六 武家屋敷見学

  武家町というのは、まるで迷路だ。

 紺色の地に斜めに白い斜線が入ったナマコ壁という、どこもおんなじデザインの壁が延々続くため、すべての場所が同じに見える。たまにある武家屋敷の門は、まるで砦の入り口のようで、デザインも同じ。当然表に表札なんぞあるわけなく、知らない人が見ても、そこが誰の屋敷だか皆目見当もつかない。そのため、芹沢軍鶏は詳細な絵図面、全ての武家屋敷の名前と家紋が入った切絵図を持参していた。いわゆる住宅地図というやつだ。こういう便利な物があるのだから、江戸は不便なのか便利なのかよく分からない。いやあるいは、便利とは、不便の中にこそ存在するものなのか? などと哲学的なことを考えてしまう。

 ただし松平邸は比較的わかりやすい場所にあったのだ。

 千代田のお城の近く、内堀のすぐ外。

 すっかり忘れていたが、江戸城とは平成時代の皇居のこと。で、その堀の南側だから、このあたりは丸の内とか大手町とか、とにかくあの辺になるのだろう。

 まず松平邸は塀が高い。地上三階建てくらいの高さがあるのではないか? しかも、塀、ではなく基本が建物だ。塀の上が侍たちの長屋になっている。迂闊によじ登れば、住人に発見されること必定。こうやって、外周を廻っていても、上の小窓からいつ覗かれているか分からないので緊張する。

 軍鶏と二人して、ぶらぶらと歩くが、この時間は下城する旗本たちと行違うから、あまりきょろきょもできない。旗本といっても、中には大身の侍もいるため、供侍を何人も従えた戦闘集団が行進してくることになり、いかもに浪人風のおれと軍鶏は目立つ。

 二人していかにもどこかに用事のある顔で松平邸を一周したが、あまりの広さに辟易した。一街区、まるまる屋敷だ。平成時代なら、シティーホテルがひとつ建つくらいの敷地面積がある。塀が高くて中はまったく覗けないし、切絵図には当然のこと内部の状況まで記述はない。

 武家屋敷とは、都市にある一個の要塞である。ここに侵入して、たった一人の殿様を仕留めるのは、至難の業であろう。

「これ、中はどうなっているんだ?」延々続くナマコ壁に嫌気がさして、隣りを歩く軍鶏に訊ねてみる。

「さあ」と首を傾げるばかりの軍鶏。「中に入ったことがないので、皆目見当もつかん」

 もっともな話だ。

雷威漢ライカンの中には、空を飛べるやつはいないのか?」

 上空から偵察してもらおうと思って聞いてみた。

「いねえ」軍鶏が鼻筋に皺を寄せて答える。「飛べない鳥しかいねえよ」

 軍鶏自身のことである。よく考えたら、つかえない男だ。空は飛べないし、夜は目が見えない。

 一周してしまったが、二周目に入る気はさらさらない。

「どうする?」とたずねると、

「呑みに行こう」という当たり前の答えが返ってきた。「この辺にある、いい店を知ってるんだ」

 ま、そうなるだろうな。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます