二 刺客のお仕事

 

 駿河台の坂をくだって、駕籠がきた。あれがターゲットだ。七つの鐘が鳴っているから、あと二時間ほどで日没。今は初夏で日が長いから、夕方の四時か五時。この時刻に出かけるということは、吉原の遊郭にでも行くのか。ま、おれにはどうでもいいことだが。

 供の侍は一人。駕籠かきを二人いれて、全部で四人。駕籠かきは斬るなと司令されている。人情からではない。無料では人を殺さないという、商売上の理由だ。ただし、供の侍、秋月何某なにがしは斬れねばならんだろう。かなり腕が立つという話で、誰だか知らない駕籠の中の人を斬ったおれたちを、その秋月なんとやらさんが見逃してくれるとは思えない。

「手前でおれが出る」隣に身を潜めた軍鶏がいう。「秋月は、駕籠を先にいかせるだろうから、そっちを頼む。抜かせずに斬れということだ」

「細かいな」おれは嘆息する。が、お安い御用だ。こちとらプロ。といってもこれが初仕事だが。

 今回の仕事はおれと同僚の芹沢軍鶏の二人だけ。一応おれの初仕事なので、軍鶏がサポートにつかされている形だ。軍鶏は、ひょろりと背の高い男で、身体も細い。強そうに見えないが、これでも心形刀しんぎょうとう流の名手。表向きは武芸者で、道場も開いている。もちろん雷威漢ライカンである。

 駕籠との距離が詰まってきたので、おれたちは無言で頭巾の前を閉め、顔を隠す。

 距離を測り、さきに軍鶏が出た。

「お命、頂戴!」

 お小遣い頂戴!みたいな調子で叫んで飛び出していく。微塵も緊張していない。危ない奴だ。

 駕籠を守って前を歩いていた秋月なんとかが血相を変えて抜刀。軍鶏に対して飛び出してきながら、叫ぶ。

「駕籠、先に行けぃ!」

 すべて予定通り。

 軍鶏は大刀を抜き放つ、秋月と対峙。軍鶏の流儀は心形刀流であるから、二刀も遣うが、仕事のときは身元がバレるので絶対に二刀は抜かないと聞かされていた。

 ともあれ、駕籠かきが、青い顔で掛け声を速めながら、坂道をこちらに下ってくる。案外速い。人が走るのと変わらぬ速さだ。おれはちょっと焦って林から飛び出した。抜刀せずに駕籠へ一直線に迫る。駕籠かき達が気づいて「ひっ」と悲鳴を上げ、駕籠を下ろす瞬間を逃さず、側面から抜刀した切っ先を突き込んだ。

 駕籠が落ちた瞬間なら、中の人間は動けない。身を固め、腕は体側から離れているはず。この瞬間なら、真横から刃を水平にして突き込めば、腕を抜け、肋間を通して心臓まで切っ先は達する。

 駕籠の板を突き抜け、中の人間の胸に入ったおれの切っ先は、人間の心筋のやや硬い感触を手に伝えてきた。血が固まり、筋肉が硬直しないうちに、素早く刀身を引き抜く。

 がたりと音がして、駕籠の中人が倒れる。じょーと液体の流れる音が響き、駕籠板のすき間から大量の黒い血が流れ出してきた。

 ちらりと左右を確認すると、二人の駕籠かきは腰を抜かしてへたり込んでいる。おれは一応駕籠の中を確認して、白髪交じりの武士が絶命している姿をたっぷり二秒見詰める。

 オーケー。絶対に死んでいる。

「殿―っ!」

 向こうで軍鶏と切り結んでいる秋月が絶叫し、その隙をついて脇腹を斬り上げた軍鶏が血ぶるいしながら、こちらへ走ってくる。深手を負った秋月を捨て置き、おれと合流した軍鶏は坂下を顎でしゃくる。

 おれは無言でうなずき、納刀しつつ走り出した。

 走りながら振り返ると、腰を抜かした駕籠かき二人は、いまだに動けずにいる。おれたちは武家屋敷の角を曲がると、頭巾をとり、何事もなかったかのように歩き出した。着物の返り血を一応確認し、問題ないようなので神田の方へ足を向けた。



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