138:試乗会

 現在はスケイルを、どの程度顕現させることができるのか。肉体的にも気分的にも俺が耐えられる範囲や、必要なマグ回復石の量はどうかなど、検証の結果を元に意見を伝える。


「正直に言おう。まったく成功する気がしない」


 案の定、スケイルは舌を伸ばし羽を逆立てて反論する。


《何を言う。まず主の、なけなしのマグから僅かに拝借した程度で顕現できることで、我が力量を証明しているではないか。他の聖獣には出来ぬことなのだぞ!》

「へえ、そうなんだあ」

「クルアァ!」


 自負する能力を否定されたように感じるんだろうが、そうじゃないんだ。胸をちくりと刺すような感情が言葉を止めた。

 うまく言えずに困って、アホ毛の上から頭をガシガシと撫でる。スケイルはビックリしたように目を見開き、逆立てた鱗羽と舌が硬直した。きもい。


「なんつうか、何をやるにも、俺じゃ時間がかかるってことだ」


 だがなぁ、あの情けない光景を見ると期待薄だろ。低ランクの魔物にさえ齧られるとか最上級の冠が泣くぞ。


「お前の言う維持力は確か、顕現時にごっそり消費したマグのみで、やり繰りすることじゃなかったか?」

《だから、顕現し続けていたであろう》

「ぐったりしてただろ。まさか、本当にただ姿を維持するだけなのかよ」

《そう言っているではないか》


 あくまでスターターであって、駆動燃料は別と……いや普通はそう考えるよな。

 でもさ、形を作っただけの張りぼてが出てくるわけじゃない。身じろぎするだけでも運動ではあるだろ? 


「動かなくても、会話とか呼吸とかどうなんだよ」

《ぬっ、なかなか鋭いではないか。体を形成した分から削っているのだ》


 ん? それならやっぱ初めの分だけでいいのか?


「途中からマグが取られた感覚があったんだが」

《小物も集えば煩わしいものよ。つい追い払うための分も頂戴しクュヒー!》

「やっぱり無駄に遣ってやがるじゃねえかぐおっ!」

「グピュアルアァッ!」


 つい鼻フックをしかけてしまい、代わりに舌で顎を押しのけられつつ掴みあってしまった。




「ふぅ……まったく。とにかく、これじゃ走るなんて、いつになんだよ」

《ブルルゥ……であるから、お弁当があれば問題ないのだ》

「問題ありまくりだ」


 少し休憩ついでに考えをまとめようと、木を背もたれに座り込んだ。


 魔物にたかられて中断はしたが、維持はできていたということだろう。そう言ってもいいのか……? まあ初めから短時間とは聞いていたが、それが生命維持活動的な動作への消費とは、盲点というか納得というか。


 いきなり魔物相手は気が早かったんだな。こいつを過信してたんだろう。そして俺は慢心と。

 最近では南の森で危ない目に遭うことなんてないから、どこかカピボーらを侮り始めていたのもある。いつもの検証だったなら、もう少しは安全を考えたはずだ。


 別の角度から考えてみようか。

 いやまずは単純に、どのくらい維持し続けられるかに絞って確かめるべきだな。


「もう一度、確かめてみたい。体に負担はないか?」

《なんと、今日の主は闘志に満ちているではないか! 気弱なふりを見せて我を翻弄するとは意地の悪い。やはり主の意志力は、我が見込んだだけのことはあるな》

「平気なら、ここらの魔物を片付けるぞ」


 こいつの賞賛は常に自分が相手を認める形だな。そのように振る舞えと言われていたらしいが、最上級なだけで王様でもなんでもないだろうに。あ、宗教的な方面なら教皇とか? よく知らんが、どちらにしろ同類が現れたらどうなるんだか。仲違いするような、互いに「さすがは我が同志!」とか言いつつ称え合いそうなような。あ、でもそう教えられたのは、こいつだけだよな? 面倒な蜥蜴が何匹も居なくて良かった。


 などと、つらつらと考えつつ再び場所取りをする。スケイルは、気をよくして元気よくカピボーに食いついていた。

 俺も上から来るキツッキなどを片付け、最後に魔技石ポーチの口を開いて準備完了。回復小サイズを一つ割ってから、スケイルに声をかける。


「無駄に気合いは入れなくていいからな。出来る限りでいいが、スケイルにも消費を抑えるよう心がけてほしいんだ。じゃ、出てくれ」

「クァ!」


 伝わったのかどうなのか、今度はスケイルの着地時に地面がずしりと響いた。


《優雅さに欠ける》


 不満そうだということは、努力はしてくれたんだろう。さっきより、体から力が抜けるような感覚もマシだった。一応、労っておくか。


「やればできるじゃないか」

《手を抜いて称えられるなど喜べぬ》


 アホ毛が左右に揺れるのに加えて尾羽もバサッと揺れた。

 思いっきり喜んでるだろ。


《して、これからどうする。維持するだけといえどマグを消費するし、何より暇である》


 言いながらも、スケイルは腹這いになった。


「もう力尽きてるじゃないか」

《浪費せぬような体勢を取ったに過ぎぬ。まだよ、まだ我は終わらぬ!》

「無理はせず、危なくなれば教えろよ。頼むから」

《我の体調を気にかけるとは、良い心がけであるなクァクァクァ》


 初めの経験に学んで中サイズを一つ割る。


「あ、これは俺の気分のためだから、動くなよ」


 スケイルは口をへの字に曲げると、地面に伸ばした両前足の上に顎を乗せた。

 その姿勢でも、低めのソファくらいには胴体に高さがある。牛、だもんな。どう見ても。乗って移動なんて、遠い先のことだろうが。よくよく、その形状を目で辿り、疑問が湧いた。

 騎乗するにも、どうやって?


「馬の鞍なんか、体に合わないよな……」

《そのようなものをどうする。主の装備には些か大きいと思うが》

「お前だよお前」

《なぜに我が?》


 こいつ、本気で言ってるんだよな。

 元から丸い目を、まん丸に剥いている。怖いから。


「俺を乗せれば好き勝手に移動できると息まいてたろ。どうやって乗るんだよ」

《ク、クァ……わ、我を馬などと一括りにするとは……》


 そっちのショックはいいから。


「悪かった。ただ、あれは人が乗りやすくするもので、そういった道具がないと俺には厳しいと思うんだ」

《心配無用。我が鱗羽が主の体を支える故! 決して馬の道具など使わせぬ!》


 するとスケイルの背中の羽が体表から浮いた。きもい……。


《さあ主よ、なにをしている。良いぞ》


 え、乗るの?


「余分なマグはないぞ」

《確認するための行動なのだろう? それに少し歩くくらいならば倒れはしまい》


 ほんとかよ。

 まあ実際試した方が早いし、スケイルからの珍しく現実的な提案だ。乗ってやるか、二重の意味で。


「じ、じゃあ、失礼して……」


 恐る恐る、ごわごわした鱗羽を掻き分けて跨ってみた。

 尻がちくちくするのを覚悟したが、背中の緩やかなくぼみ周りの羽も開くと、胴回りは全て短く滑らかな黒い毛に覆われている。

 鳥っぽい羽は、よく見りゃトカゲの鱗部分が皮膚から分離して先が巨大化したような感じだし、硬いのは仕方ないんだろう。閉じた表面は手触りもなめらかだが、開かれると下手したら手を切りそうだし、革手袋は手放せないな。


 その鱗羽が俺の足の上から閉じると、固定されたように感じる。動かそうとしても動き辛いし、確かに何もないよりは落ちにくいかもな。

 背を軽く叩いてみると、手のひらに密度高そうだなという感覚が伝わる。体自体は頑丈で、俺一人くらい乗って走ったところで、スケイルの足に負担は微塵もかからないように思う。

 煙のように得体の知れないものが、こんな質量に戻るとは未だに信じがたい。


「お前、カップ麺よりすごいよな」

《それが何かは知らぬが、比して我がすごいと言うのだから、元より素晴らしいものなのだろうな?》


 ああ、手軽に夜更かし中の腹の虫を倒し続けてくれたすごいやつだとも。


 それにしても懐かしい。

 遊園地でコインを入れて動くパンダの乗り物にまたがり、はしゃいでいる子供のときの写真が残っていた。記憶にはない。まだスケイルは動いてないけど。


 そうだ座ってみたはいいが、どこを掴めばいいんだ?

 そこで目に入ったフォルム。


「少し頭を起こしてくれるか」


 興味津々に頭を起こしたスケイルの、黒い角に手を伸ばした。いまいちテンションは上がらないが、なんとも落ち着く。

 モニターの前に座り、さーてゲームするぞとコントローラーを掴んだ感覚を思い出したのだ。


《主よ、角を掴まれると走れんぞ》

「それもそうだな」


 言われてみれば、位置が遠すぎるか。しかし他にもなにかを思い出すな。

 ふと、ある光景が頭をよぎった。

 鳥っぽい置物の角を掴んで座るといえば、おま……る。


 俺はすっと立ち上がった。

 が、足は羽に挟まれたままだ。


「離せ」

《まだ座しただけではないか》

「動けないだろ」


 そこでスケイルは尾羽をバッサバッサ振るが、すぐに垂れ下がり、ちらと上目遣いにこちらを振り向く。

 溜息をついて座り直し一つ石を割ると、スケイルはしゃきんと立ち上がった。


「う、うぉ」


 そう高さはないのに、相手任せの動きというのは、どっきりする。思った通りに、全く荷物を背負っている負担はなさそうだ。

 だがスケイルは一向に動く気配を見せない。地面から前方に目を向けると、何かを期待する蜥蜴目が。


「歩いたら、もう一つな」

《主め、そのようなところばかり冴えおって……》


 ぶつくさ言いつつスケイルは、一歩、二歩と踏み出した。その度に、俺の体も揺れる。牛のような背中だが蜥蜴足のせいか上下の移動はさしてない。代わりに、左右にぐねぐねと揺れるというか……。


「うぐ、ぶえぇ……」

《はて、賞賛の声にしては異な鳴き声を発する》


 酔いはしないが腹の底がぞわぞわする。こんな乗り物の感覚は知らないし、慣れるしかないが。


《さて、小さなお弁当では、これくらいが限度だ》


 小サイズと見抜いていたか。分かるよな。マグ感知持ちめ。

 それにしても本当に短距離だ。数メートル?

 再びもの言いたげなスケイルの目と合った。約束したから仕方ない。口に石を放り込んでやると、さっと舌で巻いて呑み込んだ。ショーのイルカか。


「えー、ひとまず、感触は掴めたかな。ありがとう」


 スケイルも一苦労だったのか、俺を降ろすと寝そべり、舌をだらりと垂らす。


「ちょっとだけ、休憩させてくれ」


 俺も慣れない感覚続きで、ぐったりとスケイルに背を預けて足を投げ出した。




 さざ波のように、風に揺れる枝葉を見上げる。

 落ち着く自然の音を聞きながら、真面目に聖獣の扱いについて考え始めていた。


 もうシャリテイルの意見をどうのと待つのはやめたとはいえ、聖獣を手に入れたと話す相手がいるわけでもない。スウィたちと話した時が良い機会だったのに、しまったな。

 だからと言って、わざわざ吹聴してまわることでもないだろう。


 スケイルには、街の中でコントローラーに引っ込んでもらうのは変えない。他の奴らがやらないなら、そういうマナーかもしれないからな。

 たんに出来ないというか、無駄にマグを使う理由がないというのもあるか。

 あ、もっと単純なんじゃないか? おっさんが装備みたいなものと言っていたくらいだから、武具とみなされるなら街なかで剣を抜くようなもんかもしれん。


 そんなことを、あれこれ考えていて、今さら重大な点に気が付いた。

 ハゥスが言っていたじゃないか。仲間が耐えられるだけの聖魔素量の聖獣を見繕ったと。


 そもそも俺は、どうやって聖獣を手にできたんだ?


 スケイルの性能だろうと受け入れていた。

 シャリテイルは、聖魔素を扱う素質があるんだろうと言った。


「妙だ」


 皆の口ぶりやシャリテイルの行動からも、マグ感知が聖質には働かないなんてことはないよな?


「なあスケイル。聖者以外の人間も、聖魔素を感知できるのかどうか知ってるか」

《魔素を感知できるのならば、聖邪は関係なかろう。我には分からぬ感覚だが、そう聞いたことがある》

「だよな」


 恐らくシャリテイルは、大抵の冒険者の中でも、感知能力に優れていると思うんだ。戦闘に関しては、素早さはあるだろうが、力は他の上位者に劣るような感じだった。まあ戦闘はいい。

 ギルドお抱えの冒険者に必要なのは、戦闘力よりも、あの隠密とか感知のようなスキルだろうし。

 なのに、素質があるようだなんて、曖昧に言うか?


 偽物の聖魔素のにおいを嗅ぎつけたのは、聖者であるビオだけだ。

 それもコントローラーのものであり、結局は気のせいだと考えたらしいが……。


「俺の体に、聖魔素なんかないよな?」

《我が鼻力を発揮するまでもなく、主に才能はない。皆無だ》


 聖魔素に関してのところを省略するなよ。まるで俺が無能みたいじゃ……ごほん、集中集中。


 だったら、たんにシャリテイルがタウロスの能力を知らないか、忘れているだけなんだろう。図鑑にどれほどのことが書かれているかは知らないが、昔のデータだし、詳細がないならスケイルの固有能力とでもすればいいだろうか。


「スケイルの力で、聖魔素の濃度を気にせずに契約が可能とでも説明するか」

《我にそのようなことは出来ぬ》

「できないのか? じゃなくて。他の奴らに、俺が契約できた理由をどう伝えようかと考えてるんだ」

《何故、そのような虚言を》

「虚言って……実際、勝手に契約したじゃないか。俺に聖魔素なんか、一粒だって流れてないんだろ?」

《粒などではないが、見えぬのだから仕方あるまいな……しかし我は、嘘など言わぬと申したではないか。主は、我と契約するだけの聖魔素を持つ者なのだぞ》


 スケイルが、蜥蜴らしく瞼を上下から開閉させ、ぱちくりと見ている。

 さも俺が不思議なことを言ったような表情だ。


 つい今さっき俺には才能ないと言ったばかりだろうが。

 それでいて聖魔素を、持つ? 

 そりゃ持つだけなら持ってるが……まさか。


「い……いや、いやいやいや……どこにだよ。ないだろ」

《ここに、たっぷりとあるではないか》


 伸ばした舌は、スケイルの祠となった、コントローラー専用の鞄が。


「ああ、やっぱり、いやいや、これは聖魔素だとか言ってたのは聞いたが……」


 ヴリトラソードにしか使えないもんじゃないのか?


「まさか、この中のマグが取り出せるのか!?」

《グルェ! 肘を背に埋めるな!》

「悪い、それでどうなんだ!」

《魔素に関して、主は抜けているな。生きしものが体の内に持つ魔素など、取り出すなどできまい》

「できないって……魔技はどうなんだ。あれだってマグを外に出すだろ」

《技へと変えることによってだ》

「攻撃の形にしなければ無理ってことなら、聖魔素だって同じじゃないのか」


 俺の問いにスケイルは、眠そうに頭を前足に戻す。


《本来、邪魔素は外へ外へと向く性質のもの。聖魔素は内へと向かうもの》

「魔技というものが……ない? 結界はどうなんだ、聖者が何かして祠の壁が青く輝いたのを見た……いや、あれは反応させただけと言ってたか」

《うむ。同質のものは引き寄せられる故に、それを利用して聖魔素を集めて回っているのを見た。結界石を前の主の時代に見た覚えはないが、我が邪竜の元で眠りについた後に大きな聖魔素の力が加えられ、居心地が良くなった感覚は覚えている》


 結界石は、眠った後のものなのか。だったら聖魔素に関する魔技を知らないだけ……なんてことはないんだろう。


「ということは、取り出せない」

《誇るが良い、我の自由にはならぬが、大変素晴らしき居心地である。前の主と熱い湯の沸く泉に、身を浸したときを思い出すな》

「温泉があんのかよ……」


 呆然とする俺に、スケイルが情けない顔を向けた。


《そろそろ戻る頃合いである》

「あ、ああ、お疲れさん……おえ」


 でろでろとスライムのように溶けながら、スライムはコントローラーに張り付いて消えた。スライムじゃなかったスケイルだ。

 そして目玉だけ出てきたが、うっとりと細めている。


《ふぅ、一仕事終えた後の一杯はたまらんな》

「俺の知っているコントローラーはどこへ行った」

《こんとろーらあとは、炎天族の言葉のような響きであるな》


 よれよれだったアホ毛も元気を取り戻していく。

 聖獣にも取り出せないし、俺には聖魔素もないのに、タグのように個人認証処理された状態?

 本気で訳が分からなくなってきた。




 考えあぐねてコントローラーを取り出した。

 蜥蜴目が邪魔だが気にせず、持ち手を掴んで手触りを確かめる。

 特になんの変哲もないコントローラーで、だからこそ手に馴染んで、第二の腕のようにゲームを……。


《主よ、我が目と同じように丸くなっているぞ》

「ああ、そうか」

《聞いておらぬな》


 コントローラーの存在が理解できた気がする。

 こいつ、俺の体の一部なんだ。


 体の側から離しちゃいけないと漠然と感じたのは、何も怪我をしたからだけではない。

 どこか心のよりどころでもあったからだが、それだけでなく、実際に魔物から偽マグを得ていた。俺かこいつのものかも分からないでいたが、レベルが上がれば、こいつも変化した。


 どういうわけで、そうなったのかは分からない。

 だけど、多分、こっちの世界に来たときに、存在が同化してしまったんじゃないか?

 ちょっとSFすぎる妄想だろうか。


 突拍子もない発想だというのに、やけにストンと腑に落ちていた。

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