129:ポーター
ランタンを掴んで周辺をさっと見渡した。
コントローラーを取り出したときに、道具袋から散らばったものが見つかるといいなぁと思ってだ。落ちたのはヒソカニ殻の小物入れと、幾つかのすり鉢だけのもんだが、せっかくストンリに手を貸してもらって作ったばかりだ。
もちろん目に付かなければ諦めて移動しようと思ったら、意外とすぐ近くに落ちていた。結構移動したと思ったんだが、動転してると一瞬が大げさに感じるよな。
殻に布を詰めておいたお陰で、細かいものも散らばらずに済んだらしい。
物入れだけ拾って、蜥蜴頭の生えたコントローラーを置いた場所まで戻ると、固まった。
巨大蜥蜴頭の怪。
俺の頭よりでかいせいでコントローラー自体が、もうどこか分からない。カメレオン系のとげとげしいフォルムだが、羽もどきの鱗だけでなく、角が生えていた。
一応、牛要素……?
とにかく、この生首をどうしたもんか。えーと……もういいか、抱えていこう。
「グゴッ、グゲルゥ」
《喉を掴まれると息苦しいではないか。丁重に扱うがよいぞ》
頭しかないだろ! 息はどこに行って巡ってるんだよ!
見ているだけで頭がくらくらしてくる。なんだよこの不条理な存在。
「シャリテイル、出よう」
振り返って出ようと促す俺に、肯いて歩き出したシャリテイルの動きはぎこちなかった。やけに静かだと思っていれば、暗いからだけではなく顔色が悪く見える。
「ぜんぜん平気じゃないじゃないか……何を我慢してんだよ!」
「ちょっとした、マグ眩みよ。これは仕方がないわ」
仕方なくなんかないだろ。
時間が経つのを待つしかないと分かってはいるけどさ……。
「悪い、やっぱり腹が収まらない」
思いっきり、蜥蜴頭の冠羽を引っこ抜いた。
「プギィーッ!」
《何をする! よもや我に敵対する気か!》
「ちょっとちょっとタロウ、いきなり何をするのよ」
「女の子に怪我させたんだ。これくらいの報復は許してくれ」
《ぐぬぅ、痛み分けというわけか。いたしかたあるまい……》
涙目の蜥蜴頭なんて奇妙すぎる。
「タロウったら、もさもさーっとしてるけど、これでも聖獣なのよ?」
《これでもとはなんだ!》
「もさもさってなんだよ……あ、やられたのはシャリテイルだったな。勝手に仕返ししてごめん」
《そう言って、なぜ差し出すのだ!》
シャリテイルの前に蜥蜴頭を向けてみたが遠慮された。
「い、いいのだけど……友好的な子で良かったわね。最上位の聖獣なんだから、怒らせていたら危ないところよ?」
げっ、そうだったな……毛を一本毟って命を落とすところだったとは……。
その放り投げた羽が舞い落ちながら、青い光が燃やすようにして崩れていくのが見えた。その光は俺に流れてくる。
聖質のマグも吸収するのか?
何か、違うな。
俺の方には来てない……コントローラーにだけ吸い込まれている?
《分かつとも我の体であるからな。聖なる魔素は、この小道具に戻っておる》
「気体でも液体でもいいが、便利な体で羨ましいな」
《そうだ素直に崇めるが良い》
「嫌味だよ。また毟るぞ」
冠羽がぺたんと頭に貼りついた。チッ。
どうにも苛ついてくる。
ありがたいどころか……見るからに鬱陶しい上に、移動するのにも邪魔だってのに、どうすりゃいいんだ。
「重いんだが、ひっこめないのか?」
《意外と暇なのだぞ》
「怪我人が見えないのかよ。今は邪魔だから引っ込んでろ」
「……クルゥ」
コントローラーが淡く光り、うなだれた蜥蜴頭はスーッと消えた。
簡単に消えられるじゃないか!
ようやく俺も、気が削がれるものがなくなって頭がはっきりしてきた。
気圧されていたんだろうな。ずっと緊張していたようで、俺もマグの眩暈が起こったように気が重い。
「タロウ、その、道具のことなのだけど……」
気分が悪そうだというのに、シャリテイルはコントローラーを見ている。
実はさっきから、聖獣よりもこっちばかりに気を取られているような視線には気が付いていた。
聞いていいものか、考えていたんだろうな。
後で話すにしろ、なんて説明しよう。
そうだ……シャリテイルは午前中に相当の魔物を倒したはずだ。
レベルを考えれば、ここで上がるなんて都合のいいことはないだろうけど、物は試しだ。
「これ、持ってみてくれないか」
「そんな……簡単に人に貸しちゃだめよ」
「いいから、頼むって」
シャリテイルは、恐る恐るコントローラーを手にして、顔をゆがめる。
ちかちかとアクセスランプが、反応した……!
何か情報は……そうだ説明。
中心に触れて確認すると、数値は表示されず別の文言が流れる。
『所有者ではありません』
文章出せるじゃねえか。
相変わらず、それ以上の説明はないが。
それにしても所有者を認識できるということは、マグ情報が紐づけられてる?
一時的にシャリテイルにオーナー変更するとか、共有設定とか、何かないのか。
苛立ちながらボタンを押したり念じてみたが、期待は打ち砕かれた。
効果はなかったが、俺以外の誰かが認識し触れることができる、確かに実態が存在すると目の当たりにした事実が残った。
あまり良い気分ではないし、どこか不安さえ掻き立てる。
こいつのせいで、何かが変わってしまうと思っていたからかな。
シャリテイルが息苦しそうにあえいでいるのに気付いて、慌ててコントローラーを取り上げた。
「わけ分かんないことしてごめん」
「いいの。何か助けてくれようとしたんでしょう?」
コントローラーを袋にしまっている間に、シャリテイルは呼吸を整えたようだ。
「タロウ、一つ話しておくわ。タロウには聖者の素質があるようだから、この感覚は分からないでしょうし……聖魔素を持たない者が聖魔素に触れると、体が反発するの。弱めだから、触ってちょっと苦しいくらいだけど、人には近付けない方がいいわよ」
言われたことに動揺する。
ほとんどの人間が持つのは邪質の魔素……役立つどころか、余計に負担をかけてしまったらしい。
クソッ……俺の素質云々だとかは後回しだ。
役に立たないと分かったなら、まずは戻らなきゃ。
「やっぱり、歩くのは無理だろ」
シャリテイルの傷を縛った布は、染み出た血が模様を作っている。
足場の悪い中で肩を貸して歩くなんて無理だろうし、これ以上の失血が続くのもまずいように思う。
ただ背負って歩くのも難しい。
こけないように気を付けるのはもちろんのこと、魔物がいれば戦いながら進まないくてはならないため、両手を空けておく必要がある。
物語のように格好良く、腕に抱えて片手で武器を振りながら山を下りるなんて、俺には無理だ。
どうしたもんかと考え、ポンチョを脱いで紐を解いて広げる。
人を包めるくらいの、大きな一枚の布になるからな。
「苦しい体勢だと思うけど、我慢してくれるか。しっかり縛るから痛いだろうけど、それはごめん。なるべく慎重に歩くから」
「平気よ、痛いかもなんて気にしすぎると動けなくなっちゃうでしょ?」
ポンチョにシャリテイルを座らせて、胴を包んで首の方と腿辺りで縛った端の一方を肩から、もう一方を脇から胸の前で縛り直す。斜めがけにでかい鞄を背負っているような恰好だ。
いわゆる、お姫様だっこのポーズで背中側に吊るしている感じだ。
しかしシャリテイルは反対することなく、大人しく背負われてくれた。
「じゃ歩くぞ」
「どんと来い」
調子よく答えるが、シャリテイルの声は弱々しい。
自分の怪我でも見るのは嫌だってのに……誰かの血を見る方が、ここまで苦痛だとは思っていなかった。
「でも、そっか……聖なるお守りがあったのね」
体の辛さを誤魔化しているのか好奇心からか、シャリテイルは小さな声で話し続けているが、洞窟内は静かでよく聞こえる。
俺の弁解を求めているようではなく、思いつくままに吐き出しているようだ。
「そういうことだったのね……どうやって、この街まで来たのか、ずっと不思議でね。行商人が来た話もなかったし」
まあ、そうだよな。
「タロウだけ降ろして戻ったとしても誰も見てないなんておかしいし、そもそもなんでそんなことする必要があるのかなんて、色々と考えて……もし人間一人で、この辺の山脈を超えてきたなら、なにかあるに違いないと疑ってたの。あ、人族だからじゃないの、高ランクだって一人では難しいんだから」
実のところ、シャリテイルはずっと忘れていなかったんだ。
「だから、人族の隠れ里に伝わる話があるんじゃないかって、思ったのよね」
それとなく俺を気にかけてくれていたように感じたのも、ある意味気のせいではなかったわけだ。
それだけでもないだろうけど、探りたいといった気持ちが理由の一つなのは間違いない。
それにしても随分と根気強い。
俺だったら、そこまで気になるくらいなら怒らせる覚悟で詰め寄ってる。
「言えなくて、悪かったと思う」
「ううん、隠すのは当然よ。今では聖なる小道具なんて残ってないはずだもの」
「だいたい、聖なる小道具ってなんなんだ」
「昔々には、聖魔素を武具などに付与して直接戦っていたそうよ」
へえ、マグ加工の聖魔素版ってことか。
「いや、そうじゃなくて。何で小道具なんて風に呼ばれるのかと」
「岩腕族の一部の部族に伝わる信仰から、だったかしら。聖なる存在――大いなるものが遣わした小物だとして、開発したものに小道具と名付けたとかだったと思うわ」
やっぱり、この世界のネーミングセンスはどこかズレているな。
「それにしても、タロウの小道具は不思議ね。そんな物の存在は聞いたこともないけれど、研究院ではあれこれ試作したと聞くし、それがどういうわけか誰かの手に渡ったことはありうるものね」
推測を呟きながらも、どこか満足そうだ。
そんなことで喜んでる場合じゃないだろ。
洞窟から外へ出ると、長い夜が明けたようにほっとした。
それも一時の事だった。
森へ入ると、聞きなれた木々を渡る音がさざめく。
この辺の魔物であの速度といえば、ハリスンしかないわけで……。
緊張に、喉が鳴る。
「もう魔物が出るようになったのか」
「随分と早い……ううん、初めから変な気配だったのに……」
「なにかまずいのか?」
「まったく魔物が現れないのは変だと思っていたの。少ないどころか、ひっそりしてたでしょ? その子の気配のせいだったのよ」
「タウロスの……なるほど」
シャリテイルは気配が変だとそわそわしていた。
俺たちが入ったときには、タウロスの周辺に青い光が滲んでいたもんな。
魔物ほどでなくても、人間だって聖魔素のせいで落ち着かない気分になるんだろう。
「だから、こんなことになったのは私のせいよ。いつも無理言って……ごめんね」
「魔物を見かけないのは、高ランクの奴らのお陰と思ってたんだろ? 俺もだし、気にしなくていい。間が悪かったんだ」
タウロスの聖魔素は、あんな地下から、こんな広範囲にまで魔物への影響があるのか。
それも寝ぼけた状態で。いや逆に寝ぼけて加減が効いてなかったのかもしれん。
とにかくそれが本当なら、聖獣の中でも最上級ってのはとんでもない性能だ。
シャリテイルの森の雫種だって、この世界ではかなり優位になるだろうに。
聖獣は珍しいらしいが、頑張れば見つからないほどではないらしかった。それでも話を聞いた奴らから、絶対に入手しようといった気迫は感じなかった。使い勝手が悪くとも、性能と秤に掛ければ心情的に欲しがるもんだと思う。
俺には分からなかったが、もしかしたら聖魔素が強すぎて触れるのが苦痛なら、契約どころじゃないのかもしれない。
そろそろと歩みを進めるごとに、魔物の動きが近付く。
シャリテイルを背負うしかないと思ったが、後ろから来た魔物はどうしようもできない。
「気分が悪いだろうけど、警戒だけは頼めるか」
「もちろんよ」
木々を掴みながら、ゆっくりと斜面を下りつつ、ナイフだけは外へ向けておく。
こんな状態でハリスングループに襲われたら、どうやって撃退すりゃいいんだ。
できるか分からないじゃない、やるんだよ。
自己暗示のために口の中で繰り返す。
ハリスンくらい、なんだ。
ちょこまかと小賢しいだけで、俺に倒される程度の、雑魚じゃねえか。
それこそタウロスなどとは比べるまでもない。
がさがさと近付く音を探して落ち着きなく辺りへと首を巡らす。
「下よ!」
「キェケェケ!」
「ぐ……!」
ハリスンは低い位置にいて足に食いつかれた。
なんでだよ、いつも上から来るのに!
ヒソカニ装甲が無い方だったため、革装備ごしにも鈍い痛みが足に走るが、背にシャリテイルがいると思うと叫びを飲み込む。
取り付いた体に切っ先を向けて突き下ろす。
「くキャッ!」
ほらみろ。
呆気なく、一突きで倒せるようになってる。
「タロウ、私……」
「大丈夫! 脅かしてごめん。歩くぞ」
どうにか斜面を下りきって低難度の森に差し掛かるが、時間的に魔物が集まり始めていた。十数匹は居そうなハリスンの群れだ。緊張に体が強張る。
問題ない、抜けられる。
「杖は、握ってるよな」
「もちろん。タロウの頭髪を狙う子は、私が潰すから安心して?」
「ええと……任せた」
体毛を膨らませて威嚇しているらしいハリスンは、甲高い鳴き声を上げながら、木々を渡り近付いてくる。
俺が全身を齧られたとしても、歩き切る。
シャリテイルを守る……とは言えないが、どうにか抜け出せるくらいの囮にはなるはずだ。
素早い影が頭上に迫る。剣を握る手を前に掲げ、腕に力を込めた。
「頭、下げて!」
「ふぇ?」
とっさに頭を下げて顔を腕で庇った瞬間、頭上からシャリテイルの声が響く。
「マグの雨!」
赤い線が降り注ぐのが下げた視界に入り、幾つもの鳴き声が折り重なって耳の奥まで響いた。
「ぴケェキャキャァッ!」
ゆっくり頭を上げると、ハリスンは全て地面に叩きつけられ消えていくところだった。
「……あー、シャリテイル?」
「ふぅ、良かったわね。毛、毟られなくて」
「そっちの心配はいいよ!」
「そう? 気にしてる人、多いと思ったのだけど。んー」
「おい、こら、動くなって、いてっ!」
無理な体勢だというのに、のびのびと両腕を伸ばしているらしい。
杖が頭にぶつかったぞ。
「しばらく魔物の気配はないし、通るなら今の内よ!」
声にいつもの調子が戻ったような。
「あのぅ、痛くないのか?」
「そろそろ回復薬が効いて、本当に痛みは和らいできたの。杖で殴るくらいは任せてちょうだい!」
俺の、意気込みは……。
「わわ、ちょっと項垂れないで。今のでかなりマグを消耗しちゃったんだから、これでもそれなりに焦ってるのよ?」
とてもそんな風には見えないんだが。
でもマグの消費量が大きかったのは本当だろう。以前、洞窟で今の技を使った直後に、マグ補充してたくらいだし。いや……こう言っていてもシャリテイルのことだ、無理してるに違いない。
「分かった、もっと急いでやるからな。揺れるぞ!」
「いいわよー」
そう言いつつも慎重に木を掴みながら歩いた。
見慣れた結界柵と街並みが、放牧地の向こうにうっすらと見える。抜けかける気合いを入れ直して、しっかりと歩こうとして、邪魔された。
「街ね。はいはーい御者さん、ここで降りまーす!」
「ぐあ! 急に動くな、首がしまる!」
文句を言うと積荷は大人しくなったが、黙々と俺は歩き続ける。
再び、ぎったんばったん跳ね始めた。
「ぎゃっ、無理に動くなって!」
「もう大丈夫よ!」
「だめだ」
「うー!」
「薬屋につくまで大人しくしてくれ」
砦脇の道へ入り込んだら、今度は肩越しから伸びていたシャリテイルの手も見えなくなった。布が引っ張られたし、潜り込んだらしい。声がくぐもっている。
「うー、恥ずかしくて見られたくないのよ。分かってー」
あー、そっちが問題だったのか……。
どんどん長くなるシャリテイルのぼやきを聞いて焦りつつも、なるべく揺れないように急いだ。
「も、もう少しで着くから……あ、ほら薬屋の看板!」
「やった!」
飛び出したらしいシャリテイルは、肩越しに頭を伸ばしてくる。
色んな意味でドキッとしてバランスを崩しそうになるからやめてくれ。
今回は躊躇なく薬屋に飛び込んだ。
扉を開くなり野太い声が響き渡る。
「ぐおおぅをおおおぉ!」
ただ薬草らしきものをすり潰しているだけだ。
むさい熱気に負けないよう俺も声を張り上げる。
「ドラグはいるか!」
「おう、ここだ!」
呼びかけると即座に、作業場の奥にある扉がバンッと思い切りよく開いた。お前もおっさんと同じく潜んでんのか?
「ぬ、足の怪我か。そこへ座らせ……おっと一応女性だったな、こっちだ!」
「ちょっとドラグ、一応ってなあに?」
「おい、てめえら! 扉のそばに荷物を置くなと何度言わせる!」
いま矛先を逸らしたろ。
とばっちり受けて可哀想だが誰も動じてない。これが日常だったな。
診察室らしき小部屋にある長椅子にシャリテイルを下ろして、俺は廊下で待っていたが、すぐにドラグは出て来て部屋の入り口でシャリテイルに叫んだ。
「大した傷じゃないが、数日は無理するな!」
部屋を覗くと、シャリテイルは俺を見て笑った。
「ほら、言った通りでしょ。タロウは大げさなのよ」
顔色も戻って見える。
どうやら、タロウ特急便は無事にお届け完了だ!
俺も自然と顔が緩んでいたと思う。
腕を思い切り伸ばして、体をほぐした。
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