八 侵入

 

 松平丹波守の屋敷には、猴助とおろちが偵察に赴くことになった。

 二人の雷威漢ライカンの力を使って、夜のうちに松平邸に忍び込み、丹波守の寝所しんじょを見つける。そののち、日にちを決めて何人かで仕留めに行く。そういう計画に落ち着いた。

 おろちは日が落ちてから出かけてゆき、夜明け前に戻ってくる。そんなことを二日ほど繰り返し、松平丹波守の寝所を突き止めたようだった。

 たった二日で見つけるとは、正直凄いと思った。彼女の暗視能力と嗅覚は異常で、猿飛猴助のサポートで松平邸の忍びを回避し、屋敷深くに潜入し、目的を果たしたらしい。

 その晩は、さすがに疲れたのか、あるいは安心したのか、朝気づいたら、おれの寝床の中に潜り込んですやすやと眠っていた。

 おれが起こさないように気を遣って身じろぎすると、さっと金色の蛇眼を開いたおろちは、獲物に食らいつくような素早さでおれに口づけしてきた。彼女の口づけは、いつも野獣のように強引で、二股に割れた舌先が激しく絡みつく。しかも尖った牙が当たって痛い。いつも血の味がするのだ。

 ともあれ、その日の昼の内に再び芹沢軍鶏の道場に集合した『祖炉門ソロモンの牙』のメンバーは、松平丹波守の暗殺計画をすぐにでも遂行することを決定した。

「あちらも、雷威漢ライカンが屋敷内を探っていたことは気づいているはず」勝鹿北辰が伏せた目で思案する。「今夜。少数で攻めましょう。いかがですか?」

 伺いを立てられた柳生丒兵衛は、同意した。

「よし、そうしよう。猴助、おろちと二人で足りるか?」

「見つからなければ、造作もない」猿飛猴助は巨体を揺すって笑う。「幕府陰陽方が動いている気配もないしな。だが、万が一のときを考えて、夜目の効くやつを一人つけてくれ」

「よかろう」丒兵衛はひとつうなずき、おれの方を見る。「虎之介、たのむ」

「ああ。分かった」おれは二つ返事で承諾した。

 隣でおろちが嬉しそうに身をおれの方へ傾ける。

「ふむ、虎之介か」猴助が不機嫌そうな声をあげた。

「不服か?」丒兵衛の問いに猴助は、

「いや、この場は虎之介が適任であろう。この三人なら、屋敷の侍三百人相手にしても引けは取らない。場合によっては、皆殺しにしてもどってくる」

「おいおい」丒兵衛は苦笑する。「只働きは、大概にしてくれよ。あくまで、金を貰って的となる相手のみを殺すのが、われわれの務めだ」

「分かっているよぅ」

 猴助は首をすくめて頭を掻く。

 おれとしては、あんまり派手なのは好まない。家中の者に気づかれず、おろち一人で殿様の始末をつけてもらうことを願っていた。あ、あとで彼女にその辺の事、よろしく頼むと言っておこう。

 とにかく早く家に帰って、着ていく黒装束の準備をせねば。と、この時はそんなことを考えていた。


 着ていく服を選ぶのにちょっと時間がかかってしまった。

 結局、黒の小袖に小袴、いわゆる黒の着物と黒の袴にした。ニンジャではなく、サムライの格好である。袖や裾がいろいろと引っかかりそうだが、雷威漢ライカンになったときのことを考えると、あまりぴっちりした服は着れないし、夜間の隠密性を考えると肌の露出も抑えたい。

 おろちはというと、彼女は雷威漢ライカンになってもあまり体形が変わらないので、筒袖にたっつけ袴という、いかにもなクノイチ姿。

 こんな装束で二人して歩いていたら、夜とはいえあまりにも怪しすぎるので、途中で獣化して屋根の上を駆けた。人外の能力を駆使して、闇に沈む江戸の街を飛ぶように疾駆する。時刻はたぶん十一時過ぎくらい。遠く明かりが灯る場所は吉原だろうか? 明るい場所があるにはあるが、ほとんどが真っ暗闇だ。これが電灯のない江戸の街の夜の姿。

 夜目の効くおれたちは、だれに見咎められることもなく、闇の中を高速移動し、猿飛猴助との待ち合わせ場所へ到着した。

 月明りしかない橋のたもと。三匹の魔獣が邂逅する。

「このまま行くか?」

 虎であるおれが低く唸るような声で尋ねると、全身を白い毛に覆われた巨大な狒々が首肯する。

「人の姿では、あの塀は越えられぬ。このまま侵入し、屋根を伝って的の寝所まで行こう」

 おれたちはうなずき合うと、おろちを先頭に空に跳び上がった。

 彼女に従い、松平邸の高い塀を超えると、そこからは未知の領域。おれたちは息をひそめるようにして、自信ありげに甍の海を渡るおろちについてゆく。

 



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