第27話 出産

 それからの月日はあっという間に過ぎた。

 在宅で仕事をしていた健一は大きくなるお腹を隠しつつ、生活する。

 日常生活は結衣がいろんな面でフォローした。

 健一の言葉通り、その腹はさほど大きくなることはなく、思いの他目立たない。

 なんとか周囲にばれることなく、臨月を迎えた。

 碧が手配した産院に入院する。

 もう直ぐ生まれそうだという連絡を受けて、優一は碧と共に車で産院に駆けつけた。

 そこにはすでに結衣が来ている。

 赤ん坊の父親である裕二は、どうしても仕事が抜けられないらしく遅れていた。

 そんなことを話していると健一の出産が始まる。

 それは分娩室ではなく、入院している個室の病室で行われた。

 人間の出産とは全く違う。

 陣痛に苦しむ健一の身体はゆっくりと宙に浮かんだ。

 普段は人間に化けているが、元の姿に戻る。

 優一は初めて父の本当の姿を見た。

 頭には二本の角が生え、背中の羽は黒い。

 容姿そのものは悪魔と言うより天使のイメージに近いが、頭に生えた角と黒い羽が、堕天したことを如実に物語っている。

 健一の身体は薄っすらと光を放ち始めた。

 その光はいつしか腹の辺りで丸い球を作る。

 最初はピンポン球程度だった光の球は徐々に大きくなった。

 その光の中に、赤子の姿が見える。

 光の球が大きくなると共に、赤ん坊の姿もはっきりした。

 赤ん坊は光の球の中で成長している。

 人間の子供なら生後1~2ヶ月程度の大きさになると成長を止めた。

 輝きを放っていた光は失われ、白い羽でぱたぱたと宙に浮く。

 天使がどんな生まれ方をするか知っている産院は、健一をあえて分娩室には運ばなかった。

 産婆や助産婦も付き添わない。

 光の球となって生まれてくる天使に、出産の手助けは必要ない。

「おいで」

 いつの間にかベッドの上に戻っていた健一は身を起こした。

 両手を広げる。

 赤ん坊はその腕の中に治まった。

 抱かれて、安心する。

 健一の胸にクンクンと顔を寄せた。

 服の上から乳首を探す。

「お腹が空いているのかい?」

 健一はそう言うと、胸を出した。

 その胸はほぼ盛り上がりがない。

 男の胸そのままだった。

 だが、乳首だけが気持ち大きくなっている。

 赤ん坊はその乳首に吸い付いた。

「んくっ。んくっ」

 声を洩らしながら、母乳を飲む。

 そんなわが子を健一は愛しげに見つめた。

 赤ん坊はすでに目も見えるようで、健一の眼差しに気づく。

 乳首を咥えたままにこっと笑った。

 そんな二人の様子に、優一はいろんな意味で衝撃を受ける。

「ちょっと、外の空気を吸ってくる」

 ふらふらと病室を出た。

「大丈夫?」

 優一の後を追いかけて、結衣も病室を出る。

 手で口元を押さえている優一に声をかけた。

「……大丈夫」

 優一は大丈夫では無さそうな声で答える。

 その顔は青ざめていた。

「どうしたの?」

 ショックを受けている優一に結衣は尋ねる。

 何がそんなにショックなのか、よくわからなかった。

「父さんが妊娠しているのは理解しているつもりだったんだけど……」

 優一は呟く。

 あの後も一月に一回は優一は碧と共に帰省した。

 新幹線は割高なので、車を借りる。

 妊娠でナーバスになっている健一が会いたがるので、顔を見せた。

 会う度に、健一の腹は大きくなる。

 本当に父が出産することを、優一は現実として思い知らされた。

 だから、覚悟は出来ているつもりでいた。

 人間と比べたら光の球として生まれてくる分、出血することなどもなく衝撃も少ない。

 しかし、健一の授乳シーンはなかなかのインパクトがあった。

 父が本当に父ではなく、母であることを実感する。

「父さんのおっぱいを赤ん坊が飲んでいるのはシュールすぎる」

 独り言のように呟いた。

「ショックなのはそこなの?」

 結衣は笑った。

「自分だってママのおっぱいを飲んで育ったのに」

 くすっと笑い声を上げる。

 結衣は健一の授乳シーンを見慣れていた。

 優一がおっぱいを飲んでいるところは何度も見たことがある。

 気になって、自分もこっそり飲ませてもらったこともあった。

 母親を知らない結衣にとって、おっぱいを飲ませてくれた健一はその時から本当の意味でママになる。

「そんな赤ん坊の頃の記憶なんて、ないから」

 ノーカウントだと言うように、優一は首を横に振った。

「優ちゃんは覚えていなくても、私は覚えているよ」

 結衣は微笑む。

「ちなみに、優ちゃんのオムツを換えたこともあるから」

 からかった。

「そういうこと言うのは、本当に止めて」

 優一は凹む。

 恥ずかしくて居たたまれない。

 そこに仕事を終えて裕二が駆け込んできた。

「結衣、優一!!」

 大きな声が廊下の端から二人を呼ぶ。

「しーっ」

 結衣は口の前で指を立てた。

 ここは病院だ。

 静かにしなければいけない。

 それを見て、裕二ははっとする。

 走りかけていたのを止めて、歩いて二人に近づいた。

「子供は?」

 流行る気持ちを押さえて、問いかける。

「無事に生まれたわ」

 結衣は答えた。

「男の子よ」

 教える。

「そうか」

 裕二は嬉しそうな顔をした。

 結衣と優一を残して病室に入る。

 その姿は病室のドアの窓から見えた。

 裕二は部屋に入ると、一番最初に健一にキスをする。

 触れるだけのキスではなく、がっちりと唇を重ねた。

 廊下から子供たちに見られているなんて、考えもしないのだろう。

「……」

「……」

 結衣と優一は複雑な顔をした。

「父さんたちってバカップルなの?」

 ぼそっと優一は尋ねる。

「ええ」

 結衣は頷いた。

「しょっちゅうキスしたりハグしたりそのほか諸々しているわよ。世間一般から迷惑がられるバカップルね」

 苦く笑う。

「まあ、家の中だけだから私が被害を受けるだけだけど」

 小さく肩を竦めた。

「むしろ今まで二人目が出来なかったのが不思議な感じ?」

 優一は尋ねる。

「今までは避妊していただけじゃないかな」

 結衣は答えた。

「コンドームをダースでネット注文しているのを何回も見たことある」

 ぼそっと呟く。

「……」

 優一は眉をしかめた。

「親の性生活なんて知りたくない」

 首を横に振る。

「言い出したのは優ちゃんよ」

 結衣は怒った。

 軽く優一を睨む。

 そんなことを話していると、碧も病室から出てきた。

「居たたまれない」

 そう呟く。

 病室の中の二人は、赤ん坊を間にいちゃついていた。

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