四 助太刀、助かる

 

 お狂ちゃんを捕まえている男は、彼女の喉に小刀を突きつけたまま、もう一方の手を懐に突っ込み、ごそごそとまさぐっている。

 駆けてきた六人の足軽たちは全員抜刀して、おれの背後を取り囲むようにゆっくりと輪を縮めてきている。が、妙にその足取りはゆっくりだ。

 なんだ、なんのタイミングを計っている? 不味い、動かないと不味いぞ。動け。とにかく動け! だが、タイミングがこっちの手にはない。

 じっと音がした。懐に突っ込んだ男の手の中だ。じゅうっという音が響き、青臭い煙の匂いがただよう。火薬か。この男、やっぱり忍者だ。自爆を狙っていやがる。

「ニャァーーン」

 おまえがいたか!

 おれは懐から温かい毛皮の塊を掴みだすと、目の前の男に向かって投げつけた。

「ギャァーー」という奇声を発して飛翔する子猫を追うように、おれは一足大きく踏み込んで、刀の柄に手をかける。

 日本の侍の居合抜きというのは、本来は異様に速いと聞いたことがある。

 その昔アメリカで居合抜きの速度を計測しようと、居合の達人を呼んで高速度カメラで撮影したことがある。そのときの達人の抜刀速度は実に六十分の一秒。ビデオの一コマと同じ時間だ。当然、ガンマンの早撃ちより遥かに速かったという。

 この時のおれは、飛んでくる子猫を斬ろうとした忍者の刃を、まるでスローモーションのように見ることができた。実際には速かったのだろうが、なぜかおれの目には、刀の動きはまるで止まっているようにゆっくり見えたのだ。だから、忍者の手首を正確に斬り飛ばすことは、それほど困難ではなかった。もちろん子猫き傷つけない。

 手が同田貫の柄にかかった瞬間、引き金が引かれた拳銃の銃弾に近い速度で切っ先が走り、忍者の手首が斬り飛ばされる。自分でもびっくりするような抜刀の速度だった。なんで、こんなこと、おれに出来るのか、おれ自身まったく理解できない。

 小刀の白い刃がくるくると回って空に舞い、柄についたままの手首から血の糸が黒く尾を引いている。

 おれは斬り上げた刀をそのまま斬り下ろして、もう一方の腕も切り飛ばすと、飛び蹴りで忍者の身体を跳ね飛ばし、茫然と立ち尽くしているお狂ちゃんを捕まえて斜め前の地面にダイブした。

 激しい爆発が起こり、地面に伏せたおれはお狂ちゃんの小さい身体を庇うように抱きしめる。ぼっと音を立ててナパームを焚いたような炎が走り、龍の舌に舐められたような熱感が通り過ぎてゆく。

 はっと顔を上げると、大刀を振り上げた中間の姿。おれはすかさず、寝転がった状態から太刀をふるって、中間の股間を斬り上げて吹っ飛ばす。包囲を狭めようとする残り五人が、怯んだように距離をとる。

「皆のもの、迂闊に近寄るな。鐘巻流の暗殺剣は、倒れた状態からでも斬ってくるぞ」

 リーダー格が叫び、包囲が広がる。

 おれは立ち上がるが、五対一。不利は覆らない。

 だが、そのとき、紺の道着に黒袴が駆けてくる姿があった。前髪を風に揺らし、髷は後ろで一本に垂らし、腰の二刀は上品な拵え。彼女はおれと中間たちの間に割って入るように駆け込んできて、低い声でのたまう。

「多勢に無勢とは、卑怯であろう。この松浦直刃すぐはが助太刀いたすぞ、虎之介。して、なぜこのような場所におる?」

 そりゃこっちのセリフだ。

「ニャァァン」

 足元で子猫が一声鳴くと、たったったっと、倒れて震えているお狂ちゃんのところへ駆けてゆく。よし、お狂ちゃんは、ニャン公、お前に任せた。

 直刃が抜刀し、ずいっと前に出る。口元に笑みをこぼし、白い歯を剥いている。顔が、ちょっとドーベルマンっぽい。

 おれは直刃と背中を合わせるように中間どもに相対あいたいする。

「助太刀、助かる」

 五対二で有利と踏んだか、相手を女と侮ったか。ひとりの中間が直刃に斬りかかる。

 直刃は一度、敵刃下に身を晒し、存分に相手に斬らせておいてから、躰を切り、筋違いにすり抜けて相手の手首を斬った。

 へえ。おれは感心する。あれが新陰流の十文字勝ち、小転こまろばしの一手か。斬らせてから動くから、相手は対処のしようがない。

 感心したところで、ぞっとする。十文字勝ちも小転も、そんな単語をおれは知らない。その知識、この記憶はどこからきた?

 視界の隅で動く物があったので、そちらに向き直ってこちらの半身正眼を合わせる。

 腰を据えて斬ってきた中間の八双からの斬撃が、まるで穴だらけなのが、おれの目にはよく見える。斬れると確信した。

 数センチ踏み込んで刃を合わせ、いた太刀筋に一刀、細かい押切を打ち込むと、相手の太刀はすっ飛ぶように跳ね飛ばされて落ちる。おれは止まらずそのまま切っ先を相手の喉に突き込んだ。

 ちょっと可哀そうだと思うが、こっちも死ぬか生きるかだ。躊躇も手加減もしていられない。顎の下から頭骨の奥へ切っ先を突き込み、血が凝固しないうちの素早く引き抜く。

 一瞬でまた二人倒れ、残り三人。残った奴らは明らかに動揺し、腰が引けている。撤退するにはちょうど良い頃合いだ。

 そう思った矢先に、広場の奥の方で、「ぴいっ」と指笛が鳴る。

 見ると、三味線を抱えた女が立っている。追跡者の一人だ。顔は笠に隠れて見えないが柳のように細い女だ。彼女の合図を受けて、残りの三人は素早く逃走を開始した。反射的に直刃が駆けだして追おうとするが、襟首を掴んで止める。

「なにをする!」

 猟犬みたいな目で振り返って睨んでくる。

「こちらも逃げよう」

 遠くでぴーっという呼子の笛が鳴っている。町方だか寺社方だか、管轄は分からないが、江戸の警察組織が動き出している気配が、周囲の街区に溢れてきた。

「ふむ。そういうことなら、ここはおぬしの顔を立てて、剣を引くか」

 不満げに口を尖らせた直刃は、太刀を袴の裾で拭うというガサツさを見せつつ、荒々しい仕草で納刀する。

 おれは周囲の死体と、泣きながらこちらを見上げているお狂ちゃん、彼女を守るようにそばに立つ子猫を一瞥すると、刀身をきちんと懐紙で拭って納刀する。やはり自分の道具は自分でちゃんと管理しなければならない。

 遠巻きに見ていた茶屋の親父や客が、そろりそろりとこちらに近づいてくる。

「いくぞ」

 取り巻かれると厄介だ。直刃の手を引いておれは走り出した。


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