八 ツクモガミ

 


 おれの目の前で、勝鹿北辰は、その龍の本性を現し、五爪の指を開いて威嚇してくる。口から洩れる息は焦げ臭く、インディーカーのマフラーみたいにぼっぼっと火を吹いている。

 が、外見にビビっている場合ではない。おれは躊躇なく鵺ブラスターの切っ先を飛ばして、ツクモガミの長い首へ斬りつけた。

 青黒い龍は、優美な動作で正確に7cm身をのけ反らせて切っ先を躱す。

 おれは躰を廻し、下から斬り上げ、刃を返して袈裟に切りつけ、逆風に切り返すが、奴はそのすべての切っ先を正確に回避して見せた。特に最後の逆風の太刀は、抜き身の切り付けではほぼ最速の斬撃速度を誇る太刀筋だが、それさえも奴は正確に見切って回避する。

 やばい。そしてすごい。これが人工知能の実力か。見切りなのか見越しなのか、とにかく通常の斬撃がとどくことはないようだ。おれはすかさず左の鋼鞭爪を飛ばす。勢いよく飛び出した貫手ぬきてが、ツクモガミの喉を狙うが奴は正確に身体を横にずらして回避する。が、どっこい、こっちの狙いはそこじゃねえ。

 おれはすかさず鋼鞭爪を旋回させて、伸びたワイヤーをツクモガミの喉に巻きつける。鎖鎌の要領で一周、完全に巻き付けて奴の身体を固定し、そこへ右手の鵺ブラスターで片手打ちを──。

 ツクモガミの開いた顎から、ぼうっ!という剣呑な音が響いて、猛烈な炎が噴出してきた。火事場のバックドラフトと同程度の火炎が吹き付けてきて、思わずおれの身体は後ろへ吹き飛ばされるが、ツクモガミの首に巻きついたワイヤーが邪魔して動きがとれない。

 相手を固定したつもりが、逆に相手に固定されてしまった。一瞬の判断でワイヤーを外し、右腕で炎から顔を庇って横に転がったが、全身の毛が焦げてしまっている。ちりちりとした痛みが身体中あちこちに走るのは、毛皮に火がついてるからだろう。

「くっそ」

 地に転がりながら、こちらに余裕の歩み足で近寄ってくるツクモガミに、伏せ身の一刀をかましておいて、距離をとろうとするが、相手はまたもや正確に回避して巨体に似合わぬ鋭いステップで踏み込んでくる。

 鋭い五爪の指が突き出され、剃刀のような爪先が走ってくるのを、こちらは野生の勘でかわしつつ、屏風返しに身を廻し、躱す動きと見せて反対側からのバックブローで一刀斬りつける。

 ツクモガミは、何事もなかったようにひよいと躱して、さらに爪を突き出す。その五爪が一瞬にうちのドリルに変形して、おれの肩に突き刺さった。

 和服の生地と強化外殻の破片と、肉と毛皮が、粉砕されて粉のように飛び散る。「ぎゃっ」という悲鳴がおれの口から洩れる。が、ツクモガミは攻撃の手を緩めない。胸の鱗がわっとばかりに一斉に開いて、その下からきらきら光るレンズが飛び出してきた。

 反射的に身体のまえで鎬を向けて立てた鵺ブラスターの刀身が、矢留めの術で奴のレーザーを遮るが、それとほぼ同時に高いところにある口から透明の液体がびゅっと吐き出される。それを頬と首に浴びたおれは強烈な激痛にふたたび悲鳴を上げた。

 顔から首、肩にいたる毛皮が溶けて白い煙を上げている。酸だ。これは天蠍の武器。

 そうか。ツクモガミはその動雷部ドライブの中に、黄道十二宮の魏密躯ギミックをすべて保存しているということなのだ。

 いくらなんでも手強すぎる。正確な見切りと見越しの術に加え、無限の増殖力と多数の魏密躯ギミック。つけ入る隙が見当たらない。

 どうする? 逃げるか? いや、見逃してはくれまい。奴はおれの持つクォーク・リフレクターが欲しい。逃がしてはくれない。

 おれは鵺ブラスターを真っ向正眼に構えた。

 平成時代の剣道では、相手に正対して切っ先から拳まで中心軸上に置く、真っ向正眼が主流だが、実際の剣術では、まずこの構えは取らない。これを取るときは、決死の覚悟を決めたときだ。もうここに来て、あれこれという小技や戦術や攻略法は通用しない。

 ここはもう、肚を括って、ど真ん中に乾坤一擲の一刀を打ち込むしかない。

 相手に真正面から向かい合い、彼我の中心軸を合わせる。四尺、すなわち1・2メートルある鵺ブラスターの刀身の切っ先部分は約10センチ。この10センチの中に総身を隠し、おれは心を静めた。 



 

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