第29話 ホテル

 碧は普通のホテルに優一は向かうと思っていた。

 しかし、優一はわざといかにもなラブホテルを選ぶ。

 こういう時、成人しているといろいろと便利だなと思った。

 たいていの場合、咎められない。

 車のまま入れるそのホテルは、利用者の性別は問わなかった。

 男同士に見えるが、何も言われない。

 優一は部屋を選び、料金を払った。

 碧は初めて見るホテルを物珍しそうにきょろきょろと眺めている。

 それは部屋の中に入っても変わらなかった。

 普通のホテルよりいろいろあって面白い。

 そんな碧を部屋に入った瞬間、優一は部屋の真ん中にどどんと置かれているベッドの上に押し倒した。

 上から覆い被さってくる優一を碧は困った顔で見上げる。

「……これはなんなんだ?」

 眉をしかめた。

「話し合うためにホテルに入ったんじゃないのか?」

 問いかける。

「男のそんな言葉、素直に信じたら痛い目を見るよ」

 優一は教えた。

「自分の子供を生めと言っている男とホテルに入るんだから、もっと警戒しなくちゃ」

 諭す。

 行動はともかく、口にする言葉は尤もだ。

「わかった」

 碧は頷く。

「優一が正しい」

 認めた。

「だから、もう退いてくれ」

 頼む。

 覆い被さっている優一の身体は重く、押し返そうとしてもびくともしない。

 碧は身動きもできなかった。

「それは無理」

 優一は穏やかな声で断る。

「今から、試そう」

 囁いた。

「何を?」

 碧は尋ねる。

「碧がオレで欲情するか、しないか」

 優一は答えた。

「そんなこと……」

 碧は困惑する。

「欲情しなかったら、素直に諦める。でも欲情したら、オレの子供を生んでよ」

 優一は取引を持ちかけた。

「また取れ引きか?」

 碧は呆れる。

「そんなの、ずるい」

 怒った。

「欲情するって認めるの?」

 優一は問いかける。

「欲情なんてしない」

 碧は言い切った。

 強がっているわけではない。

 本当にそう信じていた。

 天使は欲情しない。

「じゃあ、確かめてみよう」

 優一はにこっと笑った。

 碧の意見なんて、聞く気はない。

 強引にことを進めた。






 優一は碧の服を脱がせた。

 それが何故か楽しそうに見えて、碧は困惑する。

 いろんな意味で、抵抗は諦めた。

 優一の好きにさせる。

「このままでいいのか?」

 ただ一言、問いかけた。

「何の話?」

 優一は尋ねる。

「女の姿にならなくていいのかと聞いている」

 碧は答えた。

「ああ、そういうことか」

 優一は納得する。

「なんかもう、男とか女とかどうでもいい。天使とSEXするというハードルに比べたら、性別なんて些細なことのような気がしてきた」

 苦く笑う。

「このままでも身篭れるんでしょ?」

 尋ねた。

「ああ」

 碧は頷く。

「そもそも、私は男でも女でもないしな。両方とも持ち合わせている」

 男に見えるが、碧は男ではない。

 その証拠のように、胸は心持ち膨らんでいた。

 父がまったく胸が無いのと違い、碧の胸は僅かだが膨らみがある。

「聞いてもいい?」

 優一は囁いた。

「何だ?」

 碧は問う。

「胸、少しあるよね?」

 優一の手が碧の胸を掴む。

 軽く揉んだ。

「あっ」

 碧は戸惑ったように声を上げる。

「それは……」

 困った顔をした。

「健一と違い、私は自分の外見(性別)を変えられる。そのせいなのか、女に化けてもどこか男性的なところが残るし、男のままでもどこかに女性的な名残が残る。だから微かに膨らみがあるんだ」

 説明するのがなんだか恥ずかしい。

 珍しく、顔を赤くした。

 照れる碧を優一は初めて見る。

「何、それ。可愛い」

 優一のテンションは上がった。

 唐突に胸に吸い付く。

 乳首を口に含まれ、碧は戸惑った。

 そのまま愛撫され、悶える。

 思いの他、優一は巧みだった。

 碧は身体の奥がかあっと熱くなるのを感じる。

 そんな感覚は初めてだった。

「なんで慣れているんだか?」

 困惑する。

「まあ、それなりに」

 優一は言葉を濁した。

 苦く笑う。

「まさか、童貞だと思っていたわけじゃないよね?」

 問いかけた。

「それは思っていない」

 碧は首を横に振る。

「彼女が居たのは知っている」

 そう答えた。

 碧は優一の成長をずっと天界から見ていたので、彼女がいたのも見ている。

 だがさすがに恋人とのデートを覗き見するのは気まずくて、優一が女と居るときは見ないように気を遣っていた。

 なので、実際に優一が女とSEXしている姿は見ていない。

(彼女以外ともやったことあるけど、それは黙っていた方が良さそうだな)

 優一は心の中で呟いた。

「安心して、身を委ねていいよ。オレ、そこそこ上手いみたいだから」

 そんなことを言う。

「それはそれでなんか嫌だ」

 碧は唇を尖らせた。

 拗ねた顔をする。

 それが妙に可愛くて、尖らせた唇に優一はチュッとキスをした。

 碧は天使なので性別はない。

 だが、見た目は男そのものだ。

 それなのに可愛く見える自分が優一は痛々しい。

 だが外見ではなく、中身が碧は可愛らしかった。

 少なくとも、性別なんてどうでもいいと思うくらい好きだし、大切な存在になっている。

 男だとか女だとか、そういうことはたいした問題ではないんだと気づいた。

 碧とSEXすることに意味があるから、女に化けてもらっても嬉しくはない。

 女になった碧は、碧であって碧ではない。

 いつもの姿が良かった。

「妬いているの? 可愛いね」

 優一は笑う。

「碧がずっと一緒に居てくれるなら、他の相手とはしないよ」

 約束した。

「そんなことは望んでいない」

 碧はぷいっとそっぽを向く。

 困った顔をした。

「うん。オレが勝手にそう決めているだけだけどね」

 優一は囁く。

 碧に責任を負わせるつもりはなかった。

 責めはすべて自分ひとりが受ければいい。

「だから諦めて、オレのものになって」

 囁いた。

 ちらりと碧の股間に目を向ける。

 そこは明らかに昂ぶりを示していた。

「これって、オレに欲情しているってことだよね?」

 碧に問いかける。

 股間を優一の手が撫でた。

「……違う」

 碧は否定する。

 だがその否定は弱々しかった。

 自分でもよくわからない。

「わからないなら、わかるまで考えて」

 優一は囁いた。






 優一の手は碧の身体のいたるところを弄った。

 撫でられ、舐められ、時折噛み付かれ。

 碧は快楽に流される。

 優一は巧みで、初めて与えられる快感に碧は抗う術を知らなかった。

 こんなSEXは初めてだ。

 快楽に翻弄されている間に、気づいたら優一の男性器は碧の女性器の中に入り込んでいる。

 どくんどくん。

 自分の中で優一の男性器が脈打つのを碧は感じた。

 困惑している碧の手を優一は自分の身体に廻させる。

 碧は優一に縋りついた。

 どうしたらいいのかわからないまま、優一の男性器が自分の中に精子を放つ。

 熱い迸りを感じた。

 それが自分の中で身を結んだことが碧にはわかる。

 子宮の中に命の揺らめきを感じ取った。

 たった一度のSEXで、碧は身篭る。

 それは繁殖に適さない天使にとっては奇跡的なことだ。

 何より、碧は初めて快感というものを知る。

 繁殖のために女に化けてSEXしたことはあったが、性別を変えぬままやったのは初めてだ。今までとは全く感覚が違う。

 それは相手が優一だからなのか、それとも男でも女でもない自分のままだからなのか、碧にもわからない。

 ただ、後戻りできない場所に自分が踏み込んだことだけは確かだ。

「何でこんなことに……」

 碧は後悔を口にする。

 ベッドに横たわったまま、独り言のように呟いた。

 健一や裕二に申し訳なく思う。

 後ろめたかった。

「男とSEXする趣味はないって言っていたのに」

 恨みがましく優一を見る。

 優一は碧の隣に横たわって、ニコニコと笑っていた。

 機嫌がいい。

 手を伸ばし、優しく碧の髪を撫でた。

「碧は男ではないだろ?」

 小さく笑う。

「詭弁だな」

 碧は鼻で笑った。

「確かに女性器も持ち合わせているが、見た目はほとんど男だろう?」

 自分の身体を見る。

「天使と人間の間にあるハードルに比べたら、男だとか女だとかは些細なことだと思わないか? 碧は何をそんなに拘っているの?」

 優一は逆に尋ねた。

「健一や裕二に申し訳ない。結衣もきっと怒るだろう」

 碧は優一の家族の反応を気にする。

 ため息をついた。

 頻繁に顔を合わせているうちに、碧は優一の家族とも親密になる。

 嫌われたくはなかった。

「人間界で暮らして半年以上経つと、天使も人間くさくなるんだね」

 優一は笑う。

「一緒に暮らし始めた頃は他人の感情なんて、気にしなかったのに」

 碧を見た。

「そういえば……」

 言われて、碧はそのことに気づく。

「天界にいた時は人間の気持ちなんて気にしたことなかった」

 大きく頷いた。

「一緒に暮らすうちに、碧はどんどん人間っぽくなっているんだよ」

 優一は囁く。

「……」

 碧は困った顔をした。

「可愛い」

 優一はくすっと笑う。

 また碧の頭を撫でた。

「私の方が年上だ」

 子供みたいに扱われて、碧は不満な顔をする。

「この世界で生活しているのは、オレの方が長いよ」

 優一はそんなことを言って、笑った。

「諦めてオレのものになって、家族になろう」

 甘く囁く。

「家族……」

 碧は呟いた。

 それは自分には関係のない言葉だとずっと思っていた。

「そう。碧とオレと生まれてくる子供と」

 優一は微笑む。

 楽しげに笑った。

「……もう、家族になってしまった」

 碧はぼそっと呟く。

「え?」

 優一は驚いた。

「だぶん、私の腹には優一の子供がいる」

 碧はそっと自分の腹を手で撫でる。

「えっ? 一回で?」

 優一は信じられないという顔をした。

「……たぶん」

 碧は頷く。

 碧も身篭ったのは初めてだ。

 だから確証はない。

 だが確かに自分の腹の中に、自分ではない命の煌きを感じていた。

「凄いな、オレ」

 思わず、優一は自分を誉める。

「100発100中じゃん」

 笑った。

「笑い事じゃない」

 碧は怒る。

「今まで、よく父親にならずに生きてきたな」

 妙な感心をした。

「そりゃあ、中に出したりはしないから」

 優一は苦く笑う。

「彼女がいたのは大学生の頃だしね。その時、いろいろ面倒だなって思ったから、社会人になってからは彼女を作るつもりはなかった」

 説明した。

「意外と酷い男だな」

 碧は呆れる。

「うん。自分でもそう思う」

 優一は認めた。

「恋愛に向いていないと思うし、恋愛するのは面倒だとも思っている。女って強かで計算高くて怖い生き物だ」

 正直に打ち明ける。

「そもそも、女が好きじゃないんじゃないか?」

 碧にはそう聞こえた。

「それ、よく友達にも言われた。本当は女が嫌いなんじゃないかって」

 優一は頷く。

「でも、だからといって男がいいとも思っていない。人間っていう生き物がそれほど好きじゃないのかもしれない。だから、天使がいいのかな?」

 真顔で碧を見た。

「……」

 碧は複雑な顔をする。

「天使がいるなんて、半年前まで信じていなかったくせに」

 いい加減なことを言うなと優一を叱った。

「わからないよ。無意識のうちに何かを感じ取っていたのかもしれない」

 優一は尤もそうなことを言う。

「なんでそんなに冷静なんだ?」

 碧は不思議そうに優一を見た。

 妙に落ち着いていることが気になる。

「そう? けっこう浮かれているよ」

 優一は笑った。

「碧とSEXしてしまったら、もっと気まずくなると思った。少しは後悔することもあるかもしれないと。それが全くないから、浮かれている」

 楽しげに説明する。

「こんなことなら、もっと早く手を出せば良かった」

 そんなことを言った。

「そうじゃない」

 碧は首を横に振る。

「子供が出来たと聞いたら、動揺すると思った」

 ぼそっと呟いた。

「何で動揺するんだ? 最初から、子供を作るつもりでSEXしているのに」

 優一は笑う。

 最初からそういう流れだった。

 天界に帰したくないから子供を作ると言われたことを碧は思い出す。

「全部優一の希望通りにことが進んでいるんだな」

 思わず、呟いた。

「そうだね。まるで、オレが神様になったみたいだ」

 優一は笑う。

 世界が自分の思い通りに廻っている気がした。

「……」

 その言葉を聞いて、碧は衝撃を受ける。

「……そうだな」

 複雑な顔をした。

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