106:新たなスキル

 ばりばりとまた一つ、細かい根っこを幹から引っぺがす。

 憑りつかれた木を救済中である。


 果てろ、気持ちの悪い敵め。

 振り草だか揺れ草だかしらないが、殲滅してやる!


 といっても、見た目はすごく地味な活動だけどさ。


「おーい、タロウ。落ちるなよー」


 下からスナッチの暢気な声が届いた。

 やや高い位置に張り付いていた振り草の根を剥ぐために、木に登ることにしたんだ。

 そんなわけで、キツッキの如く木にしがみついて、ぶちぶちと地味に処理している。


 そこまでしなくていいとは言われたが、その前に木を登り切っていた。

 今まで、前もって何をやるか言う度に酷い目に遭ったからな。いや言わなくても酷い目に遭ってるけど。筋肉まとめ役とかに。


 とにかく、オトギルに木の上から吊るされたようなことが再び起こるのを恐れて、懸命に考えたんだ。




「よし……これだ」


 懐から取り出した、丈夫な紐。それらの端を固く縛ると、一本の長い縄にする。

 それを木の幹に巻き、自分の腰へもぐるっと回す。縄の端同士をしっかりと結んで、輪っかにした。


「たっタロウ、その遊びは一体なんだ!」


 遊びじゃねぇよ。

 確か、こんな仕事をしてる人達の映像を見た。見よう見まねだ。

 うまくいくか分からないが、そう高い木ではないし、落ちても下には刈り取った草を置いてある。クッション性能は期待しないが気休めだ。

 なあに、ダメなら諦めればいいさ。


 幹に片足をかけると、縄に背を預け、息を吸った。

 縄を掴む両手に、ぐっと力を込める。

 ちょっとタンマ。


「周囲の魔物の警戒、頼む」


 ワクワクと顔を輝かせて見守っている野郎どもを牽制だ。

 気が散るっつーの。


「えぇー!」


 不満顔の三人をシッシッと手で追い払う。

 三人は、こそこそと話すと三方に走り去っていった。

 な、なんだよ、極端なやつらだな。こんな場所に俺一人残していじめかよ。俺が悪かったです。帰ってきてください。

 ……いや、今の内に集中だ。


 手に力を込め、縄に体が固定されている感覚を確かめると、思い切って地面についていた方の足も幹にかけた。両足が歩く途中といったポーズで止まっている。

 おお、これならいけそう?


「ええと、これから確か、縄をひょいっと上にずらしてくんだよな」


 そう体が落ちるより前に、縄を上に……神業じゃねえか。


「諦めるのは、試してからだ」


 爪先で踏ん張りつつ、身体を引き寄せるように縄を引く。

 冷や汗が出るが、今なら落ちても大丈夫ダイジョブ。


「……おりゃ!」


 一瞬だけ手の力を緩め、縄を幹の上へとずらし……ひぇ!

 ずるっと幹を滑って両足を地面についていた。


「ふっ……要領はつかめた!」


 今のは思い切りと勢いが足りてなかっただけだ。

 はい、もう一度。

 体は固定できていたし、腕に辛さはない。縄も解けそうな感じはなかった。


 今度は一連の動きを何も考えないようにして続け、思い切りよく腕を振り上げて縄を上方へとずらすと即座に縄を両手で引っ張り、幹に固定する。

 それから一歩、二歩と幹を歩いて、体を持ち上げていく。


「おぉ、成功だろこれ」


 思うに、今の身体能力だから成功した感じだ。現実だったら絶対無理だったな。

 このまま気合いでよじ登る!


 たまに足を滑らせつつ、どうにか枝が分かれた辺りに辿り着いて手をかけると、ほっと息を吐いた。


「ふ、ふおおおお、すげええええ!」


 途端に、下から響いた大音声に、びくっとして落ちるところだった。


「戻ってたのか」

「先に周囲の魔物を片づけてきたんだよ!」

「だから安心して見物……じゃなかった、作業してくれ!」

「いやー、すげえ技を見せてもらったな!」




 といった経緯で、なんとか登ってきたのだった。


「でもさぁ、タロウ。言ってくれりゃ、枝に縄をかけてやったのに」


 スノーツの提案を聞いて、やっぱり言わなくて良かったと再認識した。


「そうだぜ、遠慮すんなよな」

「まったくだ。俺たち、パーティーの仲間じゃねえか」


 俺が、パーティーの一員……スナッチとタルギアが、嬉しいことを言ってくれるが。


「でさ、他に何か面白いことないの?」

「ない」


 やっぱりそれが本音か。

 新人に宴会芸をやれとせまる先輩かよ。

 そんな圧力はないから、純粋に聞いてるのは分かるけど。


「よし、終わり」


 振り草の根っこを毟り終わると、やり遂げた充足感に満たされたのは一瞬だ。

 下りる方が大変だった。




 もう、あんまり高い場所に居ませんようにと祈りつつ移動するも、そんな都合のよいことはなく、たまに木登りすることになる。


「おっ、ここは、あれだな」

「ああ、あの大技が来るぜ」

「へへ、周囲を片付けてくっから、待ってな」


 ええい、余計な期待をかけるな。

 まあ数回繰り返せば、どうにか慣れて安心したけど。


 他に気を回す余裕すらできて、ふと顔を上げた。

 たまたま、ちょっと開けて葉っぱがも途切れている場所で、遠くの山並みが近く見える。来がけよりも、外側に近いルートを通っていたらしい。

 のどかな光景だ。

 たまに、ゲギャーとか声が聞こえたり、ありえないサイズの鳥が飛んでいるのは無視。


 振り草の蔓胴体をまとめながらも、改めて周囲を見渡す。

 平らで延々と森が続いているように思えたが、山並みに近いこちらは、徐々に起伏が大きくなっているのが分かる。北側のように急な感じはないが、幾つかの小さな丘が連なり、山並みに連なっていく。

 遠目に見れば真っ直ぐ登れそうだったが、実際は道が入り組んでそうだ。行き帰りだけでも大変な労力だろう。


 他の種族なら俺みたいに、木登りていどで道具使って時間をかける必要なんかない。首羽族や森葉族なら、木を蹴って駆け上ったりする。

 そんな奴らでも、苦労してるんだもんな。


 下を見ると、スナッチがわくわくと待ち受けている。そこに丸めた振り草を落とした。


 俺が居ないなら、こいつらもすごい勢いで討伐していくんだろう。

 毎日毎日、それだけの数を倒しても、また元通りになってしまうように見える。

 いいか悪いか分からないが、根本的な解決ってのは、無理なのかなぁ。


 木を下りて、まとめた振り草を受け取り背負うと、再び走り始めた。






 気が付けば、歩き辛さが増していた。

 山の方には近付かないと思ったのは、気のせいだったのだろうか。

 そんな悪路に、入り組んだ枝葉の間を、振り草が襲い来る。


 それがどうした。お前の動きなど、とうに見切ったわ!


 などと、いい気になっていると不測の事態に慌てるのだ。


「あわわわ、ハリスン、お前まで来るんじゃねえ!」

「クェウ!」

「きゃー」


 素早いハリスンの動きなど、俺が躱すのは不可能。

 振り草の首、というか蔦を掴んだのとは逆の腕で頭をかばう。


「グャァ……!」

「……あ?」


 二の腕に噛みついたハリスンは、牙を折って落ち、すごく痛そうに転げまわっている。


「ヒソカニ殻、すげえ……」

「クェキャキャ!」


 感動してる間に、もう一匹来てやがった。

 とっさに掴んでいた振り草の口を、ハリスンへ向けて思い切り潰す。


「喰らえ、火炎消化器!」

「クェァーッ!」


 ハリスンは目つぶしをくらって地面を転がった。

 この機を逃すか!


「ぶキェ!」

「ギェぶ!」


 転がる二匹を、ナイフでぷすっと一刺しだ。


 た、倒せた……今のは普通に倒せたっぽくない?

 いや、なんで草の消化液が魔物に効くんだよ。

 まじで魔草すぎる。


「タロウ! 大丈夫か!」

「すまん、洞穴があるのを忘れてた!」


 また木に登らなければならない高さだったため、三人はやや離れた周囲を片付けていた。

 でも、この辺はどうやら、山から続く洞穴があるらしい。ちょっとした崖の死角もある。ここまで順調だったから、俺も気が抜けていた。


「なんとかなったよ。そう、この振り草のおかげでね」


 自信満々に、振り草を掲げてやったのに。


「ハリスンの群れに囲まれてなかったか?」

「なんだ、ハリスンくらいなら、大した相手じゃないのか」

「それを片付けてしまうとはなー。人族もなかなかやるじゃないか」

「だから振り草の……」


 また勝手に盛り上がりだしたよ。

 慌てて振り返ったタルギアが、すまなそうに頭を掻く。


「タロウ。あちこちで話には聞いていたが、事実だったとはなぁ」


 苦笑交じりで言うタルギアは、本当にそう思ってそうで不安だ。


「俺たちの無茶ぶり依頼だし、しっかり護衛しなきゃって意気込んでたのが、なんだかバカみたいだぜ!」


 無茶ぶりって、スナッチよ……頼むから気を抜かないでくださいお願いします。


「早く、中ランクに上がってこいよな!」


 スノーツ、俺を殺す気か。


 誰が言いふらしたのか知らないが、嘘大げさ紛らわしい噂話のせいで、人族冒険者へのハードルが着々と積み上げられてしまっている。

 このままでは俺の後に入ってきた奴が逃げ出して、それこそ冒険者街の酷い噂が広がるぞ。

 それに、このままずっとぼっちは嫌だ。




「ちょうどいい、休憩にしよう」


 タルギアたちは、その辺に座り込んで水筒を取り出した。

 椅子代わりになる木の根があるし、俺も今回は付き合って休むことにした。

 こいつらの雑談は、俺にはよく分からない。適当に聞いて頷いてみるだけだ。


「だから、ヒソカニの髭とノマズの髭なら、ノマズだろう」

「それだとランクが開きすぎじゃあないか? ヒソカニなら、うーん、ナガミミズクはどうだ」

「あれ、髭あったっけ?」


 うん、言葉の意味は理解できるが、内容を理解したくないというかね。


「そうだ、タロウ! プラントハンター的にはどうよ」


 話を振られましても。

 適当ぶっこいておこうと機転を利かせようにも、そもそも主題が分からない。

 ここは、話を逸らすしかないな。


「俺は……あーごほん。話は変わるが、スナッチは、隣国の訛りをよく使うよな」


 うわあ、すっげえわざとらしい。

 確かシャリテイルが、外来語は隣国の訛りだと言っていた。今思えば、どっちの隣国だよと。

 書庫で確かめたところ、レリアス王国と国境を接するのは、森葉族の国がある大森林と炎天族の国がある荒野だ。


「あーハハハ、俺が岩腕族だから不思議だったのか? まあ、分かり易いよな。お察しの通り、俺はパイロ王国から来たんだ」


 パイロ王国?

 やばい、聞き覚えがない。


「えーと、それって、どっちの隣だっけ?」

「ええぇ?」


 うわっ、思いっきり驚愕と呆れ顔をされた。


「山向こうだよ。パイロといや、炎天族の国に決まってんだろ……だよな?」

「あ、ええと、森葉族の方は、ディプフ王国だし、そうだよな?」


 なんで出身者が不安顔で、他の奴を見るんだよ。タルギアも、不安に煽られてんじゃねえ。

 自信満々に言うほど正しいみたいな価値観でもあるのか?

 こいつら簡単に騙されそうで、たまに心配になる。


「ハハハ、もちろん炎天天国だよな。分かってるって!」

「なっ、なんだよジョークか! いやあ、その返しは初めてで驚いたぜ」

「まったく、引っかかっちまったな」


 ハハハハハ!

 ひとしきり高笑いを交わす。

 ふぅ、どうにか誤魔化せた。


 おお……ゲームでは、存在だけ仄めかされていた他国の名前を知れたのか。他の国のことなんか、一生関係のないものと思っていたから頭から消していた。

 炎天族の国は、パイロ王国。

 それで森葉族の国は、ディプフ王国か。ちょっと言い辛いな。


「なんつーか、国の行き来は自由と聞いてたのに、他の国から来た奴と話したことなかったなと思って、ちょっと気になってさ」

「そりゃパイロ側だって、ここほどじゃねえが魔物は出る。向こうのギルドも、そこまで人が足りてるとは言えないからな。実際は、出る奴なんか少ないもんだ」


 そうだよな。

 ジェッテブルク山の麓は、ここの管轄だけど、それより向こう側の方面だって、魔物は多そうだ。遠征の話では、王都との間にある山脈辺りを巡るとは聞いたけど、他の国との間まで出かけるのかは聞かなかったな。


「それでも、たまにやってくるのは理由がある。パイロ側にも、ここで一人前になれりゃ相当の腕だって噂は来るんだよ。結構、行商だとか行き来してっからな。ちと遠いが、目指したくなる奴も、それなりにいるんだぜ……へへ」


 なにか照れているが、スナッチ自身が、なんか上を目指して出て来たんだな。


「まー、それだけじゃなくて、たまに勧誘もされるんだ。俺が住んでたのは、国ん中でも一番ジェッテブルク山に近い街でな。できれば中心地で片づけてくれるヤツが欲しいんだろう。レリアス側でいや、ジェネレション領みたいな場所だ」


 また中心地って出て来たな。それより、ジェネレションか……。


「ジェネレション領って、ギルド長の実家だよな」

「おお、そういやそうだったな」


 そんな大変な場所にあったとは知らなかった。

 いやそんな大変な場所は、ここだよ。


 確かジェネレション領は、王都の東にあると聞いたような。

 でも今の話だと、国境沿いのような感じだ。

 ここと王都の間には魔脈の山脈が連なっていて、そこまで魔物が多くて危険だから、他に街はないという話だった。

 だとすると、ジェネレション領は山脈のすぐ向こう側になるんだろう。


 距離はあるけど、お隣さんか……あれ?

 じゃあギルド長がここの管理を任されたのも、その関係だったりすんのかな。実質ここがジェネレション領だというなら、しっくりくる。こんな陸の孤島が一つの領地って、無理やりすぎるもんな。


 そりゃ、各国との取り決めとか裏の事なんかは知らないけど。

 邪竜対策委員会とでも思えば、ギルド長の中間管理職っぽい中途半端な威厳にも納得。


「どこの街だって、放っておいたら魔物が溢れてきちまうだろ。そういったわけで、パイロやディプフの出身も、たまに居るくらいってことだ」


 丁寧に教えてくれたし、悪いことを聞いたのではなかったと思う。礼を言うと、休憩は終わりとなった。



 倒した振り草は、十体は下らないだろう。

 きっちり潰して縛ってあるとはいえ紐で肩にかけているだけだから、走る度に背中をどすどすと叩くようで鬱陶しい。

 山脈を横目に見ながら、森の中をぐるりと巡る。

 木々の狭間に、ちらほらと段差のような影が見えた。


「あの辺も洞穴?」

「おう、そうだ。今日のところは、あっちまで行かないから気にしなくていい。まあ低い部分だし、魔物も北の洞穴と大差ないぜ」

「へえ……おい。なんだよ、今日のところって」


 言い募ろうとしたがバササーっと何かが横切ろうとした。

 当然のごとく即座にタルギアに斬り落とされるのだが、今回は様子が違った。


「お、カワセミが増えてきたな。ヒソカニにも気を付けろよ!」


 問い詰めようにも、聞くどころじゃなくなってしまった。

 ハリスンらの背後には、カワセミがぽつぽつ見える。そして下の暗がりは黒いものがうぞうぞと……とんでもない場所に来てるじゃないか!


 さっきは、ハリスンの牙を折るなんてとヒソカニ殻に感動したけどさ、本体とかち合ったらまずいよな?

 装備がマシになったって、周囲がそれ以上になったら意味ないじゃないか!


 残りの依頼は、あと三件だっけ。多分、そのくらい。

 ま、まさか、この向こうにある洞穴が依頼に残ってんの?

 たどり着くまでも決死の覚悟がいりそうなんですが。


 低い部分なら北と変わらないと言うことは、雑魚はコイモリやらなんだろうけど、それ以上になりそうな気配がひしひしとする。

 俺……人族を連れ歩くには、超危険地帯なんじゃなかったんすかね……。


「クェキェウャーッ!」


 次々と潰されていく、ハリスンの甲高い鳴き声だけが響く。カワセミとヒソカニは、がさがさとうるさいだけで鳴かないらしい。

 俺は近くの木に抱き付いて哨戒任務に努めていたが、あっさりと大量のカワセミたちは消されていく。

 ハリスンの素早さで問題ないんだから、それより遅い相手なら当然か。


「ひとまず片付いたな。ここらの道は急ぐぜ!」


 ある程度、そこらを片付けたタルギアは、すぐに移動の指示を出した。

 また俺も後に続く。

 その後の道は、余計なことを話すどころではなかった。


 だというのに三人は、今日は減りが早いだとか話している。

 たまに他の奴らが山の方へと入り込む姿もあったから、実際そうなんだろう。


「タロウ、あと一つだ。もうちっと頑張ってくれ」


 森を抜けるまでは、まだ距離はあるようだったが、ここらは人も魔物の出入りも多いためか、振り草も滅多に巣を作らないらしい。

 ひとまず把握済みのものは、それで終わりということだった。

 そいつは比較的低い位置にいたから、ささっと片づけると、後は一息に駆け抜けた。




 南西の森から草原へ踏み出すと、すっかり景色は真っ赤だった。

 やっぱり依頼を二件も詰め込んだ上で、早めに戻って花畑で採取というプランは厳しかったか?

 いや木登りまでしてしまったのがいけない。

 振り草の不気味さに、あいつは倒さねばとつい強迫観念に駆られてしまった。

 妙なところで凝り性なのは、もう少し抑えられるようにならないとな。


「ふぅ、いつも以上に走ったからどうなることかと思ったが、どうにかなるもんだな!」


 声だけは元気だが、タルギアの肩は落ち気味だ。

 無理してたのかよ。まぁ、そうかなぁとは思っていた。


「まー、意外とタロウが動けるもんだから、なんとなく熱くなっちまったよな」


 スナッチよ、俺が人族だとかいう以前に、低ランクだってこと忘れないでくれ。

 なんとなくで張り合うな。


「まったくだ。振り草を前にしたタロウの目つきは、戦場帰りかってくらい怖かったぜ! あれだけ戦えるんなら、こっち側の洞穴も問題なさそうだし安心したよ」


 それだ。スノーツの問題発言が気になる。いや、俺の目つきはどんなだよというのではなく、洞穴の方。残りの依頼も、作業場所は『森』としか書かれてないからな。

 そりゃ、これまでやってきたことを考えれば、明言し辛い範囲の件も多かった。

 でも、もう少しくらいは詳細を書けただろ。


 ああ、でも。依頼を貼りだしてから、あっという間に集まったよな。

 こいつらの考え方からして、依頼するときはまだ詳細が決まってなかった?

 ありうる。

 多少はギルド長の意向も入ってるとはいえ、依頼内容自体は本物だもんな。

 大枝嬢も後ほど難易度は厳しくなると言っていたし、残り数件とはいえ考えるだけでげんなりだ。


 そうだ、場所が大変だから、せめて二件にと分けたりしてたのかも。

 なのに俺が無理言ったんだった。

 その被害を一番被ったのは、今日の担当だ。一応……お詫びはしておこう。


「今日は、無理言ったみたいで悪かったよ」

「とんでもない。一日で片が付いて、俺達ゃ万々歳だぜ!」

「そうだとも。明日から消化液のとばっちりを気にしなくていいのかと思うと、今晩はいい夢が見れそうだ」

「のびのび動けりゃ、それだけ魔物をブッ殺す速度はあがるだろ? 明日が楽しみだよな!」


 皆くたびれた顔付きだが、頭を反らして心底楽しそうに高笑いをする三人につられて、俺も高笑ってみた。

 バカっぽいと思うと、本当に楽しい気分になってくる。

 俺も疲れているのだろう。

 あんまり細かいことなんか考えずに、このくらい単純に過ごすのが、いいのかもしれない。


 というのを実感できたところで、頭を切り替えよう。

 皆さんは十分働きましたとも。俺だって動けるだけ動いたが、だからといって十分な稼ぎとはいえないのだ。

 ちょうど良いことに、ここから花畑はすぐそこだ。


「あとは、そいつを管理人へ渡せばおしまいだ」

「先に署名もらえるか?」

「ああ、いいが」


 タルギアは不思議そうながらも依頼書に署名してくれた。

 三人が畑の方へ足を向けるのを見て、今日の礼を言った。


「こいつは後で管理人に渡しておくよ。すぐに戻る」

「え、タロウはどこに行くつもりだよ?」

「花畑だ!」

「げぇ、まだ働くのかよ」


 いつものように、もうこんな草を放置するなよと言いかけて、やめた。

 振り草は、ちょっと酷だよな。どうやって増えていくのかも不思議だよ。

 うんざり顔の三人と手を振りあって走り出した。




「一カ所だけなら、日暮れまでには、なんとかなる……なんとか、する!」


 すぐに花畑に到達。

 手近な青っ花の巣で、きびきびと動く憎い敵を睨む。

 問題が一つあった。

 スリバッチの数が多いことだ。


「ええと、ひーふーみー……七匹」


 なんで、そんなに集まってんだよ。

 こっち側の方が結界柵から遠いからだよな。

 ちらと南側を確認。

 ありがたいことにコチョウは遠い。


 ならば、いける。

 今日の俺は一味違うんだぜ?


「フフ、ハハハ……お前らを倒す策があるのだ!」


 時間をかけずに倒さなければ、採取の方が間に合うか分からない。

 とりあえず草の山を置いて、道具袋をがさごそと漁る。


「いてっ」


 物が詰まってるため指を挟んだりしつつ、対スリバッチ用戦術兵器を取り出す。

 そいつを手にすると、目標地点へと真っ直ぐに駆け出した。


 俺に気付いたスリバッチは即座に警戒行動に移る。

 二班に分かれることは調査済みだ。

 花が大事だから後衛四匹、前衛に三匹がくるか?

 さあ、来い!


「ブヴババッ!」


 ギャー、四匹が先かよ!

 だけど俺は止まらないぜ。二匹ずつ前後に並んで飛んでくるスリバッチの中心へ、自ら突き進む。


 接敵まで十秒……かどうかは分からないが、もうやばい。急停止すると腕を振りかぶり、手にしたものをスリバッチ編隊の、ぎりぎり脇を狙って投げた。


「バヴ?」


 スリバッチ四匹は一斉に速度を落として、横を通り過ぎた物を振り返った。

 うむ。やはり、な。

 即座に投げたのとは逆へと回り込み、手前の一匹の尻を掴むと思い切り振り回した。


「落ちろおぉ……っ!」

「バビャヴぶッ!」


 掴まえたスリバッチは折れ、打ち落としたスリバッチは思い切り踵で踏み抜くと消えてくれた。

 花の方の三匹が前に出るのが見えたが、まだ飛んでは来ない。

 再びすり鉢を取り出すと、近付きつつ投げた。


「ふっ、たわいもない。スリバッチなど敵にあらず」


 使えるじゃねえか、スリバッチのすり鉢。

 スリバッチのすり鉢は、素材としての使い途はないと聞いた。早い話がゴミだ。

 しかし、これに興味を示す相手もいる。当の作ったスリバッチだ。

 一時、気の迷いで拾った俺を除く。


 おかげで襲い掛かるのが随分と楽になったし、もう幾つか拾っておこうかな?


 人族の弱点を克服しただと?

 そんなのは、一対一で素早さのない相手にだけだ。滅多にない好条件が揃ったときだけなのさ……。

 こうして利用できる道具は利用しないとな。




 振り草の束を取りに戻ると、青っ花の側に屈みこむ。

 急いで採取したいが、すでに辺りは紫色で薄暗い。後で慌てないよう先にランタンに火を点けておこう。

 置場に困って近くの丼花の真ん中に乗せてみると、ちょうどはまった。便利だ。

 ランタンが子供用サイズで良かった。


 巨大花も灯りに照らされれば、なかなか幻想的な光景だ。

 このまま乾燥させたら、間接照明っぽいスタンドにならないだろうか。蝋燭を溶かして固めたりすると良さそう?


 丼サイズの花を真剣に見分する。

 うん、ダメだ。不気味すぎる。たとえ普通に木製や金属製で作ったとしても、あんまりいいモチーフではないだろう。残念。


 手持ちの採取道具全部、十皿を取り出した。

 この程度なら、全体としての時間はかからない。ただ掬った蜜を皿に垂らすときが、零さないようにと一番気を遣うし、早く垂れろ早く垂れろ早く垂れろ……と念じる時間が少し苛立たしいのはある。

 俺には、ぼーっと別の事を考えていられるような場所でもないから余計だ。

 それでも、いそいそと皿を埋めると道具袋に収めた。


 今日は、全部ギルドに納品でいいか。

 ほっと息を吐く。

 どうにかノルマ達成だ!


 街側に向き直ると、よく草原に目を凝らす。薄っすらと垣間見える、似たような形の岩はケムシダマだ。お前も、なんとなくわかるようになってきな。

 不審な岩陰のないルートを突っ切って倉庫を目指した。




 急ぎ収穫物の報告を終えてギルドへ戻る。窓口へ近寄ると、無表情な樹木が……いや樹木に表情もなにもないというか、また失礼なことを考えてないで大人しく耳を傾けよう。


「タロウさん……」

「は、はい。コエダさん、急な予定変更ゴメンナサイ」


 どう弁解しようか考えるのを、すっかり忘れていた。


「いえ、この場にいらっしゃるのですカラ、無理はされなかったようですネ。安心しましタ。ご無事なら良いのでス」


 それだけで大枝嬢は、いつものぐんにゃり顔に戻ると、依頼の精算をミシミシと進めていく。いい加減、諦めたのだろう。いや呆れられた方だろうか。

 タグを差し出しながら大枝嬢は、ふと思い出したように言った。


「言葉が足りませんでしタ。タロウさんも、ご自身のできる範囲を把握し、予定を立てられるようになったのだと思って、安心したのでス。前もって予定をご相談いただけるのは、とても助かりますヨ。私も常にこの場に居るわけではありませんカラ、今後も遠慮なくおねがいしますネ」


 うう、優しいぐんにゃり笑顔が胸に痛い。俺のことだし、気まずさが顔に思いっきり出ているだろう。


「……ありがとうございます」


 このまま回れ右だ。

 と思ったが、気になる依頼内容について確認しておこう。


「あのぅ、では次の依頼についてなんですが。どうやら南の山近くの洞穴だといった話を小耳に挟みまして」

「そうですネ。依頼書には……ええ、南西の森方面と書かれてまス」


 そう、それしか書かれてないです。

 大枝嬢はスケジュール帳らしき紙束を取り出し、ええと明日の担当は誰々だからとかなんとか呟く。そして、ミシッと顔を上げた。


「はい、そのようでス。あちらの方面ですから洞穴ですネ」


 それで通じてたのかよ!

 はぁ……疲労度が心配だし、今日は早く寝よう。

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