038:交渉と通貨と泥沼と
冒険心に火が付き、泥沼フィールドを目指して奥の森踏破に挑んでみたが、俺にもやらねばならない仕事があったのだ。
草を十五束刈りケダマ草を一袋集めると、まだ空も鮮やかな黄色の内に帰ることにした。
次の十日分の宿代は貯まった。目標の千マグも稼げた。無理せず早く帰る日を設けるのも大切なことだ。
ここでは休日という感覚がないのか、休める時に休むようだから、自分で管理しないとな。
甲羅を背負っているため、報告だけしてギルドを早々に退出する。
明るい内に戻れると気持ちに余裕ができるようだ。のんびり通りを眺めると、今日こそは多少だが異様な目で見られているように感じた。
世にも珍しいカメ族だと思ったか?
そんなものは居ないはずだ。
そういえば、そのままだと空洞が邪魔で幾つも持てないから、運びやすいよう上下に割り皿のように重ねて背負っている。たった十枚とはいえ、その厚みは結構なもんだ。……冗談でなく亀に見えてもおかしくないな。
前回よりも多いこれを、またストンリに押し付けるのも不憫というか不安だ。素材があると、何か作って貯めこむ癖があるらしいと発覚したからな。俺以外に木や殻装備なんか誰が買うんだと思うと申し訳ない気もする。
店内にあった木防具を思い出すと、俺だって木防具はちょっとな……。
何で嫌かって、強度の弱さから、どうしても分厚くなりがちらしいことだ。ぼてっとして動きを阻害されそうだった。
フルウッドアーマーなんて姿を想像しただけで、微妙な気分になることとは関係ない。決してない。
頼んじゃったものは、ありがたく使わせてもらうけどな。気が付けばストンリから伝言が届いていないかと、そわそわしている。
急な仕事が入って忙しそうだったから延びるかもしれないが、こうして商品を待つのは楽しいな。予約したゲームの受け取りを思い出して、苦い笑いが浮かんだ。
「よっお帰りタロウ。今日は亀だな」
「亀じゃねえよ。ただいまおっさん……随分と若返ったな?」
「目が悪いのか。俺っちは息子の方だよ。父ちゃんは家畜の世話に出てる」
へえ息子の方か……初めてまともに向かい合っただろうが。
一応は交代で仕事してんだな。おっさんは常に張り付いてるのかと思い始めていた。しかも畑だけでなく家畜もいるとは、実は結構なやり手?
それとも農地の人族の割り当てがあるとか? 出稼ぎで農地に来る人間は小作人のような扱いになるんだろうか。
そういえば、宿なんて営んでるから自分ちの畑と思い込んだが、王様がいるような世界の土地は売買できるのか?
「ええと、農地で働いてるわけじゃないよな」
「おめぇ……こうして宿屋を営んでるし、利用もしてるじゃないか」
盛大に呆れた目で節穴かと言わんばかりだが、本気で宿屋がメインだと思っているなら、そっちの方が驚きなんだが。
「うちは飯も出せる宿屋だぞ。最低限は自給できるよう、土地も確保するに決まってんだろ」
客がない大部分の日は、ただの自給自足生活じゃ……いやいや日本の現代の感覚で物を考えてはいけないな。一日で大陸間を超えられる技術などなければ、観光客が数ヵ月に一度泊まるくらいで普通なのかもしれない。
「ま、農地の方にも手伝いに行ってっけどな」
「そうなんだ……まあ世話になってるよ。ええと、エヌエンさん、か?」
「おっと、しょっちゅう父ちゃんと話してるし、会話も丸聞こえだから自己紹介した気になってたな」
まじかよ、だだ漏れかよ。家族団らんの部屋といったって、そこまで狭くないはず……まさか全員が壁の裏に潜んでんのか。
「シェファだ。ちなみに父ちゃんはキープ、母ちゃんはファムランな」
「あ、タロウです。どうも」
おっさんにも名前があったんだな。エヌエンは苗字か。そりゃそうか。
どっきりしすぎて用事を忘れるところだった。
甲羅の別の用途に思い至ったから持ち帰ったんだが、どうしよう。
シャリテイルに薪になると言われた時は冗談に聞こえたが、考えればこの街に電気だとか石油なんてものはなさそうだ。ランタンには植物油とかロウソクを使ってるようだし。この街しか知らないから、例えば王都とかなら、もっと良い物はあるかもな。
とにかく、おっさんが燃料をケチってると言ったのを思い出し、使うなら渡そうと思ったんだ。いつも世話になってるし、他にも使い道を知ってるかもしれないしな。
今は若い方のおっさんだが、目を合わせる。
「薪にいらないか?」
背負っていた甲羅を示しながら言ってみた。
シェファの目がきらりと光った。
ほう、脈ありか。
「薪を仕入れるのも大変だからな。買おうじゃないか」
「えっ、いや貰ってくれるだけで」
「馬鹿いうな仕事は仕事だ! 子供の小遣い程度の金にしかならないけどそこは勘弁な!」
またそのパターンかよ。しかし本当に息子なのか?
「なんだよ。じろじろ見やがって」
「いやあ、怒り方もおっさんそっくりだなーって」
「ふざけてんのか!」
顔を真っ赤にして乗り出したシェファから体を引く。
怒ってるというよりも照れてるなこれ。こっちの奴らは年齢が分かり辛いが、この様子だと年下そうだ。俺もこういうのは嫌だったよな……思春期の気まずい時期のことなど思い出したくはない。
「ごめん、ふと思っただけで、からかったんじゃない。それで甲羅なんだが、本物の薪ほどのものじゃないだろ? たまたま拾って少ないしさ。ただ、シェファに聞いていいのか?」
「もちろん、俺っちの仕事だからこそ提案してんだよ」
腕組みしてヘソを曲げている姿もおっさんに似ているが、なだめて詳細を聞くことにする。
今までは右も左も分からなすぎて、言われるがまま受け取ってきた。親切な人ばかりだったから痛い目には合ってないが、代わりに良くしてもらいすぎていると思うと落ち着かない。
少しは交渉してみたいし、相手も多分、俺にはちょうど良いんじゃないか?
おっさん相手だったら、とっくに押し切られているだろう。
「鍛冶屋じゃあるまいし、そんなに立派な薪はいらないんだ。畑周辺の枝や落ち葉拾ったりゴミを燃やしてっから、そいつなら上等だよ」
「なら余計に無駄遣いじゃないのか」
「拾って回るのも時間かかるんだよ。畑や家畜の世話ならまだしも、ゴミ拾いだって思うと、やる気だだ下がりだぞ?」
ああ雑用を押し付けたいわけか。そう言われれば理解できるような腑に落ちないような……。
「それにな、そいつは既に乾燥してっから使いやすいんだよ」
「ほーそうなんだ」
「だがあまり拾ってくる奴もいないし、相場がないんでな。500マグでどうだ。大抵のちょっとした雑用は500で片づけてんだよ、この街はな」
なんだと……だからフラフィエも500マグを報酬額にしたのか。ストンリに依頼した防具も、とりあえず500って感じだった。これまでのあれこれが氷解。
俺は、そんな無いよりはマシ程度の額に翻弄されていたのかよ……。
『タロウはマメチシキをてにいれた。知力値が1あがった!』
ゲームならこんな場面な気分だったわ。
しかし納得できるかと言えばノーだ。
「高すぎる。魔物のマグも入手してるし、倒したついでなんだから一つ1マグでも十分だ。十個分あるんだぞ」
「やる気のない額だな。なら300に下げるぞ」
「どうせ拾いもんなんだから思い切って値切っておけよ。よし一つ10マグ、合わせて100マグならどうだ。十倍だぞ!」
シェファの呆れる顔に手応えを感じた。どうだ、勝ったろ。
「分かった分かった、もうそれでいいからさ? 便所の近くに置き場があんだ。そこまで運んでくれっか」
「それくらいお安い御用だ」
どうよ、俺にかかれば交渉だってこんなもんだぜ。こいつ面倒くせえといった空気を気にしてはいけない。
俺でも安値と思える額まで下げて、納得してもらえた事実が重要だ。地道な成功体験を重ねるのだよ。どうせなら、もっと良いもん拾えるようになってから威張りたいしな。
こっちだと言って裏手へ歩き出していたシェファを追う。わざわざ薪置き場へ連れてってくれるようだ。遠いの?
宿の周辺は、大通り側と裏の井戸しか見ていない。
両サイドの内の片方は別の家だけど、逆側は私道というか。住人でもないのに通るのは気が引けるような細さで、その路地を挟んだ北は民家もまばらだ。倉庫らしき掘っ立て小屋が増えるし、放牧地側の資材置き場なのかもしれない。
井戸から路地の方へ進むと、低木を挟んだ奥に小屋があった。
なるほど一見分かり辛いな。学校の中庭なんかにあるプレハブ倉庫というか、掃除道具置き場を思い出した。その小屋の裏手にも、まばらに低木が立ち並ぶ。
細い通り道はやや下りながら延びていて、その先には東側の畑と、広々とした草地が目に入った。
「あそこに見える畑がうちのだ。すぐ側に家畜小屋があるとこな」
言われてみればボロそうな小屋と、細かく区切られたような畑が見える。とはいえ、どこもそんな所ばかりに見えるため、ひとまず頷いておく。
この宿、本当に大通りの端っこの店になるんだな。
東側はほとんど放牧地に見えたが、柵を囲むように畑も連なっているらしい。そっか、おっさん達はこっち側で働いてんだな。
改めて宿へと戻り、マグ読み取り器に設定された100マグの数値を確認すると、俺は報酬を受け取った。
「手間かけたな」
「俺っちは大助かりだからな、いつでも持ち込んでくれ」
あっと、もう一つ用事があった。
「これからは晩飯も頼みたいんだけど、今晩はさすがに無理か?」
未だ朝昼の二食でしのいでいたのだ。だが我慢せず、朝昼晩と食うことにした。
どのみち、謎の木の実も残り少ない。ここらで生活を切り替えるべきだろう。
そうさ、飯は力の源。
飯こそ、パワー……
「ぶつぶつ言われると怖いよ」
「あ、声に出てましたか」
変な宗教に目覚めたようだ。布教はしないけど!
「なんで初めにそれ言わないんだ? だったら薪代と飯を交換でも良かったんだけどな」
「あ」
やはり、どこか俺は抜けている。
「ま、まあ、同じだけ拾えるとは限らないからな」
「そりゃそうだけど。その様子だと次も泊まってくれそうだな」
先の話ではあるが、次の十日分も確保はできてる。
「次回更新どころか、まだまだ世話になるつもりだ」
拠点は滅多に変えるもんじゃないだろ。それに、住まいがどうのと思い悩むのからは、しばらく解放されたいんだよ!
「薪、頼むわ」
「おう、任せろ」
ニッと笑うシェファに、俺も不敵なつもりの笑みを返した。
◇
昨日の交渉を思い出しながら、こっちの物価に疎い俺が挑むのは早すぎたと気付く。そこで改めて、こちらの通貨について思いを馳せていた。
実はこの世界にも、マグタグを利用した電子マネーのようなものだけでなく、硬貨らしきものが存在する。五百円玉サイズの、丸く平べったい水晶もどきだ。
うん、単にタグが丸くなっただけだな。
ただしこのマグ硬貨は、タグと違い個人認証を施さないものだ。うっすらとマグは込められているが、それ自体を抽出して利用するものではない。
しかしタグのように一財産を込められるようなものだと、一般の住人は利用しづらいらしい。
例えば、八百屋で大根とか駄菓子屋で五円のチョコを買うのに、一々クレジットカードだとか使ったりしないもんな。いやこの場合はSUIなんたらカード?
それ自体に価値の薄い鉱物、といっていいか分からんが、マグ水晶が利用されているのは不思議だ。ジェッテブルク山でも採掘しているらしいが、鉱山は各地にあるらしい。逆に安定供給できるからこそ、利用を決めたのかもしれない。
この街は、冒険者の比重が高いからタグでなんでも買えるようにしてあると聞いた。
「このちっこいタグに、よくもあれだけのマグが取り込めるもんだ」
一応は内蔵量にリミットはあるが、高ランク者でもない限りオーバーすることなどないらしい。普通に使ってる分には、無限のようなもんってことだ。
このマグタグってのは、思ったよりすごいらしい。
よく、いつ辞めるともしれないと思った俺に貸し出してくれたと大枝嬢には改めて感謝したい。と思ったが、規則だったようだ。
落としても、個人認証処理を施しているから誰かに使いこまれることもない。処理には本人の魔素を外殻に記憶させているようだ。
まあ、盗まれて使い込まれる心配はなくとも、失くすことはありうる。
激しい戦闘の末にとか、酔っぱらってとか、ええと……まあ冒険者には危険が一杯だからな。
そのためギルドでは、ある程度稼げるようになった連中に、分割して保管することを推奨しているのだそうだ。タグのロストが人生ロストになりかねないしな。
保管用の水晶を購入して自宅に置くのでもいいが、ギルドにも保管サービスはある。ありがたいお知らせである。
自宅に置くメリットは、職員に頼む手間が省けたり、誰にも残高を知られずに済むなどあるだろう。
ただしマグ読み取り器とセットで購入しなければならないが、どうもそっちは高額らしい。さすがに国が管理しているのか、登録者にしか使用できないようになっているとか。簡単に書き換えできると大問題だよな。それに当然のことながら、何か理由があって失えば何の保証もない。
ギルドを利用するなら、毎月定額の手数料を払えば良いらしい。
もしギルドに何かしらの被害があった場合は、他のギルド支部や国と相談して保証することになるとか。
稼ぎの少ない低ランク冒険者たちには、断然こちらがお勧めのプランだな。入出金の手数料がない代わりに、口座維持費というか貸金庫の場所代金というかを払うだけなら安いもんだろう。
そんな売り込み文句の数々を、俺は心躍らせながら大枝嬢から聞いていた。
半ば現実逃避である。
「タロウさんも、最近の活動ぶりは文句なく低ランク冒険者らしいと言えますからネ。今後も、出来うる限りの支援をさせていただきますヨ」
「はい、ぜひご期待に添えるよう今後も研鑽を積み、保管できるだけの余分を稼いできます!」
大枝嬢は、ぐにゃりとした笑顔から一転して、ウロの目を吊り上げた。
「その心意気でス。だからってタロウさん、難度の高い中ランクの沼地まで向かうなんて、とんでもないことでス!」
「は、はい……ごめんなさい」
泥でゴワゴワに固まった自分の姿を見下ろし、憂鬱になる。臭いのだ。
そう、とうとう俺は沼地へと到達したのだった。
それはまだ午前中も半ばだった。
四脚ケダマのグループと戦いながら奥の森を踏破する、なんてことは即座に諦め、魔物の少ない草原側からコソコソと入り込んでみたのだ。
記憶の地図から、森を通るよりは近いだろうと、おおよその目星をつけていた。
「目論見通りだな」
少し離れてみたそこは、暗い茶色の地面が広がっているようだった。
落ち葉が適度に散らばり、知らずに歩いていたら、ただのぬかるみと考える内に深みに嵌ってしまっていただろう。
そこに沼があるはずと考えながら歩いていたから、木々の合間に忽然と現れた広場を不審に思ったのだ。
湿った臭いに、奥の森の奥地よりも植物が枯れたような雰囲気。
「これは間違いない」
辺りを見回しつつ、そろそろと近付いた。
足元がぬるっとしてきた辺りで止まり、木の陰から覗いただけだ。
別に、強い敵と戦いたかったわけではない。俺よりも強い奴らと戦いたいなんてバトルジャンキーの気は微塵もないのだ。俺より強い奴って居すぎだけどよ。
どちらかというと、マッピングしたい欲求の方が強い。覗いて確認できたら満足できるはずだった。
そりゃね、固有の魔物は見たかったですよ?
ああそうさ、やけに静かだからってワクワクと目を輝かせながら、幹に張り付いて沼の様子を伺ってたのさ。
「ブニャウ!」
「ぎゃああ!」
ゴボッとした音が背後から聞こえたかと思うと、足に強い衝撃を受け、次には地面に這いつくばっていた。
慌てて首を向けると、盛り上がった土の跡があり、その先が割れている。魔物は湿地に潜んで移動するらしいと知った。
静かだと思ったら、そういうことかよ!
ずるずると引っぱられる力に現実へも引きずり戻される。慌てて足に取り付いている奴を見てギョッとした。
「は、はなせこの魚野郎!」
間抜けた顔つきの魚が足に食らいついていた。レベル10の魔物、フナッチだ。
口先に向けてやや尖った感じではあるが、頭の上が盛り上がっていて肉々しい。
お前顔でけーよ。体長は俺の半分はありそうだし、横幅がある分かなりでぶって見えた。
今は口の先端が俺のズボンを咥えている。幸いにも歯は布に引っかかり足自体は無事だ。
だがシーラカンスのようなヒレが、その状態で俺ごと移動していた。
なんて力だ!
呆然として思わず見入ってしまったが、そんな場合か!
逃げようと掴んだ低木の枝が折れた。その枝を掴んだまま俺は、ぐずぐずに緩んだ土の上を引き摺られていく。
「ぶべべぶぶぶっ!」
臭ぇ! 泥臭ぇよ!
沼に生き埋めとか齧られて死ぬより嫌だよ!
よし応戦だ。剣を落としてるうう!
地面を掴んでも指の跡ができるだけだ。
枝! 枝を地面に刺せば……また折れたあああ!
焦って真っ白になりそうな気持ちをのみこんで、もう一度振り返ってよく見る。
ズボンに食いついて引き摺られていく内に、裾はブーツから外に出てしまっていた。泥が靴に入り込み気持ちが悪い。
キモ魚の背後には、見るからに柔らかそうな地面が刻々と迫っている。どうしよう、どうする、どうこの窮地を抜け出すのか、よく観察しろ!
顔に比べると小さめの、への字で食いしばっている口は、ものすごく頑張ってる感を演出している。
知らずにはたから見ていれば、思わず応援してあげたくなるかもしれない。
そこから覗く歯は長い牙ではなく、ぎさぎざとしていて鋸のようだ。
食いついているのは、口の中ほどでだ。変に力を入れているからか、口の両端が下がって、隙間が空いている!
一か八か――。
緊張しすぎて、握りしめた枝が手放せないでいた。腹筋に力を入れると、上半身を思い切り魚野郎の口まで引き寄せる。
同時に、折れて鋭く尖っている枝を口の中に突き入れた。
「フニギャッ!」
分厚く丸っこい唇の内から顎に向けて枝は貫通した。今の内だと、食いつかれていない方の脚で濁った目玉に蹴りを入れる。柔らかいんだろうが、弾力はケダマ以上だ。
必死に何度か蹴っていると、良い角度で踵が入り目玉を抉った。
「うおえええ!」
気色悪い感覚を想像上の棚の上に乗せて、倒すことに集中する。目から赤いマグが血のように流れ出しているが、即死とはいかない。
レベルが二桁に入ると、体力も上がるが生命力もそこそこ意味を持ってくる。
命尽きるまで待っていたら、こっちが先に沼に落ちちまう。
し、仕方がない。
「な、なんまんだぶー!」
魔物の傷に向けて、思い切り足を突きこむ。
ぐちょり。
俺は、勝った。
「こ、腰が抜けた……」
這いずりながら沼の中心から遠ざかる情けなさマックスの俺。
いや違う。他の敵を警戒して、匍匐で撤退中なのだよ。
……戦いには勝ったが、気分は負け戦だ。
こうして俺は、泥沼フィールドの探索を終了して戻った。
全身が重いし臭いし動き辛いしで、のろいツタンカメン相手とすら満足に戦える気がしなかったからな。それに、街の中を汚しそうで、乾くまで大人しく草刈りに励んでいたのだ。
その後、大枝嬢にこってり絞られた後に、もしもの時の安心プランの講義を受けていたというわけだった。
「いえ本当に。ちょっと見てみたかっただけなんです」
しばらくは自重しますと言って、とぼとぼと宿へ戻った。
全身を泥で固めたままで草刈りするのはしんどかったんだ。本気で。
さすがに、二度は御免だよ。
洗濯は普通の石鹸でも十分だったが、固まっていたからな。水に浸して緩めた後に洗うことになったが、ぼうっと座って桶を眺めていると、おっさんが無言で洗濯板を差し出してくれた。こんなところにもあるんだな洗濯板。
素手よりはマシだろうが、いつにも増して時間がかかったのは言うまでもない。
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