ニコルの笑顔

 ニコルは屋敷の一室で、椅子に座りムチャとトロンを待っていた。


 数日前にニーナの本性を知ってから、ニコルの気分はずっと落ち込んでいた。下心があったとはいえ、ニーナは自分にずっと優しくしてくれていた。そして洗脳という方法を使ってはいたが、両親が死んだ悲しみを埋めていてくれたのだ。ニーナはリベラの通報により衛兵に連れていかれてしまった。これからはあの怖いリベラと二人で屋敷で暮らしていかなければならない。そう思うと気分は落ち込む一方であった。


 本当にリベラが両親を殺した犯人で、ニーナと二人で暮らしてゆく事になったのならどれだけ良かったであろう。そんな事ばかりを考えてしまっていた。


 数日が過ぎた朝、食堂で朝食を食べていると、ムチャに声をかけられた。


「いいネタができたんだ! 良かったら見てくれよ!」


 正直お笑いなど見る気分では無かったが、犯人探しに協力してくれた恩があるので、ムチャとトロンのネタを見る事にしたのだ。

 しばらくすると、ムチャとトロンが部屋に現れた。


「さぁ! お待たせしましたニコル坊ちゃん! 本日はお越しいただきありがとうございます」

「本日のショーは特別です」

「ムチャと!」

「トロン、with」


 二人が手招きをすると、おずおずとリベラが部屋に入ってきた。


「り……リベラです」

「の三人でお送りする爆笑お笑いステージで御座います!」


 ニコルはそれを見てポカンと口を開けた。


「いやー、リベラさん! あなたこのお屋敷でメイドさんされているんですって?」

「は……はい!」

「お姉ちゃんお会計お願い」

「ま……まいどっ!」

「ってそれメイドじゃなくてまいどじゃないですか!」

「今日は横の方短く切っちゃってください」

「こ……この辺ですかね?」

 リベラがトロンの髪をかきあげる。

「それはサイドでしょう! あなたの仕事は何でしたか?」

「こ、氷ができました!」

「それは零度!」


 ムチャの平手がリベラの頭をパシンと叩くと、メガネが床に落ちた。リベラが床に這いつくばり腕立て伏せを始める。

「メガネメガネ……メガネメガネ……」

「探す気ないじゃないですか!」

 ムチャにお尻を蹴られたリベラがズコッと転んだ。


 あのいつも怒ってばかりのリベラが漫才をしてる。それはニコルにとっては衝撃的な光景だった。

 リベラはその後も滑稽な事を繰り返し、ムチャに叩かれたりトロンに突っ込んだりをし続けた。

 気がつくと、ニコルの顔には笑顔が浮かんでいた。


「さてー、今日のステージ盛り上がってますねー」

「そうですねー」

「お客さんどうですかこの新人芸人は?」


 ムチャはリベラをぐいっと前に押し出した。


「ぼ……坊ちゃま」

 前に出たリベラは、恥ずかしそうにもじもじしながらニコルの表情を伺っている。ニコルもリベラの顔を伺った。


「お……もしろいよ」

 ニコルはおずおずと言った。

「でも、どうして?」

 ニコルはリベラに尋ねた。普段はニコルを叱る立場の凛々しいリベラがなぜこのような滑稽な事をしているのか不思議に思うのは当然の事だ。

「ニコル坊ちゃまに笑って欲しかったからです」

 リベラは答えた。

「旦那様と奥様が亡くなられてから坊ちゃまはずっと塞ぎ込んでおりました。だから私は坊ちゃまに元気になって欲しかったのですが、何分人を笑わせた事など無いので、どうすれば良いのかわからなくて……」

「だからいつも怒っていたの?」

「それは、旦那様から何かあったらニコル坊ちゃまを頼むと申しつけられていたので、甘やかせるのはニーナに任せて、私が坊ちゃまが立ち直れるように厳しくする役をやろうと思っての事です。ですが、本当は坊ちゃまと仲良くしたいと思っておりました」

「芸人を募集していたのもニーナじゃなくてリベラさんだもんな」

「坊ちゃまがずっと笑わないのでどうにか笑っていただこうと思っての事です」

 するとニコルは言った。

「え? 僕笑ってたよ。ニーナの前では。ねぇ」

「へ?」

 リベラは酷くショックを受けた。

 ムチャとトロンも思い出してみればニーナの前ではニコルは普通に笑っていたような気がする。

「「確かに」」

 リベラはがっくりと膝をついた。

「坊ちゃまが笑わないのは私のせいだったのですね……今日限りでお暇を取らせていただきます」

「まぁまぁまぁまぁ」

「あれは洗脳の効果もあったから……」

 出て行こうとするリベラを二人がなんとか引き止めた。

「まぁ、とにかく、リベラさんはニコルの事を本当に想っているって事だよ」

「だからニーナさんが居なくなっても落ち込まないで」

「ちょっと怖いけどな」

「ムチャ……」

 すると、ニコルが椅子から立ち上がりリベラの側に歩み寄った。

「リベラ、この前出て行けなんて言ってゴメン。これからもよろしくね」

 ニコルはにっこり笑いかけ、そしてリベラを抱きしめた。

「坊ちゃま……」

 リベラの目から涙が溢れた。


 しかし、二人の和解のシーンを見ながらムチャは気付いていた。


(ニコルのやつ……胸の大きさを調べてやがる……)


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