七 離れの宴会

 


 宴は離れでやると聞いて、てっきり狭い部屋なのかと勘違いした。

 嘉助とお蜜っちゃんに案内されて、廊下の奥の引き戸をくぐると、なにやら薄暗い窓のない通路を通り、つぎに引き戸をくぐったときは、壮大な庭園の中だった。

 苔むした岩が転がり、小山があって池があって小さな川まである。庭の奥には、小さな岩山から激しく水が落ちる小さい滝まである。その手前には茅葺かやぶき四阿あづまやが見える。東海屋自慢のの茶室であるらしかった。

 実は武家屋敷の一部を買い上げ、そこに別邸の離れと称して、広大な屋敷を建てていたのだ。もちろんお上には秘密である。

 広大な敷地内に、見事な庭園と宮殿のような屋敷。裏には巨大な金蔵かねぐらがあるらしい。廻船問屋とはずいぶん儲かるようだ。もしかしたら密貿易とかそういうことに手を出しているのかもしれない。

 おれたちは眺めのいい渡り廊下を延々とわたって、離れへ到達する。広大な敷地の奥にある屋敷は、寛永寺の大伽藍以上に巨大な建築物だ。たしかに、いかに巨大な資産を有するとはいえ、一介の商人がこれほどの建築物を所持していたら、幕府は面白くないだろう。それどころか危機を感じて潰しにくるかも知れない。

 おれは嘉助たちによって、渡り廊下の先にある、金閣寺みたいな宴会場に案内された。

 何十畳もあるような広間のふすまはすべて開け放たれ、周囲の庭と池が一望できる。

 すでに陽は暮れはじめていたが、庭のあちらこちらで松明が焚かれていて明るい。幻想的な夜景が、薄暮の下から夜の顔をのぞかせようとしていた。

 おれを助けてくれたという、いわば命の恩人である東海屋の小若旦那、典兵衛にはそのあとすぐ会うことができた。

 身なりの良い、だがいかにもボンボン然とした、人の好さそうな男だった。

 広間に膳が並べられ、いくつもの行燈に火が灯る。庭の松明はパチパチと音をたて、渡り廊下を忙しなく行き来する女中たちの足音が響く。

 招待された客たちがつぎつぎと案内されてきて、座が騒がしくなる。

 上座には、おれを中央にして、小若旦那の典兵衛、その知り合いの初老のおサムライ、直刃と砂絵さん。あとは遅れてきた大若旦那──典兵衛の兄さん、その家族。さらには、典兵衛の商売仲間が揃って、かなりな大盛況だ。

 料理も、つぎつぎと膳が取り換えられて、見事な蒔絵の漆器や伊万里、備前、九谷などの器に盛られた、煮物、酢の物、刺身、焼き魚、卵料理と、贅の限りが尽くされている。

 酒は、かんしたものはさかずきで、その場であけられた菰樽こもだるからのひやますでと、もう浴びるほど飲んだ。

 小若旦那の典兵衛からは、

「トラの旦那、いつまでもうちに居て下さいよ。毎晩こうやって飲み明かしましょうや」

 と、真っ赤な顔で笑われた。

 そのあと芸者がきて、三味線がきて、太鼓が来て、しまいには猿回しまできた。

 しこたま飲まされたおれは、最後は舟を漕ぎ、大狂乱の宴会が終わるころには、半分寝ていた。

 記憶が定かではないが、嘉助に肩を貸してもらい、離れの二階にある部屋に夜具をのべてもらい、横になった。

 嘉助に耳元で、「旦那、さきほどいらした太夫が、旦那の事をえらく気に入ったみたいで、是非同衾どうきんしたいとのことですが、如何いたしやすか?」と囁く。

 ドウキンの意味がよく分からず、なんとなく同伴出勤のことを連想したので、「いらん」と断った。嘉助は、「え、でも、もの凄い美人ですぜ……」と困った顔をしていたが、おれはとにかく眠かったのだ。

「じゃあ、旦那、刀は床の間の刀掛けに掛けときますんで」

「いらん。大小は抱いて寝るのが鐘巻流の作法じゃ」

 自分でも訳分からんことをほざいて、掻い巻きのなかに大小を持ち込んだ。

 覚えているのは、そこまでだった。


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