078:柄を掴め
シャリテイルから目を逸らした先には、えぐい苔草のゴミ山がそびえていた。
「ひどいなこれ」
「そう? 乗り越えられるし、邪魔にはならないと思うわよ」
そっちの話じゃねえ。
捨て置くがいいと言われたが、このままでは明日から異臭騒ぎを起こしそうだ。
「ぱぱっと掘るよ」
土をかぶせる程度でも、むき出しよりマシだろう。
道具に少し悩んで、殻の剣を地面に突き立てた。いけそうだ。こんな使い方して悪いと思いつつザクザクと掻き出していった。
次はスコップでも買おうかな……。
「そのくらいで切り上げましょう。山の中なのよ。タロウは日が暮れると大変でしょ?」
見上げれば、辺りはもう薄暗かった。
土ブロックを掘りだすのに夢中で、すっかり時間を忘れていた。魔物が活発に動き出す時間でもある。移動しないとまずい。
まだらな地面は綺麗に片付いたとは言い切れないが、どうにか隠れてるし良しとしよう。
それからようやく森を出て、緩やかな道を急ぎ街へと戻った。
ギルドへ戻ると、真っ先にシャリテイルが大枝嬢へと報告した。
「このシャリテイルさんが、しっかり立ち合い、作業の終了を確認したわよ。通りすがりの冒険者たちも喜んでいたわ!」
「それはみなさん楽になるでしょウ。私もいつ駆り出されるかと不安でしたが安心し……いえ、タロウさんありがとうございまス」
コエダさん……本音は聞こえました。
あんなところも職員が行ってたのか。
「はい、こちらが報酬となりまス」
一万マグ。
本日二度目のでかい収入だというに、俺はただ黙って頷き、タグを受け取る。驚き器官が麻痺してしまったようだ。
「目がまん丸で怖いわよ?」
心情より表情が反応するとは、俺の顔はどうなってる。気を取り直して明日の事だ。たまたま今日はシャリテイルが居たが、明日からのことは聞いていない。
「コエダさん、次の依頼はどうなってます?」
「少々お待ちを……明日は人手が分散しますので、山周辺を離れたところをお願いしたいですネ」
大枝嬢が紙をめくると、シャリテイルが覗き込んだ。
「どれどれ。そうよね、明日は南側に人が行くから、東西の森かしら。東は手薄になるし、西方面がいいと思うわ」
俺の頭はお任せモードに移行だ。
「はい、川方面の整備依頼ですネ」
「あ、やっぱり依頼きてたわね。じゃあ明日は、畑の西の端倉庫で待ち合せましょう。って、タロウ?」
「はっ、西の端倉庫ね。草原側のすみにあるやつ」
「そう、そこ」
西の森は、警備の人数も減らせないんだろうな。灯りがいらない分、洞穴の中よりは歩きやすいし気も楽だろう。
そう決めると、シャリテイルと二人でギルドを出た。
今日一日で、装備代金を回収しちゃったな。
ゆっくりと通りを歩いていると、嬉しさが湧いてきた。また苔草からのマグが400ほど入っていたのも、地味にありがたい。
どれだけ恐ろしい草だよ。厄介なところに生えるだけのことはある。
今日の苔草は青臭いが腐臭はなかった。捨てたと言ったら砦の兵達、とりわけメタルサは悔しがるかもな。
「虫よけ用に拾ってこれなくて残念だったな」
気が付けば、まだ隣を歩いていたシャリテイルに話しかけた。
「あんなに持ち帰っても作るのが大変よ。広げて数日は乾燥させないとならないから、場所に困るわね。それから砕いて、ほどよく固まる水で練ったりして、手間はそこそこかかるわりに効き目もそこそこだし」
そんな微妙なものだったのか。
たんにメタルサが虫嫌いなだけだったりして。
「砦の奴らは、必須って気迫だったけどな。そんなもんなのか」
「山の反対側まで泊りがけになると、欲しくなるのかもね。人手が足りないのは砦も同じだから、交代で遠出が続くのは大変でしょうし」
「他人事のように言ってるな」
大変なのはシャリテイルも同じだろうに。
「虫なんか気合いで跳ねのけちゃえばいいのよ!」
それは、並みの冒険者には難しい注文だろう。兵のランク付けのようなものがどうなってるかは知らないが。つうか……鍛えたらどうにかなるのか?
「ここ笑うところよ?」
良かった。
鍛えて虫よけスキルが上がるなんて夢のないことは起こらないようだ。
「そうそう、もし拾うなら、フラフィエちゃんのところに持ち込むといいわよ。器用だから大抵の道具は作れるんじゃないかしら」
「へえ、虫よけってくらいだから、薬屋かと思ってたよ」
「ん? 言われてみれば、釣り目のドラグも作ってた気がするわね。まあ、時間さえあればご家庭でも作れちゃうものね」
ドラグって薬屋のチャラ男か。たしかに釣り目だった。
「次に寄るときは頼んでみるよ」
羽虫やら幹を這う細長いやつらやらは結構見るし、森に入る度にそういうもんだよなと慣れてしまっていた。
蚊を見た覚えはないから平穏な気持ちを保てるのかもしれない。
待てよ? あいつがいないなんて……ここは天国か?
「でも持ち込みをするなら、落ち着いて依頼できるフラフィエちゃんのところがいいと思うかな?」
たしかに。あれは薬屋とは思えない熱気だった。
まあ、蚊の他にも毒持ちがいたら嫌だし、試しに使ってみるのも悪くないか。
「それにしても、充実した一日だったわね」
ふと見ると、シャリテイルの笑顔と合った。
「ビチャーチャなんて充実はない方がいいけどな」
あんなハラハラする思いは、できればもうしたくない。
ゲームでいえば、セーブできるし安全地帯だと思っていた街が、突如雑魚とエンカウントするようになったくらい焦る。
「それと西の森なら、タロウも戦闘の機会はあると思うわ。強くなって稼げるようになるといいわね」
それで西の森をチョイスしたのか?
だけど、稼ぎが目的じゃないんだって……ああ、そうか。ここの常識だもんな。
魔物討伐したいってのは、イコール稼ぎたいってことなんだ。普通の冒険者の中では、そう染みついてんだろう。
強くなるってのは、結局副次的なものでさ。
始めた仕事の要領が掴めたとか、技術が身に着いたというノウハウでしかないんだろうな。
「今まで、この街に人族の冒険者が稼げるような依頼はなかったわ。でも今日のような依頼の相場が、大きな街と比べても、低くはならないよう配慮したつもり。これからは、稼ぎの心配はないと思うわよ?」
純粋な良心で言ってくれていると感じられて、胸が痛む。
俺はただ、あわよくばレベルアップを図れたらと考えているだけで。しかもコントローラーで遊びたい気持ちが含まれている。
「お蔭さまで防具も買えそうだしさ。本当に助かりました」
「うん。じゃあ、私は晩御飯の道を行くから、また明日ね!」
「あ、ああ、また明日」
美味い店は、裏通りの方が多いのかね。
なんとなく、見えなくなるまで後姿を追う。
姿が夜に紛れると、俺はなにをやっているのかと頭をかいた。
「うぇ、最悪だ」
固まった泥や苔草汁で頭がばりばりだ。色々と振り切るように頭を振ると、宿へと向きを変えて走った。
今日も何事もなく終わった。何事もなく?
うん、なにもなかったなー。なにか、こう、どっと気疲れしたけど。
冷たい水で汚れを洗い流すと、嫌でも気は引き締まった。
南の森へ行かなきゃな。俺自身の稼ぎは、これからが本番だ。
謎の草刈り依頼に殺到したのは、物珍しさや問題が積もっていたせいだろう。状況が落ち着けば、コンスタントに依頼として出すものは決まってくる。
この雑用バブルが弾ければ、結局は俺に残された道は南の森のみだからな!
すっかり汚れきっていたポンチョは、洗って干してしまった。
そういや、こんなときのために上着を買おうとしてたんだった。
「なにもないよりいいか」
替えのシャツをもう一枚重ねて、部屋を出た。
ビチャーチャから得たマグもある。そろそろコントローラー……というか、ヴリトラソードのチェックも済ませておくか。
残量は一万ほど。十分だな。どうせ一瞬でなくなる。
今回の検証に魔物は必要ないから、夜の狩りを始める前に確かめておこう。
「ええっと、再確認事項はなんだっけ。はたして柄に見える部分は触れるのか、だったな」
威力だけは把握できたが、使い物になるのはまだまだ先だ。
……使い物になんのかねこれ。
ため息をつきながら、背に跳び付いてシャツに引っかかっているカピボーに手を伸ばす。
ちょっと爪が痛いが、二枚重ねにしておいて良かった。
そしていつものように、むしる。
「あ、あああっ! お前、このバカ、なんてことを!」
「キェキューッ!」
シャツの一部が軽快な音を立て、カピボーの爪と共にはがれていた。
「破れた……買いたてのシャツが」
当たり前だ。
うなだれつつも、俺は悲しみを込めてカピボーをぶちのめして回った。
念のため、誰かに見咎められないようにと、森の草原側に来た。
開けているから魔物の行き来も見渡しやすいし、木の陰でも月明かりで十分に視界は確保できる。近場の藪だけ片っ端からつつくと、周囲の安全も確保だ。
「カピボーのやつ。シャツ代はあとでキッチリと稼がせてもらうからな。覚えてろよ」
破れたシャツの一部が、背中でひらひらしている感覚がうざい。
はっ……!
この世界では全く新しい感覚だろう、あえて衣類に傷をつけるダメージファッションブランドを打ち立て世界のTAROとして羽ばたける可能性は、ゼロだな。
「現代知識チートならず。遊んでないで遊ぶか」
木陰から街の方を眺めると、全体は真っ暗だが、小さな灯りが西の森側にぽつぽつと見える。夜だって、ああして誰かが魔物を阻止してるんだよな。夜の警備ごくろうさまです。
フッ、同じ冒険者だというのに、まるで他人事だ。俺には関係ないもんね。
……胸が痛くなるからやめよう。
ランタンを離れた位置の地面におくと、改めてコントローラーを取り出した。
念のため街の方を確認してみたのは、森葉族の目の良さに怯えたからだ。あれがシャリテイルだけの身体能力なのか、まだ分からないからな。
謎コンの光は、光のようでそうではないようだから遠くまで届かないとしても、マグ感知の方の感覚は俺には一生知りようもない。
うーん、どうも混乱するな。
今までは全く反応されなかったんだから、平気な気はするが。ここのところ、シャリテイルと出歩いていて気が付いたことがある。
俺がマグを得る機会もあったのに、誰も俺とは別にコントローラーに吸い込まれる別の煙を指摘しなかったことだ。
うっすい色だし煙のように体にまとわりつけば、はっきり分かれて見えるわけでもないだろう。誤魔化せるとも思うから、西の森を回ったときはあまり気にしていなかった。
なのに、あんなに目ざとくて第三の感覚が利くシャリテイルも気付いていない。
気付いたら、絶対にツッコミいれてくると思うし。
だから、実はコントローラーは俺以外には見えないんじゃなんて考えもした。
ただ、ビオは、微かながら反応した。
聖質を感知できる素質が必要なのかもしれないけれど。幻ではなく、他の奴らにも見えるだろう証拠のような気がした。
「ま、どっちでもいいけどな」
誰にも見せる気はないし。
初めから俺は、地球との関わりを断たれた姿でここにいた。どうせなら、こいつも世の中から無かったことにしておきたい。
よく物語で見た、すんごい力がばれたら政治的な陰謀やらなにやらそりゃもうえげつないことに巻き込まれるかも、なんて心配はとうにない。
使い物にならないし。
それでも、この青い色が物議をかもすのは間違いない。聖質の魔素の希少性と重要さだけは学んだ。
俺が何が何やら分からないものを、「さあこいつをどうした吐け!」なんて迫られたら、びびって泣いてしまうだろう。嫌な未来しか想像できない。
「おっと、それ以上の妄想は危険域だ」
コントローラーの持ち手を片手で掴むと、体から離す。
今回、刃は上に出るようにした。
びびって時間を無駄にできない。
一気に行く。
ついでに、ぎりぎり小さく呟いて反応するかも試すか。叫ばないと使えないとか、さらに役に立たない。
大きく息を吸いこみ、嫌な呪文を唱える。
「……ヴリトラソード」
微かな振動が手に伝わり、青く透明な刃が形を成した。
「よしっ!」
すかさず柄に見える短い光の方を指先でつついた。
もちろん素手ではなくグローブ越しだ。
「お、いける」
すかさず掴んで、本体から手を離した。
「おお、持てるじゃん!」
どんな仕組み……ああ、マグが擬態するのは魔物で散々見てるじゃないか。
ちょっと振ってみよう。木の幹をめがけて、横薙ぎに振る!
「う、うわっと、っと」
当たると思ったところで、刃は掻き消えた。
柄を失って落ちていく本体を受け止めようとして体勢を崩し、そのまま俺は地面にはりつく。
「もうやだこいつ……ろくなことない」
コントローラーを掴むと、ごろんと仰向けになった。
まばらな木々の葉の間からは、満点の星空とカラフルな天の川が見える。天の川とは呼ばないだろうけど。
いちいち、こうして注釈してしまうことが、少しだけ煩わしい。
「本日のお題は消化完了。で、いいよなもう」
それにしても時間制限が厳しすぎ。
「せめて三分はくれてもいいだろ。お約束的に言って」
自分次第で容量の最大値を増やすこともできるんだから、的外れな文句ではあるが。俺には、いや、人族には少々手間だ。
どちらかといえば、他の種族向きの武器だろう。武器なのかも不明だけど。
炎天族なら大物相手に即充填、さらなる大物に即使用も可能とか。森葉族なら小出しで雑魚を倒し、そのマグを得つつしらみつぶしの雑魚狩りに向いてそうだとか、妄想は楽しい。なんでこんな世界に来てまで妄想だけなんだよ使わせろ!
あ、使うにしても、まだ任意の出し入れができるのかも確認できてない。
「お、次はそれ調べよう」
ちょろっと試すだけでいいなら、数時間も南の森にこもればいいとわかっことだし、少しずつ解明していけばいい。もう少し落ち着いて検証するなら、もっと量が欲しいから、数日は貯めに回ろうかな。
密かな趣味となりつつある。
他に何かをする生活のゆとりはないからな。ある意味、元世界の趣味を楽しむ延長線上にある。
持ちやすさを追求したとパッケージに書かれていた、オフィシャルよりも一回り大きく作られた持ち手に触れる。マットなプラスチックの、滑らかな手触りに安堵する。
生活やらなにやらで汲々としていても、こうして必要のないことに情熱を傾けられる時間を持つのは、想像以上に大切なことのようだ。親父が年甲斐もなくヴリトラマンで喜んでいたことも、今なら頷ける。
俺だけの目的があるってだけで、日々頑張れるもんなんだな。
流れ星ってあんのかな。
あるとして三回呟いたら願いが叶うとか、そういった言い伝えはあるのかな。
「力、力、力をよこせ!」
どうだ、これなら間に合うか?
「キェキゥ?」
「つつくな。齧ったらお前の歯が折れるぞ」
気が付けば、カピボーがコントローラーの中心を、鼻をふがふがさせながらつついていた。
なんと、俺は隠蔽スキルを身に着けてしまったのだろうか。それとも草のマグを吸い過ぎて、雑草に擬態できるスキルを獲得したか。
跳び起きると、カピボーはいつものように飛びかかってくる。反射的にコントローラーで叩き潰した。
アクセスランプの光が、気になるのか?
なんだかよく分からないが、いつまでも転がっている場合じゃなかった。
あんなに野宿は嫌だと思っていたのに、素で寝そうだった。寝たら死ぬぞ。寒さじゃなくてカピボーにたかられて。
最悪の死に方だろうな。恥ずかしいという意味で。
「ふぅ、どっこいしょっと……」
朝からビチャーチャやら苔草殺戮と色々あったし、カピボー退治もほどほどにして戻ろう。
また体を洗わなきゃならないが、夜も遅くなると音が響くから、全身ざばーっとかけるわけにもいかない。
明日も俺にとっては遠出になりそうだし、休むのも大切なことだろう。
「そうだ、幹」
刃は途中で消えたが、微かに当たったような気がする。該当箇所を見てみるも、よく分からない。ランタンを取り、近付ける。
ごくごく薄っすらとだが、樹皮を横に走る筋があった。
それに満足した気分になり、俺は藪をつつきながら街へと戻った。
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