第30話 前略……


 優一はずいぶん前から、碧に恋愛感情を抱いていることを自覚していた。

 一緒に暮らすうちに、自分が碧を好きになっていることに気づく。

 最初はただ一緒に居るのが居心地いいだけだった。

 碧との暮らしは快適で、楽しい。

 それは碧がバイトを始めても変わらない。

 碧は優一の生活に影響を与えないよう、短時間のバイトを見つけてきた。

 そんな碧の気遣いが優一は嬉しい。

 自分に無償の愛を与えてくれる相手を好きにならないわけがなかった。

 それでも、優一は何度も自分の感情を否定する。

 一緒に暮らしたから好きになるなんて、あまりに安直だ。

 だが、人間の感情なんて案外単純らしい。

 否定すれば否定するほど、碧への気持ちは募った。

 逆に意識してしまう。

 碧に近づく人間は女にも男にも嫉妬を覚えた。

 自分のものなのに、勝手に触るなとイラつく。

 そこまで来て、とうとう優一は自分の気持ちを認めることにした。

 しかし認めたからといって、簡単に手を出せるわけがない。

 相手は天使だ。

 優一は迷う。

 自分が手を出したことによって、碧が墜ちることは望まなかった。

 碧は天使であることに誇りを持っている。

 優一は結衣にも相談した。

 結衣は話を聞いて呆れた顔をしたが、優一の気持ちを否定はしない。

 そんな気はしていたと、ただため息をついた。

 結衣に相談しながら、優一は少しずつ碧との距離を詰めていく。

 碧の気持ちを確認した。

 そうやって、やっと手を出す。

 勢いでやってしまったわけではなかった。

 だから後悔なんてしていない。

 子供が出来たかもしれないと聞いても、動揺はしなかった。

 碧を自分のもとに繋ぎとめるには、関係を持ち、子供を作るしかない。

 天使である碧がずっと人間界にいることが出来ないことくらい、優一にもわかっていた。

 いつか帰ると言い出すだろう。

 その時には、引き止めるつもりでいた。

 しかし、碧が簡単に納得しないこともわかっている。

 大変なことは覚悟していた。

 だが全て自分の思い通りにことが進む。

 父が天使だったことを知って以来、何故か優一の人生は順風満帆だ。

 そのことに優一は特別疑問を抱いていない。

 いろいろありすぎて、疑問を持つほど心に余裕がなかった。

 しかし、碧は違う。

 神様になった気分だと呟いた優一の一言を聞いて、とある可能性が脳裏を過ぎった。

 まさかと何度も自分の中で否定する。

 しかしその疑いは碧の中でどんどん膨らんでいった。

 天界にはもう長い間、神がいない。

 誰もその姿を見たことがなかった。

 だが伝説は伝えられている。

 神は天使でも堕天使でもない腹から生まれる。

 生まれた時は天使と良く似た姿をしているらしい。

 白い羽が背中に生えているそうだ。

 だが途中で、その羽は無くなる。

 人間と同じ姿で成長すると聞いた。

 それはそのまま優一に当てはまる。

 健一は身篭ったときは天使だったが、生む時には堕天使になっていた。

 どちらでもあり、どちらでもない腹から優一は生まれる。

(もしかして、優一は神なのか?)

 碧は心の中で自問自答した。

 だから、優一の思うように世界は廻り始めたのかもしれない。

 碧は混乱した。

 あまりに突拍子の無い自分の考えに、動揺する。

 だがそれを否定する事実が見当たらなかった。

 そんな碧の困惑に気づかず、優一は浮かれる。

「今度はオレたちが写真を撮って、父さんたちに送りつけよう」

 楽しげに悪戯を計画した。

 前略、家族になりましたと手紙を送るつもりらしい。

「……そうだな」

 碧は頷いた。

 上の空で返事をする。

「碧?」

 様子が可笑しいことに、ようやく優一は気づいた。

「どうかしたのか?」

 問いかける。

「……」

 碧は黙ったまま、優一を見つめた。

「もし……」

 迷いながら、口を開く。

「自分が神様になったら、優一は何がしたい?」

 尋ねた。

「神様になったら?」

 優一は笑う。

 突拍子のない話だと思った。

 天使が目の前にいるのに、神様は信じていない。

 突然、そんな話を始めた碧を不思議そうに見た。

「何で突然、そんなことを聞くの?」

 尋ねる。

「さっき、神様にでもなったみたいだって笑っただろ? 優一がもし神様だったら、この世はどんな世界になるのだろうと気になったんだ」

 碧は説明した。

 優一が神様かもしれないと思ったことは、話さない。

「何もしない」

 優一は答えた。

「オレが神様だったら、何もしない、何も変えない。だって、この世がどんな結末を迎えようと、それは人間自身の責任だ。誰かが肩代わりできるものじゃない」

 そう呟く。

「冷たいんだな。神様になったら、世界から戦争もなくすことも、飢えて死ぬ人を救うことも出来るかもしれないんだぞ」

 碧は苦く笑った。

「本当にそう思う?」

 優一は真顔で問いかける。

「人類はこの世に誕生して以来、争わすに生きてきたことなんて一時もない。どこかで起きた戦争を止めても、他のところで別の争いが始まる。人類が本当の意味で一つになるためには、地球外から侵略者とかが現れて、みんなで地球を守るという状況にでもならないと無理かもね。敵がいないと、人間は助け合えない。だから人間はいつも自分の敵を無意識に探しているのかもしれない」

 ため息をついた。

「悲しい話だな」

 碧は呟く。

「そうだね」

 優一は頷いた。

「みんなが自分の大切な人の幸せをただ願えば、それで世の中は平和になるのかもしれないのにね」

 苦く笑う。

 その笑顔は悲しそうに見えた。

「優一はどうなんだ?」

 碧は問いかける。

「オレは願っているよ」

 優一は答えた。

「自分の大切な家族の幸せを」

 微笑む。

「その中には碧も入っている」

 少し照れた顔をした。

(優一は神様かもしれない)

 碧は心の中で呟く。

 だが優一は、自分が神になることなんて望まないだろう。

 むしろ、自分が神かもしれないと知ったら、自分が神ではない世界を望むかもしれない。

 碧は何故長い間、天界に神がいないのか理由がわかった気がした。

 神は自分が存在することを望まないものなのかもしれない。

「碧?」

 優一は呼びかけた。

 難しい顔をしている碧を不思議そうに見る。

「何でもない」

 碧は首を横に振った。

 自分の中に浮かんだ考えは誰にも打ち明けないことを決める。

 それが一番いいと思った。

「帰ったら、写真を撮りにいこう」

 話題を変えるように言う。

 優一の悪戯に乗ることにした。

 優一が神様なら、どうせ優一の思うようになるだろう。

「オレのものになる覚悟が出来たの?」

 優一は嬉しそうな顔をする。

「ああ、家族になろう」

 碧は頷いた。






 数日後、健一のところに優一から手紙が届く。

 そこには一枚の写真が入っていた。

 写真には優一と碧が写っている。

 裏返すと、”家族になりました”と書いてあった。

 それがどういう意味なのか、健一にわからないはずがない。

 健一は裕二と結衣にもその写真を見せた。

「まあ、そうなるよね」

 結衣は苦く笑う。

「みんなで家族になれば、いいんじゃない?」

 自分たちで撮った家族写真の隣にその写真を並べる。

 今後も家族写真は増えていくだろうと思った。

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前略、家族になりました。 @miraisatuki

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