三 意地悪なお願い



 まず最初に考えたのが、こいつらがおれのことを担いで騙してからかっているんじゃないかということだ。もしかしたら、どこかに隠しカメラでも仕込まれているのかと、周囲を慎重に見回しもした。そこで、こいつらにとって、意地悪なお願いをしたわけだ。

「すまない、外の景色が見てみたいんだが」

 二人はしまったという顔を……してくれれば良かったのだが、きょとんとして、なんでまたそんなことを?という表情になった。

「よござんすが」

 番頭さんが問う様に女中さんを振り返る。

 女中さんは、黙ってうなずいた。

「では、二階にあがってみますか?」おれに向けて、やさしく微笑む。「お体の方は?」

 大丈夫でしょうか?という問いかけらしい。

「うん」さっきよりだいぶ楽になっている。手足を動かしてみる。痛みも痺れもない。身を折って、布団をはねのけた。今になって気づいたが、おれの身体の上にかかっていたのは、布団ではなく、……なんだろこれ。強いて言うなら、綿がめいっぱい入った巨大なドテラだった。綿入り布団の着物版みたいなものだ。そいつをはねのけて、寝床から出る。

 寝ていたおれは、浴衣みたいな寝巻を着せられていたようだ。まあここで、パジャマを着ているということは、あるまい。変に納得しつつ、立ち上がる。傍らで、美人の女中さんが腰を下ろしたまま、おれの手を支えてくれたため、ふら付くことはなかった。細く白い指は、手荒れで少しごわついた。

「こちらでござんす」

 番頭さんに案内され、障子の外に出た。

 廊下ではなく、縁側になっていた。すぐそとが池のある小さいお庭。庭は中庭になっていて、周囲を建物に囲まれている。この配置は時代劇っぽい。建物は真新しく、木造建築の二階建て。たしかに武家屋敷の再現のようだ。

 角をまがり、廊下に入って、すぐの階段を上がる。急な階段で、明かりはなく薄暗い。お城の天守閣にのぼるような雰囲気だ。いつしか建物内の探検を味わうような気分で、おれは二階にあがった。

 二階は明るい。襖や障子が開け放たれ、外からの朝の光が存分に差し込んできている。

 窓に近寄るまでもなく、外の景色が目に入る。

 一種異様な光景だった。建物が有り得ないくらい低い。高いビルがひとつもなく、遠くまで見渡せる。青黒い瓦屋根と茶色い板ぶき屋根が、地平線の彼方までつづく光景は、あっけらかんとした見晴らしのよさだった。たまに見える木造の塔みたいなものは、あれは何だろう?

 窓から身を乗り出し、木の手すりを掴む。

 左右の景色を見渡し、唖然とした。

 なんだ、こりゃ。なんにもねえ。

 遠くにきらきら光る川が見える。街のあちこちで、細い煙や湯気があがり、はるか遠くで陽光を反射して光っているのは海か? 電柱が一本もない。車が一台も走っていない。木造建築しかない。ところどころに林がある。そして遠くに見えるのは、……城?

 東京に城なんてあったか? そんなに高い城ではないが、写真で見る小田原城や姫路城に比べて、物足りなく感じるのは、天守閣がないからだ。だが、黒く巨大な城は風格があり、立派な佇まいだ。そして、その横手、はるか遠くに見えるのは……。

「嘘だろ」

 おれは呻いた。

 はるか遠く。けぶるような靄の向こうに小さく見える白い山は、富士山に間違いない。

 もしこれが、おっそろしくリアリティーのある夢とか、あるいはおれの知らないオーバーテクノロジーで生み出された最新式のVRでないとすると、ここは本当に江戸時代ということになる。

 どういうことだ? まったく訳が分からない。一体なにが自分の身にふりかかってきているのか?

 おれは全身の血がすっと引いてゆき、身体が冷えてゆくのを感じた。そして、唐突に、

「ぐぅぅぅぅぅーーー」

 腹が鳴った。

 こんなときでも、人間は空腹を覚えるらしい。

 後ろで美人女中が、くすくすと笑う。

「若様、朝餉あさげにいたしましょうか?」

 朝餉。朝飯のことか。

 おれはゆっくり振り返ると、口をへの字に曲げて苦笑いをしてみせた。

「そうだな。まず、腹ごしらえしてから、ゆっくり思い出そう。この身体もこの街も、どうせ逃げたりしねえんだから」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます