笑わぬ少年

「でね、ジャイアントバットが飛んできたんですよ」

「バサバサーって?」

「そう! バサバサーって!」

「で、こう言ったと。にーちゃん、俺の背中に乗って行くかい?」

「荷馬車のおっさんかよ!」

「血液2リットルで乗せてくぜ」

「死んじゃうよ!」

「ちょっとだけチューってさせてよ」

「お断りだよ!」

「君の唇にね」

「気色悪い! もういいよ!」


「「ありがとうございました」」


 漫才をする二人の前には、まだ幼い十歳くらいの少年が椅子に座っていた。

「つまんない」

 少年はそう呟くと椅子から立ち上がり、さっさと部屋を出て行ってしまう。

「「はぁ……」」

 ムチャとトロンはため息を吐いた。

「やっぱりもうちょっと子供に寄せるべきかな?」

「ムチャがお尻とか出したらウケるかも」

「ボケなんだからトロンがやれよ」

「絶対イヤ」

 そこに一人のメイドがやって来た。

 メガネをかけた高慢そうなメイドは、うなだれている二人の前に立つと、二人をメガネの奥からキッと睨みつけた。

「またニコル坊ちゃまを笑わせられなかったのですね」

「つ……次こそは笑わせるよ!」

「無理ならば他の芸人を雇うので、いつでも言って下さいませ」

 メガネのメイドはそう言うと、ツカツカと部屋を出て行った。


「相変わらずリベラさんはおっかねぇな」

「迫力あるよね」


 ムチャとトロンが今いるのは、ベナニカの街でもかなり大きな部類に入る屋敷の一室である。

 二人は三日前、例のチラシを見た後、屋敷の門を叩きオーディションを受けた。

 二人がネタをしている時、少年はただムチャの唇をジーっと見つめていて、ネタが終わると同時に。


「この二人でいいよ」


 と言った。

 それから二人は、先ほどのメガネメイド。リベラから話を聞いた。どうやら坊ちゃん、あのニコルは、一年前に両親が事故で亡くなってからクスリとも笑わなくなってしまったらしい。二人の受けた依頼は何としてもあの坊ちゃんを笑わせる事だ。

 しかし依頼を受けてから三日間、二人は様々なネタを見せたが少年を笑わせる事はできなかった。


「新しいネタでも作るか」

「でもどんなネタで……」


 二人が相談しながら屋敷をうろついていると、先ほどの高慢そうなメイドとは違い、優しそうな顔をした穏やかな物腰のメイドが二人に声をかけてきた。


「お疲れ様です。今日もダメでしたか?」

「ニーナさん」

「今日もダメだった」

 ニーナと呼ばれたメイドは微笑みを浮かべながら言った。

「そうでしたか。でも無理はしないで下さいね。坊ちゃんの心の傷は簡単に癒えるものでは無いですから……」

 それを聞いたムチャはグッと拳を握りしめた。

「いや! 何としても笑わせてみせる。それが芸人魂ってもんだろ!?」

「多分ね」

「……そうですか。じゃあ、私はお部屋のお掃除があるから失礼するわね」

 ニーナはそう言うと去って行った。

「……ニーナさん。美しいな」

 ムチャは後ろ姿を見送りながら鼻の下を伸ばした。

「ではムチャ様、ネタを考えに参りましょうか」

 トロンはお上品に言った。

「いや、それは違う」


 キッパリと言ったムチャをトロンはチラッと睨んだ。

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