お箸一本百ゴールドね」

「せめてセットでくれよ! 一本じゃただの棒だよ!」

「じゃあ、特別にこの色違いのやつあげる」

「同じ色のやつにしてくれよ!」

「同じ色のだとスプーンしかないね」

「お菓子もお箸も関係なくなっちゃったよ!」


 子供達は首をかしげた。


「えー……次!」

「風船をもらえると聞いて行ってみたら付箋ふせんしか貰えなかった」

「これも嫌ですねー。おじさん、風船ちょうだい!」

「はい、ペタッ」

「一枚しか貰えないのかよ! しかも貼っちゃうのかよ!」

「君には特別に大きな付箋をあげよう」

「いらないよ! 全然特別感無いよ!」

「付箋におじさんのサインを書いてあげよう」

「おじさん何者だよ!」


 子供達は窓越しにひそひそ話しを始めた。


「えー……次!」

輪投わなげかと思ったら鼻毛はなげだった」

「これ最悪じゃないですか! おじさん、輪投げやらせて!」

「はい、ぶちっ」

「これで何しろって言うんだよ!」

「お、レア鼻毛が出たね」

「どんな鼻毛だよ!」

「今日は店仕舞いだ」

「鼻毛なくなっちゃったのかよ!」

「脇毛ならあるよ」

「いらないよ!」


 鼻毛というワードで子供達には僅かにウケた。


(よーし……この調子で勢いに乗るぞ)

(あれいっちゃう?)

(おう)


 少年が杖の上に立ち上がった。狭いうえにフワフワ浮いている杖の上に立っているせいか、少年の足はガックガクに震えている。


「ショショショ、ショートコントやります! ショートコント! エンシェントホーリァあぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


 少年は足を滑らせ、腕だけで杖にぶら下がった。


「おおお落ちるぅ!!」

「ムチャ、暴れないで、バランスが……」


 少年は杖にぶら下がり足をジタバタとさせる。ネタよりもこれがなぜか子供達には大爆笑であった。

「……バカみたい」

 二人が必死になっている姿を見て、プレグはポツリと呟いた。


 すると、バランスを崩した杖がふらふらとプレグの方に近付いてきた。

「え?……ちょっと……」

 プレグは逃げようとしたが、プレグが逃げる方向に杖はうまい具合に追尾してくる。

「わわわわわ! お姉さんどいてー!」

「あんた達が避けえっ……!!」


 ドーン


 プレグと少年少女は見事に激突した。少年は広場の噴水に頭から突っ込み、少女はプレグの上に乗っかった。広場にはそれを見ていた子供達の笑い声がこだまする。

「いたたたた……ちょっと、早くどいてよ」

「あ、ごめんなさい」

「あんた達ねぇ………え?」

 プレグは自分の上に乗っかっている少女の顔を見て硬直する。


 そのトロンとした目の少女は、死んだ筈の妹にあまりにも似過ぎていた。

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