迷宮洞窟

 ムチャとトロンの二人は、広くて、曲がりくねっていて、薄暗くて、あちこち枝分かれしている湿った洞窟の中を、トロンの杖から放たれる光を頼りに慎重に進んでいた。

 すると突然、二人の背後から巨大なジャイアントコウモリが襲いかかってきた。ジャイアントコウモリは牙を剥きトロンに食らいつこうと迫ってくる。

「危ない!」

 ムチャが剣を一閃すると、ジャイアントコウモリは真っ二つに切り裂かれ、洞窟の地面に転がった。

「ムチャありがとう」

「大丈夫か?」

「うん」

「しかし、この洞窟広すぎるだろ。入ってから何時間経ったかわかりやしない」

 すると、トロンが洞窟の壁にあるものを見つけた。

「ムチャ、これ」

「ん?」

 トロンが壁に光を当てると、そこには魔法で刻まれた印がある。それは洞窟の中で迷わぬように、トロンが定期的に壁に付けている印であった。

「これがあるという事は……」

「ここさっき通った所だね」

「まじかよぉ……」


 なぜ二人は洞窟を探索しているのかというと、事の起こりは数時間前に遡る。

 二人がジャイアントキングヨロイトカゲから逃れ、洞窟の入り口まで飛んでくると、洞窟の中には数人の人がいるのが見えた。彼らは入り口に背を向けて、洞窟の奥に向かって何かを叫んでいる。

「あの人達、何してるんだろう?」

「さぁ」

 ムチャとトロンは杖から降りて、洞窟の中に入ってみた。

 すると、彼等が叫んでいる声がはっきりと聞こえてくる。

「おーい! ミノさーん!」

「ミノさん出てきておくれー!」

「みんな心配してるよミノさーん!」

 どうやら人々はミノさんという人に呼びかけているらしい。

 ムチャは叫んでいる男の一人に声をかけた。

「どうした? 洞窟で遭難した奴がいるのか?」

 男は振り返ると、ムチャの格好をまじまじと見つめた。

「あんたら冒険者か? まさかミノさんを退治しに来たんじゃないだろうな?」

 男がそう言うと、叫んでいた人々が一斉に振り返った。

「何だと!? ミノさんを退治なんて許さんぞ!」

「ミノさんはいい奴なんだ、退治しないでおくれ!」

 人々は今度はムチャとトロンに向かって叫びだした。

「違う違う! 俺達は冒険者じゃねぇ!」

 そう言ってムチャは親指をぐっと立てる。

「俺達はお笑いコンビだ!」

 人々は疑わしい目で二人を見つめた。

「で、ミノさんて誰なんだ?」

 ムチャは最初に声をかけた男に聞いた。

「ミノさんはこの洞窟に住むミノタウルスさ」

「ミノタウルスって……あの頭が牛で体が人間の魔物だよね?」

「そうだ」

「何であんたらはミノタウルスに呼びかけてるんだよ。もし出て来たらあんたらが危ないじゃねぇか」

 それを聞いた男はやれやれと首を振る。

「やはりあなた方はミノさんという魔物をわかっていない……」

 ミノさんがミノタウルスであるという事しか聞いてないのだから当然である。

「ミノさんは良い魔物なのだ」

「良い魔物?」

 ムチャとトロンも人間に友好的な魔物には沢山会って来たが、はっきりと「良い」と人間に言われている魔物には会った事はあまり無かった。

「数年前、ちょうど魔王が倒された頃に、この洞窟に子供が迷い込んだ事があったんだ。しかし、帰らずの洞窟と呼ばれるこの洞窟は、一度入ると二度と出られないと言われている故に、誰もが助けに行く事を戸惑っていた。その時、どこからともなく現れたミノさんが洞窟の奥に入って行ったんだ。我々は焦ったよ。中にいる子供が食われちまうんじゃないかって。でもしばらくすると、ミノさんは子供を抱えて俺達の前に連れて来てくれたんだ」

「ミノさん良い奴だな」

「それからミノさんはこの洞窟に住み着いて、しょっちゅう村にやって来ては木の伐採や魔物の退治を手伝ってくれていたんだ。いつのまにかミノさんはすっかり村に馴染んでいたんだけど、最近ぴたっと村に来なくなっちまったんだよ。だから俺達はミノさんの様子を見に来たのだけれど、洞窟の中は迷宮みたいに複雑だから入るわけにもいかず、入り口から声をかける事しかできないのさ」

 村人達の顔を見ると、皆本当に心配そうな表情を浮かべている。

「ふーん。それなら、俺達が様子を見て来てやろうか?」


 ムチャが安請け合いしたのが数時間前。二人はすっかり洞窟で迷ってしまっていた。

「もしかして俺達遭難した?」

「そうな……」

「いや、それは言わなくていい」

 ムチャがトロンの言葉を遮る。トロンが言おうとした事はあまりにもお約束過ぎた。

 二人は歩き疲れ、ついに洞窟の地面に座り込んでしまう。

「トロン、魔法で何とかならないか?」

「うーん……この洞窟では広範囲の魔法が遮られてしまうみたい」

「まさに迷宮ってわけかぁ……」

「迷宮で、メイキュアップ……なんちゃって」

「……20点」

 お腹が空いた二人は、カバンからビンを取り出すと、中に詰めていたフルーツスライムを食べた。その際食料のチェックもしたが、そう何日も持ちそうにはない。

「さて、どうしたものか」

「こういう時は壁沿いに進むと出られるって言うよね」

「さっきそれやって張り付いてたラージナメクジを触っちゃったから嫌だよ」

 二人が途方にくれていると、洞窟の奥から何やら地響きが聞こえてきた。


 ズン……ズン……


「魔物か?」

「たぶん」

 二人は武器を取り身構える。地響きは徐々に二人に近付いて来ており、地響きの主は二人から十五メートル程先の曲がり角まで迫って来た。

 トロンは出会い頭に魔法を放つべく、杖に魔力を込める。


 ズン


 そしてついに魔物が二人の前に姿を現した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る