第25話 関係

 優一と碧の間には気まずい空気が流れた。

 結衣はそんな二人に掛ける言葉もなく、黙りこむ。

 余計なことを言ってしまったと、後悔した。

 別にケンカをさせたかったわけではない。

 仲が良すぎることに、不安を覚えただけだ。

 父が天使に恋し、天使のものになったのは構わない。

 天使が居なければ、父はあの時亡くなっていた。

 生きていてくれるだけで、結衣は嬉しい。

 だが、優一まで天使にくれてやるのは納得できない。

 父と弟は違う。

 父が恋をするのは父の勝手だが、弟には普通の幸せを得て欲しいと願った。

 天使との暮らしが大変なことは結衣もよく知っている。

「……」

 結衣は困った顔をした。

 仲良くされるのも複雑な気分だが、ぎこちない雰囲気も気まずい。

(ほどほどに仲良くしてくれればいいのに)

 勝手なことだが、そう思った。

 そうこうしているうちに、家の前まで来る。

 ピンポーン。

 結衣はインターホンを鳴らした。

「はーい」

 健一の声が聞こえて、スリッパのぱたぱたという足音が響く。

 出迎えてくれた。

「お帰り」

 ドアが開く。

 息子の顔を見て、健一は微笑んだ。

 帰ってきてくれたことが嬉しい。

「……ただいま」

 優一はちょっと照れた顔をした。

 そんな優一の隣に碧がいる。

「一緒に帰ってきたのか?」

 驚いた顔をした。

 帰ってくるのは優一だけだと思っていた。

「言わなかった?」

 優一はあれ?と首を傾げる。

「……聞いていない」

 健一はなんとも微妙な顔をした。

「一緒じゃなくていいのに」

 ぼそっと呟く。

「でも、一人で家に置いておけないだろ?」

 優一は尤もなことを言った。

「それはそうだけど……」

 健一は納得しない。

「ただいま」

 そんな健一に結衣は声をかけた。

 微妙な空気を察して、雰囲気を変える。

「おかえり」

 健一は微笑んだ。

 朝から出掛けていた結衣が一緒の電車で戻ることは想定していた。

 しかし、三人の様子はいつもとどこか違う。

「どうかしたのか?」

 誰にということもなく、健一は問いかけた。

 三人の顔を順番に見る。

「……」

「……」

「……」

 誰も答えなかった。

「とにかく、入って」

 健一は三人を促す。

 連れだって、リビングに向かった。

 リビングには裕二がいる。

 ソファに座っていた。

「ただいま」

 結衣は裕二に声を掛ける。

「おかえり」

 裕二は微笑んだ。

 だがその顔は裕二の隣にいる天使を見て、曇る。

「どうして天使が一緒なんだ?」

 優一に問いかけた。

 健一と同じ質問をする。

(似た者夫婦だな)

 優一は心の中で突っ込んだ。

「一人で留守番させるのは心配だし、何より、今日の話し合いには必要なんだ」

 答える。

「……そうか」

 裕二は一応、納得した。

 だが複雑な表情は変わらない。

「どうして必要なの?」

 結衣は気になって、問いかけた。

「それはこれから話す」

 優一は答えない。

 とりあえず、みんなでリビングのテーブルを囲むように適当に座った。

 健一は裕二の隣に行く。

 優一は裕二たちと向かい合うように座り、その隣に碧がくる。

 五人は話し合いがしやすい体制を作った。

「……」

 誰がどう話を切り出すのか、探るような間が空く。

「お茶でも入れようか?」

 気まずさを感じて、健一はそう言った。

 立ち上がろうとする。

「いや、いい」

 その手を掴んで、裕二は止めた。

 再び、健一を座らせる。

 掴んだ手はそのまま、離さなかった。

 健一は自分からも裕二の手を握る。

 寄り添うようにくっついた。

(バカップルだな)

 優一は妙に冷静に頃の中で呟く。

 もっと心がざわざわするかと思ったが、だんだん見慣れてきた。

 さほど気にならない。

「それで、改めて今後のことを相談しようと思うんだが……」

 裕二は優一を見た。

「結衣ちゃんが犠牲になるのは、やっぱり納得できない」

 優一は即答する。

「犠牲だなんて……」

 結衣は眉をしかめた。

「私はもう結婚するつりはないし、たぶん子供も産まない。だから、いいのよ」

 結衣は優しく微笑む。

「でも、この先何が起こるのかなんて誰にもわからないだろ?」

 優一はダメダメと首を横に振った。

「オレだって、一月前は自分の父親が天使だったなんて夢にも思わなかったし、結衣ちゃんが姉だとか、おじさんが父親だとか、考えもしなかった」

 苦く笑った。

「天使と一緒に暮らすことになるとも」

 碧を見る。

「……」

 そう言われると、結衣は何も言い返せなかった。

「何が起こるのかわからないのが人生なら、リスクは最小限に抑えるべきだ。そう思わない?」

 優一は家族に問いかける。

「尤もだな」

 裕二は頷いた。

 自分のために娘が犠牲になることは裕二も望んでいない。

「じゃあ、どうするの?」

 結衣は問いかけた。

「あと半年もしたら、赤ちゃんは生まれてくるのよ」

 健一の腹を見る。

「その件なんだけど……」

 優一は碧に視線を向けた。

 碧は頷く。

「碧が協力してくれることになった」

 優一は告げた。

「ミドリ?」

 裕二は首を傾げる。

「天使の名前よ」

 結衣は説明した。

「天使に名前なんてないだろ?」

 裕二は眉をしかめる。

「だから、優ちゃんがつけたの」

 結衣は困った顔をした。

「……」

 裕二はなんとも複雑な顔で優一を見る。

「名前はどうしても必要だったのか?」

 問いかけた。

「一緒に暮らしていたら、必要だよ」

 優一は力説する。

「……そうか」

 裕二はただ頷いた。

「とにかく、碧に協力してもらえたら結衣ちゃんが偽装結婚する必要はない。父さんは子供を産めるし、生まれた子もちゃんと籍に入れることが出来るらしい」

 優一は説明する。

「そんなことが可能なのか?」

 裕二は優一や碧にではなく、健一に確認した。

 健一は碧を見る。

 碧は静かに健一を見つめ返した。

「私には出来ない。でも、彼にならたぶん出来る」

 呟く。

「……そうか」

 裕二は納得した。

「健一がそう言うなら、信用する。でもそんなことをして、大丈夫なのか?」

 碧のことを心配する。

 それは天界を裏切る行為だろう。

「たぶん大丈夫だ」

 碧は曖昧に答えた。

「……」

 裕二はじっと碧を見る。

 碧も真っ直ぐ、裕二を見た。

「ところで、うちの息子とはどういう関係なんだ?」

 裕二は気になっていたことを口にする。

 ずっと聞くタイミングを探していた。








 








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