おまけ――トゥルーエンド

冒険者街を目指す二人

 邪竜復活直前の魔脈沿いを歩く二つの人影がある。

 冒険者街ガーズに店を持つマグ職人だ。

 しがない職人でしかない彼らだが、飽くなき探究心に突き動かされ、かつての偉大な研究家アゥトブ・レーク博士の真似事をしようと思い立ち旅の途中である。

 

 常に研鑽に励もうという意欲を持ち続けるのは素晴らしいことだが、彼らは一人娘が技術を身に着けるや店を任せて旅に出た放蕩夫婦である。


 首羽族である二人は、森葉族ほどではないが森歩きやマグ感知能力に優れており、道なき道、険しい谷間を軽やかに歩いていた。


「そろそろ、お昼時か。ここらで食事にしようか。ねえ母さん、フラフィエは、しっかり食べてるかなぁ。また簡素なもので済ましてないだろうね、フンッ!」

「びガャラアアァッ!」


 一応は娘のことを心配しているようだ。突如現れたケルベルスを細身の剣で貫き、素早く引き抜くと斬り捨てながら妻に問うでなく語り掛ける。


「お父さんったら、出かける前によく言い聞かせてきたじゃないですか。フラフィエも食べなきゃ仕事に差し障るのを学んでますよ、ハッ!」

「ギャぴャクェアャーッ!」


 妻は答えながらも、布の面を張っていない扇を手にした両腕を広げ、その場でくるりと回ると、頭上を取り囲んだコイモリの群れを瞬時に引き裂く。


「でもねぇ、たまにパンと間違えて魔技石を齧ってしまうだろう? 天才ほど変わった癖があるというから仕方ないけれど、お腹を壊さないかと思うと心配でね」

「少しくらい齧っても大丈夫ですよ。それより、先ほどから武器を出しっぱなしなのが気になりませんか?」

「そういえば、そうだね」


 二人は水筒を取り出して水を飲みつつ、襲い来る魔物を蠅を払うように何気なく始末する。

 周囲を見回すと、谷間の上にはペリカノンがずらりと並び、崖の途中に開いた穴から、ナガミミズクが這い出て、コイモリが続々と飛び出していた。

 しかも、そのコイモリも含めて普段より体が一回り大きくなっている。

 来た道も振り返れば、いつの間にやら魔物で埋まろうとしているほどだ。


「母さん、嫌な予感がするよ」


 それはケルベルスが出た時点で気が付くべきだった。ここまで気が付かない神経を疑う発言だが、それだけ娘を心配していたのだ。多分、空腹に気を取られていたのではないだろう。


「あらお父さんも? というか予感もなにも地面揺れてますから」


 足元を見れば、地面が震えヒビが入り邪なる魔素が立ち昇る気配がある。


「ま、ままま魔震だああああ!」


 ここまでの道のりも明らかにおかしかったのだが、ようやくただ事ではないと二人は把握した。ここにタロウが居れば目を剥いて「だから強者は!」と叫んでいたことだろう。


 周囲の谷間にも至る所に亀裂が入り、鈍く輝く水晶壁が姿を覗かせる。


「魔脈がぼっこぼこだよ母さん」

「ほんとに。足元にもマグが流れてきてますよ」

「まあ水というわけでもないのだから汚れはしない」

「いえ汚れるなどではなくて……」

「おやマグが妙な形に……魔物が湧いたああああ!」

「だから言ったではありませんか」

「ふんぬっ! なんのこれしき!」


 魔泉でもない足元から、魔物が湧くなど初めて見た現象だった。


「いけないお父さん、あれ見て下さいな。あの大っきいの頼みます。援護しましょうか?」

「あれでは分からんといつも言ってるだろう。とにかくあれだな」


 母は鉄扇を弓を番えるように構える。すると手元にマグの棒が形を作った。何本ものそれを連射する。牽制の矢だ。その矢の後を、負けない速さで父は追う。手前の群れは母の矢で消滅。追った父が剣を横に構えたまま目的の魔物とすれ違った。


 奥に居た巨体はランチコア。それこそ魔泉の近くでしか見ないような、極悪な魔物だ。しかし即座に人間の攻撃に反応したものの、半ばからぽっきり折れるようにして分断されてしまった。


 ひとまず厄介な魔物を倒したことで、他の巨大化したハリスンの群れを薙ぎ払いながらも二人は考える。


「ふぅむ。どうもおかしい。手応えがありすぎる」

「いつもなら千切れて飛んでいくのにねえ。手を抜いたのではないですよね?」

「うん、やたらと頑丈だった。また来たな」

「しかも湧きが早いなんて……この現象は聞いたことがあるような」


 魔物が吹き荒れ、周囲から崩れる音も大きくなっていく。


「地面も割れてますよお父さん。あら股裂けちゃうよっこいしょ! ふぅ体が柔らかくて良かったわ」

「華麗な宙返りだったよ母さん。随分とひどい崖崩れだ。一度山を下りようか」


 崖を割って魔脈が浮き出し、あちこちの亀裂からマグの霧が流れ始めていた。崖崩れと呼ぶには、末期的過ぎるだろう。

 そこで父は、はたと立ち止まる。


「あーっ! かか母さん、もももしかして、あれが復活したのでは!」

「あああれですか。そんな気がしてきました!」


 鈍すぎる二人だが、ただ事ではない異変の中でも、最悪の事態へとようやく思い至ったようだ。


「ガーズに戻るぞ!」


 叫んだ時に立っていた場所は崩れ落ちたが、二人は崖に取り付き、そのまま壁を駆け抜ける。

 二人を追うように谷間は崩れ去っていく。その中を爪先でわずかな窪みや魔物を足場に、降りかかる岩の破片をかいくぐり、追いすがる魔物らを切り刻みながら赤い尾を引いて走り抜ける。


「ここからガーズまで何日かかるかねぇ? ああフラフィエは大丈夫だろうか」

「ほんとお父さんは心配性ね。朝昼晩聞かされる私が堪らないわ」

「母さんだって毎晩祈ってるだろう」

「自立した娘なのですから、日に一度の心配で十分です……それに、フラフィエは最も危険な場所にいるのですから、安全ですよ」

「ああ、あれ以上に安全な場所はないものな」


 最も危険な場所だからこそ、防備は最上のものであると二人は信じていた。各地を巡った二人は、ガーズにあるほどの強い結界石を他で見なかったのだ。マグ職人だからこそ、結界石による聖魔素の強さを肌で感じていたせいもある。


「でも、この魔物の量ではちょっと大変でしょうねぇ」

「早く戻ってフラフィエを手伝わないとまずいな……と思ったら地形が変わってるよここはどこだ母さん!」


 闇雲に走り回った二人は、すっかり地形の変わってしまった大地の只中で途方に暮れる。


「落ち着いてお父さん、風を読みましょう日を追うでもいいです」

「それもそうだな」


 しばし二人はふわふわと首の羽を揺らす。

 今にもくしゃみをしそうに間の抜けた顔付きなのは集中しているからだ。


「よし、あっちだ!」


 再び二人は駆け出すが、思うように進まない。それもそうだ。行く先々で魔脈から魔物が沸いてきりがないのだから。


「魔脈巡りの旅に出ようなんて言ったバカはどこのどいつだ! 俺だったー!」

「あわわわあわわわお父さんまずいですよ!」

「母さんが慌てるなんてよっぽどだなギャー!」


 二人が慌てるほど、広範囲に魔物の群れが遮った。

 もこもこと地面から湧き出たケダマは瞬く間に山を作り、ウニケダマとなり、歪に融合しながら果ては八脚ケダマとなる。その八脚ケダマの上に様々な魔物が集って移動し始めたのだ。魔物の移動要塞だ。

 なにより恐ろしいことに、その上に集ったランチコアまで融合し巨大化し始めたではないか。


「国の精鋭軍団を壊滅に追いやったという噂のあれではないか? 撤退だ!」

「さすがに二人では厳しいわねぇ。ああ、やっぱり冒険者さんを雇うんだったわ」


 幾ら冒険者にも無茶ぶりだ。

 二人が路銀をケチったおかけで救われた冒険者がいる。とはいえ世界中がこんな状況なのだから、誰もが防衛に駆り出されるのだが。


「待ってろフラフィエ! すぐに迎えに行くからな!」

「待っててねフラフィエ! 別のお迎えが来る前にたどりつかなくてはね!」


 そうして二人は、すたこらと道なき道を走り続けるのだった。




 当然ながら、迷いに迷った二人が到着したときには、全てが終わった後だった。

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