092:疲労が見せた未来
夜の日課をこなさなければと、南の森に来たはいいが足は重かった。
適当に周辺をさらうと、木の幹に背を預けて一休みする。
魔物を片付け辺りが静かになると、虫の音が暗がりから聞こえてきた。その鳴き声は風流さからは程遠い。ギギ……ガ、ガガ……チチチ……カタカタカタといった小さな音だ。
気が滅入るというか不気味だ。
そんなBGMを聞きながら、ぼーっと腑抜けるままに過ごす。
なんか、今日はすっげえ疲れた。
これまでの朝からみっちり動き尽くめの依頼と違い、昼からの仕事だし作業は途切れ途切れ。しかも夕暮れが迫る随分と前に解放されたのにもかかわらずだ。
思い当たることは、あるな。
「あー走り疲れたせいかー……」
草原では無駄に魔物と戦わないように慎重に逃げたはずだった。逃げすぎた。
人族の特徴で唯一の長所らしい持久力は、疲労し辛いが回復力がすごいといったものではないらしい。スタミナ切れはこういった形で現れるようだ。
走ったり、それに相当する激しい運動をすると、晩にはかなり疲労がたまっているというのは薄々感じていたことだ。
だけどそれも体力アップに伴い起こりにくくなっていた。
配分は掴めてきたと思っていたが、レベルアップで腕力値が上昇し気分よく力をふるえるようになったことで、持久力だか体力の方もアップしたと思い込んでいたらしい。
ただ、感覚的にどのくらい伸びたのかなんて、ギリギリまで動いてみないと分からないもんだ。どの程度で息切れするかなんて一々……レベルアップ時だけ試して見りゃ良かったのか。
もう頻繁に上がることはないと思うが、一応メモしておこう。
「覚えてるといいね」
次はレベル27だが、それはいけるだろう。一匹ハリスンを倒してみて調子に乗ってるんだろうけど、手応え的には問題ないと思えた。
そもそもあいつらに近付く機会がほぼないのは脇に置くとして。レベル30くらいまでは上がれそうな気がしたんだよな。
これまでの、俺のレベルと魔物のレベル差で感じた手応えを元に考えれば、ハリスンレベルを倒しやすく感じたなら、次のレベルアップも近い。
思い込みには違いないけどな……。
木の根元に座り込み、ランタンの薄ぼんやりした灯りを頼りに鉛筆を走らせていると、不穏な考えが忍び込んだ。
いい歳になって、そろそろ俺も引退かなんて呟いている姿が頭を過ったのだ。
「よっ相棒、長い間ありがとうな」
そう伝えた相手は誰かではなく、手になじんだマチェットナイフ。見慣れたエヌエンのボロ宿を去り、ギルドで最後のお勤めだ。とうとう去るのかとギルド長に問われて頷き、立ち去り際に大枝嬢が言うんだ。
「ドリム、これだけ長く勤めて頂いたのですカラ、せめてランクの方を……」
「うむ、君を中ランクへ引き上げよう。これくらいしか出来ないが」
「ギルド長にコエダさん……ありがたく頂戴します。これなら田舎の隠れ里では英雄になれますよ俺……ははは」
やれやれ階級特進か、まるで殉職したみたいじゃないか。
「いやいや俺だけじゃなく、いつまで二人とも居させる気だよ」
つい貧困な己の想像にツッコミをいれてしまった。
現在と変わらないままに歳だけ重ねてしまった自分を容易く想像できる。
できると思ったが、腹の出た親父が今の俺の恰好をしている姿が浮かんでしまった。こんな仕事を続けていたら腹が緩むことなんかなさそうだけど。
メモ紙をしまってコントローラーを引っ張り出した。特に意味はない。
アクセスランプに触れて流れる光の文字を追う。レベルは26で、いつも通り色が変わるだとか変化は何もなし。お、マグが結構貯まってるじゃん。
使ってみたいが、今回はもうしばらく貯めよう。
こいつの機能、まだ変化するのかな。
しそうだよな。
なにがトリガーなんだろう。
レベルとマグのどっちか、もしくはどちらも一定の数値に達したときだろうか。
初めの頃は、この文字すら表示されなかった。触れるだけなんて思いもしなかったが、かなり弄ってたし、偶然でも発見する機会はあったからな。
なにかが変化したことが理由なのは間違いない。
そりゃ表示内容に関する、レベルとマグ関連しか理由はないだろう。いや、マグがメーターになったのは変化だよな。
初めに文字の表示を確認したのは、いつごろだっけ。確か……十とちょい?
次は切りが良いところで確認したいが、感覚的に10毎か?
段々と差が開いてくるなら、次の開示条件は50とか100なんてこともありうる。そうなると絶望的だな……。
ああ、なるほど。コイツは俺に何か恨みでもあるんだろう。あるから俺をこんな危険が危ない草まみれの世界に連れて来たのではないか。
こいつが原因とは限らないが明らかに胡散臭いからな。そうだろう吐け。恨むほどの理由といえば、うっかりぶつけたとか、不貞腐れて放り投げたとか、それからええと……俺が悪かった。だからそろそろデレてくれ頼むから!
「ふー深呼吸深呼吸」
もう一つの条件はマグ獲得量。
こっちは十万に到達したら確かめてみよう。これも次は百万とか一千万というのもありえるが、何も目標がないよりはいいよなもう。嫌なライフワークだ。
ふと疑心暗鬼というか不安になる。
初めに文字が表示されるようになったのは、俺が気が付かなかっただけで何かスイッチのようなものを起動しただけだったりしたら。ここまで悩ませておいて実は他には特になにもありませんでした、なんてのは勘弁してもらいたいところだ。
「まじで頼むわ」
なにも変わらないよりは、なんでもいいから変化を見せてくれよ。
歯痒い。
これが他の種族だったら、とっくにこんな検証は終わってる。期待し過ぎは良くないんだと自分に言い聞かせても、それが分かるだけに遅々としていて、妙な焦りが追い立てるようだ。
せめて、どんどん変化して使いみちが分かれば、つまらない期待をせずに済むのにってさ。なんに期待しているのかは、自分でもよく分からないが。
たんにヴリトラソードを使いこなせれば働きやすくなるのに、といったことではない。
ああ……そうか。
俺、まだ帰れるかもなんて、どこかで思ってるんだ。
すっぱり諦めて、ここでの居場所を見つけ、新しい人生をどうするか本気で考えなきゃいけないのに。
このコントローラーが謎なままだから、どうにか食い繋いでる内に、実はこいつで帰れるんじゃないかといった期待が湧いてしまう。
元の世界でだって、まだ何も始まってなかったのに、人生やり直しなんてホントきついよな。
藪がカサリと動いた。カピボーらが移動してきたんだろう。
思い付きで、コントローラーを藪の側に放り投げる。
確か、前に臭いを嗅いでいた。臭いを調べてるのかは分からないが、何かを探るようだった。
「ほぉらカピボーこっちだ。美味い餌だぞー」
「キュシ」
藪から鼻先を出したカピボーは、やはり俺ではなく、より近いコントローラーに近付いた。
飛びかからないし、人間と勘違いしてるわけじゃないよな?
頭のサイズに合わない大きな鼻先を、青い光に押し付けてひくつかせている。
「お前はコントローラーのなんなのさ。いや光の方が気になるのか……」
ビオが感知をしていたくらいだ。偽物っぽいとはいえ聖質の魔素臭があるよな、多分。
だったら余計におかしくないか。
なぜ反発するはずの魔物が近付こうとするんだよ。
「なんにしろ、俺には情報が足りない」
「キュッ!」
遅れて俺に気付いたように頭を上げたカピボーの鼻面を狙い、渾身のデコピンをかましてコントローラーを取り上げた。カピボーが割れて煙がまとわりつく。
弾き飛ばすだけにして帰ろうと思ったのに、おおカピボーよ死んでしまうとは……まじで?
まだ投石でさえ倒せなかったのに。え、単に投げるのが下手くそだっただけ?
結構コントロールいい方だと思ってたんだけど。なんてこった、今日一番落ち込んだ。
わざとらしく溜息を吐くと、俺は背中を丸めてトボトボと森を出た。
◆
昨日は大変な一日だった。疲労度的にであって半ば自業自得だけど。
でも転草狩りの収入は一万以上になった。別れ際にゴストが依頼料を五千も上乗せしてくれたからだ。時間超過ってわけでもないから断ったのに、気が引けたからだそうだ。そんな理由で勝手に増やしていいんだろうか。
そもそも悪いなと思うくらいなら、初めから変な悪戯心を働かせずに真っ当に連れて行ってくれよ。というかそう言った。
「ほらまたタロウ怒ってるってー!」
「どこが、話を聞けって!」
筋肉野郎三人が固まって怯えていた。あんななりして気が小さいらしい。魔物には喜々として飛び込んでいくのに、失礼なやつらだ。
とにかく、ここの奴らは一度言い出したら頑固だ。依頼料に関しては特にそう思う。呆れながらも修正した依頼書を受け取った。
俺には必要だし、もっと喜んでもいいんだけど。
すぐに依頼書を作成できるところをみると、まとめ役って立場も便利そうだと思う。けど、少し情けない顔してたから、多分あいつのお小遣いから出たに違いなかった。そう思うと素直に喜びづらい。
なんで、ギルドが出さないんだろうな。新部門設立の先行調査企画みたいな感じだろ?
ビオたち国とのやり取りを見て、予算は割けないし専門に出せる人手がないのも納得したが、それでもギルド長が懐を痛めりゃ良さそうなもんだ。個人的な恨みからではない多分ない。
名ばかりらしいとはいえ領主様らしいし、それくらいできそうなもんだ。
もちろん俺が知らない他のしがらみやなんやも、ありそうだが。
今度、問いただしてみるか。
そんなことを思い返しながら、柔らかな朝日の下をゆっくりと、ギルドへむかっていた。
通りには、俺とは逆方向へと歩いていく冒険者らの姿がある。鉱山方面なら一番手は夜明け前から動き出すようだし、岩場周辺に向かう組だろう。
「よぉタロウ、目が枯れた背高草みたいだぜ」
どんなんだよ。
「あんま無理すんなよ!」
だからお前らは誰なんだよ。
なんとなく徐々に顔だけは覚えてきたけど。そいつらと挨拶をかわしつつ通り過ぎる。
俺がのんびりしているのは、今日も午前中の依頼はナシになったからだ。
昨日の報告時に、ゴストが「思ったより大変そうだった」なんて告げたため、また午後だけの依頼をはさもうと大枝嬢から進言されて俺も頷いていた。
ちょうどいいじゃん。あー今日は少し休みたいなー。
「甘えんな」
午前中だけでいいからさー。
といっても店を巡ると衝動買いしそうだし、他に行く当ても……お。
そうだ知らないことが多すぎると思ったばかりだ。何か適当にギルドで聞いてみるか。いや、また大枝嬢の仕事の邪魔になるな。
他に誰の時間も取らずに調べ物をする方法はないのか、ネットは今から俺が頑張って文献を残しても数百年は先になりそうだし、そもそも仕組みのことなんてさっぱりだから「箱の中に人がいる」と頭を誤解されそうな内容しか残せないな。謎でもなんでもないタロウ手稿の出来上がりだ。
シェファから聞いた限りでは、学校はなく勉強もお爺さんの昔語りで教科書もないようだったし……教科書。
「本だ」
単純なことだった。さすが俺の節穴スキル。
本を探してみりゃいいじゃん。
開口一番、大枝嬢に尋ねる。
「依頼の方、どうですか」
何はともあれ、まずは依頼の予定を確認するのが先決だからな。
つい癖で口にしてしまったわけではない。
「あらタロウさん、ちょうど依頼者の予定が確認できたところでス」
以前、湖へ行きがてらに西の森内の道草を刈ったが、あれの続きにしようということになった。確かに、時間的にも体力的にも無難なところだ。
よし、次こそ思い付きの確認だ。
「ここに本とかありますか。あれば見たいんですが」
「ええ、もちろんでス。書庫へご案内しまス。こちらへどうぞ」
「あっはい」
漠然としすぎかと思ったら即答。慌てて追いかける。
へえ、書庫があったのか。これはしばらく楽しめ……いや、情報収集が捗りそうだなあ!
職員用の扉を開けてすぐ右手には、ギルド長の潜む階上への階段があり、その下あたりに会議用の部屋がある。以前、祠の報告でシャリテイルと一緒につれられて来た部屋だ。それらをスルーして真っ直ぐに進むが、そう広くはない。
二つほどの扉を通り過ぎると奥まできた。行き止まり?
と思ったら大枝嬢が左の壁へと吸い込まれる。その左手を見れば、細い通路があった。窓もなく暗いため余計に狭く見える。無理やり拡張したような歪さだ……。
ギルドの周囲も住居に囲まれてるし、規模を拡大しようにも狭いから苦労してるのかもな。
大枝嬢は最も奥の扉を開けて、どうぞと促した。
言われるまま入れば、積まれた木箱が立ちはだかる。
「……書庫?」
どこ?
どう見ても倉庫だ。
「あちらの壁沿いの棚にありまス」
部屋は暗いが棚の位置は確認できた。天井近くに小さな窓は幾つかある。明かりはどうにかなりそうだ。
「退室時にはまた声をかけてくださいネ」
「あの、勝手に見ていいんですか?」
知ってはならない禁書的なものとか、そういうのあるのかないのかワクワクと気になったんだけど。
「もうご存知の内容ばかりかもしれませんし……タロウさんは豆知識収集が趣味と伺っておりまス。なにやら高ランク雑学者を目指すとカ。助けになれるならギルド職員としても嬉しいですヨ」
「シャリテイルの言うことを真に受けすぎないでください」
なんだよ高ランク雑学者って。絶対そんなもんはないだろう。
「でもご覧の通り、半ば物置きですカラ。遠慮なくどうぞ」
やっぱり倉庫だった!
扉を閉めると、閉じ込められたみたいで落ち着かないな。
ま、まあ、本当に閉じ込められたとしても叫べばダダ漏れのはず。
「いいってんなら、遠慮なく漁ろう。お邪魔しまーす」
なんとなく小声で話しかけつつ棚の前へ移動した。
物が多いせいで分かり辛いが、そう広さはない。体育館倉庫とか、そんな感じ。
整然と並んだ箱は俺の頭の位置まで積まれてあるが、壁沿いだけでなく、部屋中に、人が通れる隙間を作って積んである立体的な構造だ。
地震が来たら怖いな。ここだと魔震か。
そういや普通の地震はないんだろうか。
計測機器なんかありそうな時代にも思えないから知りようもなさそうだな。
隙間を縫って壁の一角にたどりついた。
本棚は両手を広げたほどの幅はあり、やや見上げるほどの高さだ。ただし腰の高さまで積んだ箱の上に乗せてある。至って普通のご家庭にある本棚サイズ。この一つだけだった。
書庫と呼ぶには、一部すぎませんかね。
見る前は、図書館の奥にある分厚い図鑑のようなものがあるんだろうとイメージしていた。
今は目の前に立ってさえ、これが本棚なのか疑問。
確かに分厚くて四角いものがずらっと収まっているが、どれも木製だった。
色もまばらだが、木目は見間違いようもない。
試しに一つ抜き出して、傍の細長い台に乗せる。
おもむろに蓋をぱかっと開いた。蓋かよ。
中には、目が粗く分厚い紙の束が詰まっている。縁は裁断されておらずギザギザしているし、綴じられてもいない。
俺が使っているメモ用とは違いノートサイズだ。依頼書なども葉書サイズばかりだったから、他にサイズはないんだろうなと漠然と思っていた。
「おっと大事に扱わないと」
グローブを外して、布でさっと手を拭う。
土とか草汁とかついてないよな。
そこそこ古そうな中身を手に取り、内容を見て困惑した。
魔物出現範囲と結界柵との距離や、住人と相談した対策や改善したことの経緯などが記されている。
歴史の一部ではあるだろうが、報告書というほどでもないし職員の走り書きのように見える。
これ、木製のファイルケースかよ。
確かに情報といえばそうだけどさ、本じゃないよな。
「どんな街にも歴史ありだな」
棚に戻しながら、なんとなく呟いた言葉が引っかかった。
何がと考える。
ああ、ゲームだ。
初めはゲーム世界に来たと思っていた違和感。
現実ならあっておかしくない歴史があるということが不思議に感じたらしい。
どっちかといえば、この世界を元にゲームが作られた方がありえそうだけど。
まあ元の世界のことは確かめようもないし、気にしてもしょうがない。
それに、今はもう、ゲーム世界と考えてはいない。
他にないのかと見渡して、最上段の隅に目が留まった。棚一杯に収まるファイルケースの狭間に埋もれて、別の茶色い背幅が覗いている。
引き摺りだして手に取ると革製のカバーだった。同じ革ベルトで十字に縛られているのを解いて開いた。
今度は見開きだ。
嵩張る紙は他と似たようなものだし、端に大きな二つの穴を開けて太い紐で括っただけだが。
「本、あったよ」
馬鹿にしていたつもりはなかったけど、文明的に本が存在しない世界なんじゃないかと思い始めていた。
以前、紅茶を飲みながら大枝嬢が手にしていた葉書サイズの本らしきものも、似たような作りだったっけ。
木箱の隙間を漁ったが、本らしきものは数冊だけのようだ。
って、これだけ!?
どう見ても手書きだもんな。量産できないだろうし、こんなもんか……。
これじゃすぐに読み終わりそうだ。
落胆しつつも、初めに手に取った本を掴んで表紙を見る。
「国の成り立ち?」
まあ情報の補完には役立ちそうだ。
広げて光の差し込む位置に移動し、視線を落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます