087:シャリテイルの立ち位置と詠唱
餅への妄執は去った。
日本の食べ物が食えるかもと期待しすぎてガッカリしてしまったが、そんな都合のいいことはないよな。
それに失礼な話だ。これはこれで美味いんだし。
正気を取り戻して顔を上げると、全員に注目されていた。呆れよりも笑いをこらえているように見える。恥ずかしくなって背筋を伸ばすと、腕が嵩張った腰の袋に触れた。
宿に戻らなかったから貰いものを持ったままだ。こういう集まりって割り勘とか持ち寄りだよな?
誤魔化すように、その袋を差し出した。
「えっと、先にいただいてすいません。そうだ、これ! 野菜と果物です」
多分な。
トマト色のナスビみたいなやつとか、俺には判断つかないものばかりだ。どうやって食うかも分からないし、ちょうど良かった。
「えぇ果物なんていいの? ありがとういただくわっ!」
炎天族のお姉さんは果物と聞くや飛び付いた。その様子に、隣にいた森葉族のお姉さんは呆れた声をあげる。
「もう、リンダったら食い意地が張ってるんだから。どれどれ? 今度は私の分まで食べないでよ」
「アタシは太らないから多く食べてもいいの。ちょっとぉ、ユウ、ずるいわよ!」
ユウと呼ばれた森葉族のお姉さんは、呆れた声を上げつつも差し入れた袋を横から奪った。リンダと呼ばれた炎天族のお姉さんも立ち上がり、二人は興味深々で中身をテーブルに取り出していく。その目は食欲を雄弁に物語っていた。
そんなに果物って貴重なんだろうか。
笑いながらそれを見ていたシャリテイルは、網の上から焼けたカボチャのようなものに竹串らしきものを刺して皿に取りながら俺を見た。
「もしかして食事会があるの知ってたの?」
「たまたま貰ったんだよ」
あ、頂きものとバラしてしまった。
仕方なく、この近所でのことを話すとシャリテイルは頷いていた。
「言われてみれば、あの畑で育ててるものばかりね。お喋りしてると貰っちゃうのよね」
シャリテイルが知らない人間など、この街には存在しないに違いない。
食材置き場のテーブルから嬉しそうな声が上がった。
「これは水玉じゃない! 傷みやすいし、さっそく食べちゃいましょうよ」
「皮剥くわ。深皿取ってぇ」
水玉ってなんだよ。
手のひらから、はみ出るほど大きな玉ねぎだが、見た目は淡い緑色だ。
リンダさんが深皿の底に置いた玉ねぎのてっぺんからナイフを入れると、水がどべっと噴き出た。
なるほど。水の玉ね……。
深めの小皿にその水を掬い入れ、切り身を浮かべたものを渡された。
串で刺して、生のジャガイモのような欠片を口に放り込む。ザクリとした歯ごたえの後に、メロンやスイカの皮付近の風味はあるが、味自体は薄い。周りに倣って水も飲んでみる。実よりも、水の方に甘味が全部出てしまっているようだ。
暑い日に冷やして食べたら爽やかで美味そうだが、残念なことにずっと持ち歩いていたから生ぬるくて微妙だった。
「んー甘くて美味しい」
「一仕事終えて食べる甘いものは格別ね!」
皆さんは、とても美味しそうに食べている。どうやらこれが普通らしいだ。
「はい、タロウ君。これは持って帰りなさい」
ユウさんが袋を返してくれたが、何か残ってる?
中には小さな袋が幾つかあった。ああ、ドライフルーツか。
「日持ちするものでしょ?」
確かに。野菜もたくさんあるのに、今食べる理由はないな。
言われた通り持ち帰ることにした。
食材の下準備を終えて、お姉さんたちが席についた。
先に網に乗せていた野菜も火が通り、煎餅と共に皆に取り分けられると、大枝嬢が声をかける。
「久々の魔震でしたが、今回の確認作業もおつかれさまでしタ」
「はーいお疲れさまでしたー!」
おお、打ち上げか?
みんなにつられて、お疲れと声を出してしまったが、俺は何もしていない。
「反省会に集まっていただいてありがとうございまス。期間中に気になったことなど、気軽に意見を交わしましょウ」
ますます俺は居て良いのかと思ったが、大枝嬢の言葉が終わるや、ユウさんとリンダさんは食べる宣言だ。
「先にお腹を落ち着けましょ」
「今日は休憩する暇なかったものねぇ!」
そうして焼き野菜に齧りつきながら、みなさんギルドでのなにげない話をしはじめた。
「余分な仕事が減っても、今度は溜まった仕事が待ってるわねぇ」
「ふぅ、こっちの都合も考えてほしいものよね」
「俺はまだ書類仕事が残ってるよ」
「まぁまぁ今回も何事もなく良かったですヨ」
「そうよねー」
ハハハ!
俺も一緒に笑ってみたが……空しい。
「こうして大仕事を終えて食事するときが幸せ。ねっ」
シャリテイルが無邪気に俺を見て同意を求める。
労せずに得た飯はうまいか――。
「美味いです!」
胸は痛むが無駄に空気を読んでやるぜ。
実際、こういうの久しぶりだ。
各々野菜を齧りながら気ままにお喋りを始める。
俺も隣の大枝嬢に気になったことを聞いてみることにした。
「職員の集まりだったんですね」
「ええ、魔震の影響に関する調査や対処も一段落つきましたので、一度区切りをつけましょうということで集まっていただいたのでス」
その後を横から続けたのは、大枝嬢をはさんで座っていたシャリテイルだ。
「むぐー、反省会というのは建前よ。いつも食事をして楽しむだけなのよね」
また片頬を膨らませて話している。食べるか喋るかにしなさい。
「シャリテイルさんたら、そんなことはないですヨ。ちょっとしたことでも参考になりますし、とても助かってまス」
「食事会ということは、じゃあ今ギルドは閉まってる?」
「いえ、ギルドが閉じることはありません。他の職員が応対してますヨ。食べ終えたら交代でス」
人数の割に馬鹿みたいに食材があると思ったら、そういうことか。
知るほどに大変な仕事だ。一冒険者というだけでギルドの内情とは無関係なのに、なんだか邪魔して申し訳ないことをした……冒険者?
そうだ、シャリテイル。
「なんで、シャリテイルがいるんだ?」
「なんでって、私、ここに住んでるし」
なんだ、住んでるんだ。
「は?」
いや、だって、ギルド職員の寮なんだろ?
「冒険者、だったよな?」
「そうね?」
あれ、なんか場が静まった。
お姉さんらも好き勝手にお喋りしてるかと思えば、しっかり聞き耳立てていたらしい。
なにか、聞いちゃいけないことを聞いた?
「ほら、タロウと同じよ」
「へ、俺?」
「ギルド長から直接依頼を受けたでしょ。それとおんなじ……かな?」
「どこがだ」
なんで最後疑問形なんだよ。
そこへユウさんが割り込んだ。
「あーこほん。タロウ君、それね。ギルドも外回りの仕事が多いのに、人手が足りないのよ」
助け船を出すような、まずい内容なんだろうか。
続いてリンダさんが豊満な胸を反らした。揺れる気配がないのは筋肉質だからだろうか。それはどうでもいい。
「アタシのように、高ランクの場所まで出かけられる人材を、ギルドで確保するのも大変なのよぉ?」
こんなところは冒険者と変わらず自信満々だ。やっぱり、自分の能力を誇るのが当たり前な価値観なんだろうな。
お、俺だっていつかは誇るし……違う。思考が逸れるところだった。
ギルド長から手が足りない悩みを聞いてはいた。当然それは冒険者だけでなく職員もだ。だから職員の仕事を肩代わりする臨時依頼があるとか?
いや、それにしては雰囲気が変だ。
「討伐に人手の足りない場所があれば向かわなきゃいけないし、遠征にも同行しなきゃだしね」
ユウさんが、職員の現場での仕事を教えてくれる。
ああ、そうやって依頼の偏りがあれば調整してるのか。その上で窓口業務だってあるんだよな。
「まあ、俺は事務方専門だけどね」
トキメが頭を掻きながら答えたが、それは言われなくとも分かる。
よく、分かるよ。同じ人族だもの。
「で、その手伝いを、依頼として受けてるってこと?」
「なんていうか、冒険者に身を置いているけど、ほとんど職員と変わらないかなぁなんて」
俺の言葉に、シャリテイルはすまして言うが、歯切れが悪い。
大枝嬢が大きく溜息をついて、俺を見た。
「シャリテイルさんには、冒険者内の内情や現場での行動を調査し、ギルドへの報告をお願いしておりまス。要するに、専属契約ですネ」
真面目な顔で見つめられているため、俺も精一杯真面目に頷いてみる。
「そう、でしたか」
けど、それがなんだ。そんなまずいことか?
「やだぁ、タロウ分かってないよ!」
俺が首を傾げるとリンダさんが豪快に笑い、シャリテイルは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「上からのお目付け役って、嫌じゃない?」
あ、あぁ、そういうことね。
なんとなく、シャリテイルにも何か肩書があるんだろうなとは思っていたが、想像を超えて重要そうな立場だった。
「えぇと、聞いたらまずかったとか?」
「別に隠してるわけじゃないのよ」
重要そうとはいっても、社会に出たことのない俺には、いまいちピンとこない。
あれかな。
掃除時間にホウキでチャンバラやっててヒートアップして喧嘩してるのを、先生に言いつけるクラス委員長とか、そんな感じか?
悪いのは俺たちだったとしても、告げ口しやがって感じ悪いとか心の中で八つ当たりしてしまう立場。あの時はすまんかった。
それはともかく。いわゆる内部調査官?
そんな洋ドラを見たことがあったな。軍内部の腐敗を暴くだとかそんなやつ。
ギルドの腐敗……この街の場合、ものすごく縁遠いイメージだ。
ドラマのようなことはないにしても、組織の犬と言い換えれば、冒険者稼業なんてやってるやつらは最も嫌いそうな立ち位置にいるような気がするが。
もしかしてソロでいる理由には、それが関係するんだろうか。人手が足りないだでなく、避けられてるのかもしれない。
いつもあちこち走り回っているシャリテイルの姿を見て、せめて相棒でもいれば楽だろうにと、いつも思っていた。
でも俺の依頼に付き合って湖へと行った時、他の奴らの態度は悪くなかったような。
ごく自然にパーティーを組んでいたし、遠征組と戻って来た時も仲が良さそうに見えた。
まあシャリテイルはこの性格だし、嫌な顔をする奴なんて、そうはいない気がする。微妙な顔なら幾らでもされてそうだが。
そんな疑問を補足するようにお姉さんズが説明する。
「仕事の内容的に、まず嫌がられるものだから」
「特に新しい人ほどねぇ」
ああそうか。
そこで、クロッタたちの反応を思い出した。あいつらは低ランク冒険者だ。
あの姉ちゃんかと複雑な顔で言っていたのは、シャリテイルの素っ頓狂な発言のせいだけでもなかったんだろうな。
ランクを上げたいと思っている奴らには、抜き打ちテストされてる気分になりそうだ。
少なくとも距離は置かれているんだろう。
なんとなく事情はのみこめた。
俺が嫌そうな反応をするかと、大枝嬢はシャリテイルのためにしっかりと伝えてくれたんだ。
「そんなもんすかね」
思わず出たのは、曖昧な言葉だった。
こういったことに気の利いた事なんか言えないよ。
「ほんと、タロウは我が道を行ってるわよね」
「タロウさんは、ご自分の意志をしっかり持ってらっしゃいますものネ」
いや、たんに意地になっていただけで……。
間抜けな反応しかできなかったが、安心してもらえたみたいだ。
せっかく久しぶりの息抜きみたいだし、雰囲気を台無しにしたくはないだろう。
それで話題は、仕事の話へと切り替わってくれてほっとした。
俺が世間に疎くて良かった。
少しだけ焼き野菜もつまんでしまったが、話し辛いことがあるかもしれないし、あまり長居するのも悪い。
そもそも餅……らしきものを味見したかっただけだ。すぐにお暇しよう。
大枝嬢とシャリテイルに声を掛けた。
「そろそろ、帰るよ」
「ほとんど食べてないじゃない」
「流れで邪魔しちゃったけど、おっさんが晩飯作ってるだろうし」
「急だったものね」
俺が立ち上がると、すかさずトキメが立ち上がった。
「もう帰るのか? 残念だなあ。依頼の話なんかを聞きたかったよ」
「またギルドで会いましょ」
「頑張ってねぇ」
残念そうに見送ってくれるトキメの後ろで、ユウさんとリンダさんは笑顔を一瞬向けてくれたものの、軽く振った手をすぐに食べ物へと伸ばした。
くっ、好感度ゼロじゃないか。
なんで俺は大枝嬢が休みの日に別の窓口へ行かなかったんだよ……!
こうして妄想上のラッキーイベントなど微塵もないままに、俺はとぼとぼと女子寮を立ち去った。
これが現実か。
宿に戻ると、頂き物のドライフルーツをおっさんに渡した。
俺だけでは食べきれる気がしないし、きっと食事に追加されるだろう。
以前、衝動買いした赤身を渡した時も添えられていたからな。
毒々しい赤色の漬物だなと怯えながら食べたら酸味の強いリンゴ味で、ギャップに吹き出しそうになったのを思い出した。
宿で改めて晩飯を食い直した後は、南の森へ来ていた。
カラセオイハエと四脚ケダマのお陰で、コントローラーのマグの回復が早い。
確認したいことの中から、時間のかからないものを考える。
しばし悩んだ末に次に試すことにしたのは、掛け声についてだ。
例の必殺技名がどうにかならないかと気になっていた。
残念ながら、無詠唱での使用はできないらしいからな。
「だからさぁ、せめてマシな名前にしたいんだって。そこんところ頼んますわ」
なんで、よりによってヴリトラソードなんだっての。
これが親父なら狂喜乱舞しているに違いない。
ふぅ、心を落ち着けてっと。
記憶の中から、必殺技名らしい言葉を幾つかをピックアップする。
おっと、厨二時代の黒いノートの記憶は抹消だ。
漫画や小説の技名も省こう。漢字の横にルビで読み方の違ったものが多いし。
アニメかゲーム辺りが無難だろう。
コントローラーを眼前に構えて集中し、技名を叫んだ。
「始祖直伝の秘技、黒糖百裂剣!」
小学生になった頃、日曜の朝を楽しみにしていた世紀末ファンタジー戦隊モノの剣技だ。
レッドの技だが、モヒカンイエローの方が好きだったな。
「
高学年頃にヒットした、重々しい軍用機がロボットに変形して戦うアニメだ。
当時は知らなかったが、ミリオタや高齢者にも人気が出たのが流行った理由だとか。
「記述ブラックマジック、適用ターンアライブ!」
中学の時にゲーセンで爆発的な人気となった格闘ゲーム、デッド・オブ・ザ・デッド。プレイヤーはネクロマンサーとなりバーチャル空間で死霊を召喚して戦う。
使っていたキャラ、ブードゥ君の技で、浄化作用が大ダメージを与えるのだ。
「無属性魔法メギドレイン!」
高校生に入ってすぐにはまった
魔法だし、必殺技とは違うか?
そうして幾つも叫んで、やがて俺は頭を抱え込んだ。
「おいぃ……融通きかない奴だな!」
まじかよ。
何も、起こらなかった。
違いを探して、記憶を遡る。
最も古い必殺技に当たる記憶は……間違いなくヴリトラマンだ。
奇しくも俺の中では、あれこそが必殺技と刻まれてしまっているようだ。
そのせいなのか……?
がっでむ。
親父の洗脳計画は粛々と進行し完了済みだったのかよ!
「待てよ、使えてもな」
考えたら、俺が選んだ言葉は長ったらしいものばかりだった。
いざ実戦で使おうとすれば、舌を噛みそうだ。
「あーもう、しかたねえな……ヴリトラソード」
難なく青い刃が生成された。
「解除」
その言葉で刃が消える。
これで固定かよ……。
俺の詠唱破棄無効計画はあえなく失敗した。
やる気が失せたので、これまで。さあて、討伐討伐っと。
大人しく藪をつついてまわっていると、焼き餅大会での話が思い出された。
人に嫌がられる仕事か。
そう言われても、こんな場所だ。誰かが本当に好き勝手を始めたら、大変というか面倒なことになるのは想像できる。
人間同士が揉めてる間、魔物が待っていてくれるはずもない。
統率しなきゃならないってことは、現場の情報は必要だ。
でも……もし、俺も普通の低ランクの冒険者並みに働けるなら、また違った感想を持ったのかな。
もやもやして、目の前の木に頭突きした。
もし、なんて考えてる場合じゃねぇだろ俺は。頭空っぽにして戦えよ。
頭に落ちてきたホカムリを叩き潰し、明朝の予定を書き替えた。
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