107:頭部オプション入手
疲れてとぼとぼと宿に戻るも、洗濯は欠かせない。腕が重いとつらい作業だ。
最近では一番、満遍なく体力を使い切った気がする。満遍なくというのも変か。
無理して走ったときのように、足だけに響いてるというわけではなく、普通に疲労感?
人族になってから、これはこれで珍しい感覚になりつつあるな。
疲れといえば、次にレベルが上がったら疲労度合いを調べてみよう、とかなんとか考えていたのを思い出した。なにを基準にするつもりだったんだろうな。
まあ今日は一日中ほぼ休みなく動き回ったと思うし、これで明日の疲労具合を確かめてサンプルにするとしよう。
「だったら、今晩もカピボー退治しておくか?」
でも明日の依頼も大変そうだし……うーん。
「などと悩むくらいなら動こう」
すすぎも終わりっと。もう少し、乾きが早くなるといいんだけどなぁ。しっかりと絞っておくか。
ポンチョの水を思い切り絞って、次にシャツを思い切――バリッ。
「ぺろっ……これは、脆いケダマ製のシャツ!」
くそが!
おお、そういえば、ちょうど机用の雑巾が欲しいと思ってたんだよ。そうさ、こいつは、こうなる運命だったのさ。買ったばかりだが、ちょうど良かったとも。気分転換も兼ねて出かける理由ができたしな。
「と、いうわけでやってきました、ベドロク装備店に突撃インタビューです!」
「帰れ」
いつもよりマシだが、今日もストンリは半目で眠そうだ。いや、ああういう目だったか?
決して俺を追い出したくて睨んでいるわけではないだろう。
「一応は客として来たし」
「一応ってのはなんなんだ」
「そりゃ、欲しいものがあっても買えるかは別だからな」
「なんだ相談か」
あ、目が開いた。相談となれば途端に動作が生き生きとするな。なんとも分かりやす……いや頼もしい!
まあ、俺も真剣に悩んでるんだ、これでも。
今日の依頼で森中を駆け回っている内に、また装備のことが気になって仕方がなくなっていた。
「今日さあ、ヒソカニがひしめく地獄を生き延びてここまで戻ったんだよ」
「……そんな場所あったか?」
今の装備で強化してある部分も、元はヒソカニの殻。幾らパワーアップしていようとも所詮は食器アーマー。素材元に太刀打ちできるのかが気になったんだ。率直にそこらを尋ねる。
「そのくらいは平気だ。タロウの水筒でも、ヒソカニのハサミ攻撃くらいなら、盾にできるくらいの強度はある」
「なんと、水筒を盾にする考えはなかった……」
「いや、盾にしろって言ってるんじゃなくて」
なんだよ、ちょっと本気にしたじゃないか。
また怒られそうなので真面目に聞こう。
当然ながら細かいことは理解できない。
聞いた限りでは、加工や工夫してあるから、同程度のレベル帯の魔物相手ならば大丈夫なようだ。それを聞いて安心した。
「もちろん限度はある。まともにぶつかり合うなら、数回もてばいいだろう」
タロウの不安は1戻った。
ストンリは思案顔で続ける。
「その雑用依頼。噂には聞いてたけど、思ったよりあちこちに行くんだな」
「そうなんだよ。もちろん、この装備に不満はないけど、もう少しでいいから何か足せないかと考えてさ」
なるほどとストンリも頷いてくれたところで、どう提案をしようか悩む。
次は武器が欲しいと言ったな?
あれは変更だ。
今日のように急ごうとしていると、歩いて移動しているときよりもずっと、上からの攻撃が気になった。それで頭装備を先に増やした方が良いんじゃないかという思いが強くなってしまったんだ。
もともと帽子が好きじゃなかったし、無しで済むなら楽だと考えないでいたが、戦場では命にかかわるからな。好みがどうのと言っていられない。
思い切りよく動けるようになったおかげで作業も気分も楽だし、よくよく防具の重要性は理解できたからな。スゲーッて気分になった分、今度は依存しすぎだろうか?
なるほど、こうして金は出て行くし、いつまで貯めても安心できないわけだ。
みんな真面目に働くはずだな。小遣い枠を別に設けるのも頷ける。
俺の場合は分けるほどの収入がないし、まだ必要なものも揃ってないけど。
ずばっと言ってみよう。
「頭の装備で、お安いものはありませんかね」
徐々に揃えていけてるんだから、焦る必要もないとは思う。
焦ろうにも稼げないが。
ちょうどいいことに、本日の依頼報酬だけでも二万マグだ。
そのくらいは出費する覚悟はした。半ば投げやりなのではない。
ここでケチってる場合じゃないんだ。
俺の心の平穏のために!
気になるのは、これまでもストンリは勧めなかったことなんだよな。その内にとも言われていない。
俺の予算では無理と分かって言わなかったんだろうけど。
思い返してみれば、今まで一緒に回った奴らで、兜など被ってるやつは居なかった。
見たのは、カイエンたちの遠征時だけだ。
そこまで、高いの……?
「頭。うーん、頭部装備か」
案の定、ストンリは困ったように頭をかく。
「やはり、なにか問題が……」
「いや、視界が悪くなるから。暑いし、嫌う奴が多い」
それはありそうだ。
「必要に応じて、装備は変えた方がいいんだけどな……普段、そんなこと気にする奴らなんか居なくて」
「基本、面倒くさがりだよな」
「面倒くさがりって……まあ、そうとも見えるか」
ストンリは、言葉を区切って俺の顔色を窺うように見る。
「タロウに必要か?」
「ぐさっ」
「何語だ」
「傷心語」
あっそう、と無視するストンリに事情を伝えることにした。
噂では大まかにしか耳に入ってないだろう。こんな反応を返されたのでは、是非とも実際の行動を詳細に知ってもらう必要がある。気合いを入れ、懇切丁寧に解説した。
「というわけだ。知らず危険がデンジャラスな地帯に引きずり込まれて、魔物の眷属へと堕ちし魔草と、熾烈な千日戦争が勃発。俺の心の平穏を保つ必要が」
「あー、とにかく備えたいんだな」
ストンリは、まるで愚痴を聞いたようにうんざり顔を向ける。
なんてことだ。この俺の危機感が伝わらないとは。
「魔草がどうとかは分からないが……種族による実際の感覚の違いを知るのは、難しいことだからな。個人差もあるし。その苦労なら俺も分かる。いつも装備の調整に悩んでるよ」
そういえば、ストンリも修行中の身だっけ。
勝手に、なんでもやってくれそうなイメージでいたが、頑張って考えてくれてたりすんのかな?
ストンリは腕組みして俯き、短く唸ると顔を上げた。
「希望はあるか」
さすがストンリ。決めたら話は早い。
ここは俺も人任せにせず、少しは細かく考えた方がいいのかもしれない。
「なに、些細な注文さ。視界の邪魔にならないのはもちろんだが、吸水性に富み、汗も即座に乾燥する快適さでありながら、まるで羽毛のように軽やかで動き回っても貼りついたようにずれない。あえて付け加えるとしたら、俺のお財布にも優しいものかな!」
「無理言うな」
やばい、目が据わってる。本気で怒られそうだ。
「ちょ、ちょっと細かすぎたかな」
現実的な落としどころを考えよう。
「店内にあるのは、今はこれだけだ。でもな、頭部は素材の加工にも調整にも時間がかかる。費用もな。それに、できれば一から作った方がいいと思うぞ」
革装備のサンプルは出してくれたけど、どれも重そうだ。
俺の場合は焦ってるときに限って、ずるっと落ちて視界を塞ぐに違いないからな、お約束的に考えて。
しっかり計って、一から作った方が良さそうではある。
しかし、金がないのはともかくとして、時間もかかるのが気になる。
時間か……依頼中に無いんじゃ意味がないな。
あ、よく考えたら、もうすぐ依頼自体が終わるじゃないか。
その後の予定がどうなるか分からないが、他の街から人族の冒険者を呼べるかどうかの判断なら、もう十分できると思う。
複数の場所に、複数の魔草のデータは取れたし。
それに、もうギルド長に勝手な真似はさせん。
「そうだな……ストンリ、時間がかからないものを頼みたい」
「俺の話、聞いてたか?」
謝りつつ、簡単なものを作ってほしいことをお願いすることにした。
戦国時代とかの鎧ってどうだったかな。
ゲームなら西洋風ファンタジーは好きでも、平気で神話の装備なんかが混ざってるし。現実だとよく知らないんだよ。どうしよう……。
簡単なもの、簡単なもの……ハチマキのようなやつ。
鉢金だっけ。
それくらいなら、いいんじゃないか?
「と、こんな感じのはどうだ?」
「まあ、それなら余りものを改造できるな。確かに時間もかからないし、安くあがる。けど、それでいいのか?」
大きく頷いた。
ストンリは不満とも困惑ともつかない顔だが、興味もでてきたらしい。
「だったら、あの素材をこうして……」
何かまた思いついたようだ。素材フェチの鏡だな。
主な用事は終わったから、ついでにヒソカニ殻の剣はないか聞いてみたが、残念なような、ほっとするような答えが返って来た。
「そもそもヒソカニ殻は無理だ。カラセオイハエのように厚みがないだろ。削り出すに足りないんだよ」
あぁ、そうか。基本的にはそのまま使う素材だ。金属のように溶かして繋げたりするのは無理らしい。
何かメモしていたストンリは、それを見ながら言った。
「頭部の防具、これなら明日には渡せる」
「おお、早いな! 助かるよ。出来には期待してる。今までも間違いなかったもんな。滑り止め加工も、さっそく役に立ったし」
「なら、こっちにもつけておこうか。安いもんだから」
また、あれこれとメモしているが、なにか試そうとしているのか?
無理を言う分、その程度の実験台になるくらい吝かではない。
「だからって、代金まで安くするなよ」
「さすがに初めて作る物だから」
また言い募ろうとしたストンリと、しっかり協議の上、代金は五千マグということで合意した。
ストンリが面倒くさそうに、早々に折れたと思ったのは気のせいだろう。
「そうだ、ストンリも青っ花の依頼とか出してる? フラフィエから、装備屋も使うと聞いたんだ」
「時間がないときは。と言っても、今は一人だから、ほぼそうだな」
以前は、よっぽど忙しくなければ自分で採りに行っていたとのことだった。
まあ近場だし、どうせ年下でも俺より強いに違いないからな。
だから、ストンリからの提案は不意打ちだった。
「へえ、最近は花畑にも行くのか。だったら、ついでに採取を頼めるか?」
な、なんと、ストンリがこの俺に依頼だと……っ!?
「おやすいごようだ、いくらでも任せろ!」
「いや、そんなに数は必要な……ええと、これ、依頼書」
差し出された葉書大の紙きれをもぎとる。
これぞ、まともな依頼だ。
嬉しさに目がきらきらと輝いているに違いない。
「ふむふむ、粘玉素材一つ五百マグ……ねんぎょく素材?」
「ああ、滅多に使わないものだし、知らないか」
粘玉素材とは、滑り止め加工の主な成分になるものらしい。
そして、出所は俺もよく知るものだった。
「……あ、そう。ケムシダマの、あれなんだ……」
「落差の激しいやつだな」
「いやいや、謹んでお引き受けしますとも……」
またそのオチか!
加工だとか言うわりに、やけに早いと思ったんだ。あれを塗ったくるだけだったとは、盲点だったぜ。
毎度毎度なんで俺は疑問に思わないのだろうか。
ケムシの唾液まみれと思うと気分が盛り下がるが、ストンリが不貞腐れるから何も言うまい。
そしてまた一つ、ケムシダマの取得マグが少ない理由という、知らなくてもいい知識を得てしまった。
ランタンを掲げて南の森沿いを駆け抜け、草原へ出た。
しかし、昼とはまるで違う様相を呈している草原では、そこそこ大きな敵の影すら、見当をつけるのは難しい。
膝あたりの高さで、そよそよと揺れる草の狭間へと視線を懸命にさまよわせる。
俺も敵の見分け方くらい、少しは慣れた。己の力を信じるのだ。
「その名も――タロウ・アイズ! 不自然に似通った黒っぽい岩陰を、もしかしてケムシダマ? と判断できるていどの能力だっ」
タロウよ、貴様はどこまで愚かなんだ。こんな闇属性の場に支配されし、魔草原へと繰り出すとは……血迷ったか。
分かってるさ。だがな、こんなチョロイ仕事は早く片付けるに限るんだよ。
「ケムシダマの粘液団子ごときに、昼間の貴重なやる気を奪わせてなるものか」
腰を落とし、腕を精一杯伸ばして殻の剣の先で草むらを端からつつく。
どうだ、この見事な及び腰。さあ俺を脅かしてみろ。すぐに森へと逃げ込んでやる。
その時、視界の端に暗い塊が引っかかった。
「そこか!」
タロウの先制攻撃!
殻の剣を振った!
「くっ……しかし相手は、ただの草の塊だった……」
さすがに、結界柵に近すぎたようだ。
渋々と、少しずつ遠くへと進む。
ぽつぽつと草のないところがあるから、そこを渡り歩こう。
もにゅっ――そっと足を延ばした先にある地面は、幻だった。
「ケムュ」
「うわわ」
いつもならば、バランスを崩して尻餅をつくところだ。しかし、こうなるだろうことは予想済み。
そのまま不安定な爪先に力を込め、ケムシダマを押さえる。
「お、お前が現れるのは分かっていたー……」
どきどきする胸を押さえてケムシダマの首根っこを掴むと、森沿いまで慌てて駆け戻った。
ケダマと違って長いから、ぐねぐね動かれると体に当たって鬱陶しい。
さて、どうやってうまいこと吐かせるか。
ストンリから、容器は青っ花用の木皿でいいと聞いている。
木皿の内側に塗ってある固める効果は、ケムシダマの粘液にも作用するようだ。
採取量は手のひらサイズの一皿分でいいとはいえ、適当に踏んだら、そこらにぶちまけて広がる。
前に確かめたとき、お椀のような口の下らへんを押したんだったっけ?
ゆっくり手で握ってみようか。
地面に皿を置くと、ケムシダマの体がそれに当たらないように脇で挟み込み、そばに屈みこむ。
いざ……むにむに。
「ゲビョゲビョ」
「うわあ……」
思った通りに吐き出してくれたが、口の端から漏れ出る。
皿は外してしまった。
はい、やり直し。
二匹目を拾ってきて、今度は一皿分を集めた。
集めたはいいが、周囲もべたべたする。
ナイフで剥ぎ取りたいが、マグ強化で溶ける効果は影響しないだろうな。
皿の中身は……蓋をしておけば、大丈夫かな?
ダメだったら、また来よう。あまり長時間、こんな場所をうろつきたくない。
念のため二皿目も採取して、街に戻ることにした。
そもそも今晩は休もうかどうしようか悩んでいたくらいだ、修行は十分だろう。
カピボー退治はまたにしよっと。
ベドロク装備店の雑然とした店内に、こつんと乾いた音が響く。音の原因である男の他に客の姿はない。
作業場にいたストンリが、こちらに鋭い視線を向けた。
その客こと俺が、装備店内のカウンターにブツを置いたのだ。
「待たせたなストンリ。こいつが……お前の仇だ」
「依頼書を出せ」
呆れた声が、俺の真剣味を台無しにする。
「キングケムシダマとの熱い騙し合いと戦いを繰り広げて来たというのに……」
「そんなものが居るとは初耳だ。なんで二つある」
「はみ出た分をナイフで剥いだから、中身に影響ないか心配になって」
「それなら大丈夫だろう。素材は……問題ない」
ストンリが皿の中身を確かめて別の容器に移すと、塊はやや膨らんで、ぽよんと揺れた。なるほど粘液の玉だ。蜜とは固まり方が違うらしい。
不安だったが、問題なかったようで良かった。
「こっちも買い取らせてくれ」
そう言われるだろうと思ったこともあり、ここは素直に二つ分の報酬、千マグをいただく。
「まさか、あのまま出て行くとは思わなかった。ついでで良かったんだ。そりゃ助かるけど」
「ああ、気にしなくていい。毎晩の南の森での修行を、草原にしただけだから」
「修行ね……」
さっそく、ストンリは奥の作業場へと戻る。
「これで、滑り止め用の材料も十分だな。できたら伝言する」
きびきびと作業を始めるストンリに、挨拶をして宿へ戻った。
◇
新しい朝がキタコレ!
おっさんからストンリの伝言を受け取り、装備店へ駆け込む。
「ストンリ! いつ寝てるのか疑問だけど、とにかく俺の装備!」
「タロウはいつも落ち着きがないが、本当に人族なのか?」
すでにストンリは、商品を取り出していた。
差し出されたものを両手で受け取る。
「お、おお……なんだこれ」
俺の知ってる鉢金と違う。
どうせハチマキの真ん中に、ヒソカニ殻の板でも張りつけたようなものになると思っていた。
それが、そこそこ重みもあるしでかいし、なんというか、見た目的にいうとチャンピオンベルトみたいなゴツさがある。
「布製になると思っていたんだが、これ革製だよな?」
「形状は、この紙に書かれた通りだろ?」
ストンリが掲げた紙切れには、昨晩、俺が説明を試みた落書きがある。
俺の図がいまいちなのはともかく、うまく伝わっていると思っていたのに。全体的にサイズが一回り大きいぞ?
「端を長めにしてあるのは、調整用だ」
なるほど、ハチマキのように結ぶ変わりにベルトになっているのか。
頭の後ろで長さを調整できるから、現在装備中であるクロースヘルムと呼んでいる、ただの手拭いの上からも装着しやすいだろう。
「いや端だけじゃなくて、随分と幅が広いし、ついでに言えば分厚い」
「それは、おまけだ」
なんでおまけをつけたがるんだよ!?
「どうせ改造元の素材が無駄になるから、利用できるだけした方がいいし」
想像の倍は幅があるおかげで、綺麗に額が隠れそうな大きさだ。
さらには革製というだけでなく、二重にしてあるらしい厚みのおかげで、けっこうな衝撃も吸収してくれそうだぞ。
そして土台の革ハチマキの真ん中、ここだけは予想通りにヒソカニ殻の板がはめ込まれている。
額部分だけじゃなくて、留め具もしっかりしてるな。
どうにか防御力を増そうと、工夫してくれたのが分かる。ただの意地かもしれないが。
でも、やりすぎだろう。
「色々と無理言ったのが、申し訳ない気分だ……」
「面白い試みだったから、別に」
そんなことで納得して、いいのか?
もう少し商売っけを出そうよ。しかもフラフィエのところと違って、ここは一応親父さんの店だったよな。
「そういえば、革製の装備を作るのは、親父さんから許可が出るまでダメだって言ってたろ? お隣さんに頼んだなら、その分の手間賃とかどうなってるんだ?」
「作ってない。カワセミ革製の胸当てが余ってたから、それを調整しただけだ」
思いっきり、加工が必要なんじゃ。それを作るっていわないか?
「そうか。黙っておくよ」
「だから、在庫処分だって」
ストンリは気まずそうに顔を反らした。
そういうことにしておいてやろう。
「ああ、でも、元はしっかり作られたもので、品質に問題はないから」
「そこは心配してない」
妙なことを言ってるのは、いつも俺の方だし。親父さんが帰ってきてストンリが怒られることがあったら、俺も一緒に怒られてやるよ。なんせ、俺には今、どうしても必要なものなんだ。
恩に着るぜ!
さっそく約束通り五千マグを支払う。
ただのハチマキにしては高値にできたと勝った気でいたけど、現物を見た後じゃ安すぎるな。
もしかして折れてくれたと思ったのは、こうして俺を見返すためだったのか?
「ストンリめ……次は負けないからな!」
「なんに張り合ってるんだよ」
そうだ、あまり時間もないし、早速装備して出かけたい。
鏡を借りて、装着させてもらう。
着けた姿に、もうハチマキの名残りはない。
前からなら、額から頭の上までしっかり隠れているように見える。
しかし、違えようもない、この感覚。
ひゅぅと風が通るような、解放感。
「どこか問題があったか?」
「頭頂部がさみしい……」
「意味が分かるように言ってくれ」
俺は上からの攻撃が不安だったはずだ。特に後ろ側。
自分で頼んでおいてあれだが、求めていたものとは、少しばかり意図が違うような気がしてきた。
「頭の上はカバーしきれてないし、はたして俺にとって意味があるのだろうか?」
「俺に聞くな」
だから言っただろ、とストンリの小言が始まる中を懸命に考えた。
これだけ丈夫で広範囲なら、平気な気もするが。
少しずつずらしながら位置を調整する。
お?
こいつ意外と滑らないな。ああ、粘液素材の滑り止め効果か……。重みはあるが、その分は幅を広くしたおかげで、ずれにくくなっているようだ。俺が考えるよりもずっと、ストンリはあれこれ考えてくれたんだろう。
よし。ずれにくいんだったら、どうにかなるんじゃないか?
布を巻いた上から、こいつを装着するとして……こうすれば、完璧じゃないか!
「ストンリ、これならどうだ?」
返事はない。
俺は、自ら答えを出すべく鏡と向かい合った。
すばらしくダサい。
ハチマキのように後頭部で縛るのではなく、ヒソカニ殻部分を頭頂部に来るようにして、顎の下で縛ってみたのだ。
「うむ」
一人頷くと、心なしか冷たい目のストンリに感謝を伝え、新たな戦地へと赴くべく意気揚々と装備店を後にしたのだった。
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