第24話 言霊

 週末、改めて優一は実家に帰った。

 碧を連れて、帰郷する。

 新幹線と在来線を乗り継いだ。

 朝早くに家を出たのに、地元の駅に着いたのは昼近い。

 この前は一人で歩いた道を碧と二人で歩いた。

 それはなんとも奇妙な感じがする。

「変な気分だな」

 碧はぼそっと呟いた。

 優一はビクッと身体を震わす。

 心が読まれたかと思った。

 一緒に暮らすようになった時、優一は碧に一つだけ約束させる。

 自分の心の声は、例え聞こえて来ても耳を塞げと教えた。

 碧は約束を守る。

 どんな時も、優一の心の中を覗こうとはしなかった。

 今もきっと、心を読んだわけではないのだろう。

「何が?」

 優一は問いかけた。

「ここを通って東京に行ったのはついこの前のことなのに、もうずいぶんと遠い昔のような気がする」

 碧は答える。

 それを聞いて、優一はふっと笑った。

「何が可笑しいんだ?」

 碧は問いかける。

「別に」

 優一は答えなかった。

「……」

 それに碧は不満な顔をする。

 恨めしげに優一を見た。

 その顔がちょっと可愛く見えて、優一は少し焦る。

 女の姿でもないのに、不味いと思った。

 一緒に暮らしていると、どうしても情が湧いてしまう。

 男の姿とか女の姿とかに関係なく、碧という存在が側に居るのが当たり前になりつつあった。

 名前をつけたのも、今となっては失敗だったと思う。

 自分がつけた名前で相手を呼ぶというのは、名前で相手を束縛するのに等しい感じがした。

 なんとも不思議な気持ちになる。

 少なくとも、親密さは増した。

 自分にとって、碧は特別な存在になる。

 厄介なのは、碧にそんな自分の感情は理解できないであろうということだ。

 優一としても、別に碧と恋愛したいわけでも、SEXしたいわけでもない。

 ただ、心の中がもやもやした。

(なんだろう、この奇妙な自分たちの関係は)

 自分でも不思議に思う。

 一つだけ確かなのは、自分の生活から碧が居なくなったら、それはとても寂しく耐え難いということだ。

 そんなことをつらつら考えていると、家が見えてくる。

 この前帰ったばかりなのに、何故か妙に懐かしく感じた。

 いろんなことがありすぎて、とても長い時間が過ぎたような気がする。

「さっき笑ったのは」

 唐突に優一は説明を始めた。

「オレも同じことを考えていたからだよ」

 囁く。

 碧を見つめた。

「そうか」

 碧は頷く。

 何故か嬉しそうな顔をした。

 妙にいい雰囲気が二人の間に流れる。

 傍から見たら、自分たちはカップルに見えるだろうと優一は自覚した。

「ねえ」

 不意に後ろから声を掛けられ、優一はドキッとする。

 振り返ると、結衣がいた。

「……」

 なんとも微妙な顔をして優一と碧を見ている。

「結衣ちゃん」

 優一は苦く笑った。

「なんなの、この空気?」

 結衣は眉をしかめる。

「付き合っているの?」

 問いかけた。

「まさか」

 優一は否定する。

「それより、何でそこにいるの?」

 逆に問いかけた。

「同じ電車に乗っていたからよ」

 結衣は答える。

「駅に降りたら、前を歩く優一たちが見えたの。声を掛けようかなと思ったんだけど、少し距離があって。追いついたら声をかけようと思って急いだら……」

 微妙に気不味い顔で優一を見た。

「バカップルみたいな会話が聞こえてきたんだけど、本当に何もないの?」

 疑う。

「ないよ。だから、男の姿のままだろ?」

 優一は正直に答えた。

「実は時々女の姿になってもらって、SEXしているとかないのよね?」

 結衣は念を押す。

「していない。していない」

 優一は二度、否定を繰り返した。

 大きく頭を左右に振る。

「それは本当だ」

 碧が頷く。

「東京に行ってから、優一の前で女の姿に変わったことは一度しかない」

 余計なことを言った。

「それって、一度はあるってことだよね?」

 結衣は冷たい目を優一に向ける。

 呆れた。

「違う。本当に疚しいことは何もしていない」

 優一は必死で弁解した。

 誤解を解こうとする。

 だが焦れば焦るほど、怪しく見えた。

 結衣は焦る優一と妙に落ち着いている碧を交互に見る。

 本当に何もないようだと察した。

「やっていないことは信じるわ」

 頷く。

「でも、確実に仲良くなっているよね?」

 不安な顔をする。

「それは……」

 優一は否定できなかった。

「それが何かお前に関係あるのか?」

 碧はむっと顔をしかめる。

 何故か怒った。

「私と優一のことはお前には関係ないだろう?」

 冷たく言う。

「碧」

 叱るように、優一は碧の名を呼んだ。

「ミドリ?」

 結衣は驚いた顔で碧を見る。

「名前、付けたの?」

 困ったように眉をしかめた。

「ああ。一緒に暮らしているのに、名前がないと不便だろ?」

 優一は頷く。

「……」

 結衣は黙り込んだ。

 その沈黙の意味が優一にはわからない。

「名前をつける意味、わかっている?」

 結衣は問いかけた。

「えっ……」

 優一は戸惑う。

「ないと不便だから付けただけなんだけど」

 困った顔をした。

「名前はその人を縛るのよ」

 結衣は囁いた。

「それは言霊とかそういう意味?」

 優一は問いかける。

「まあ、微妙に言えば違うけど。似たようなものね」

 結衣は頷いた。

「……」

 優一は碧を見る。

「何か不味いのか?」

 意味がわからなくて、碧は問いかけた。

 二人の会話はどこか不思議な呪文のようだ。

「名前をつけるってことは物でも人でもそれを所有するってことになるのよ。日本の昔の考え方では」

 結衣は説明する。

「へー」

 碧はただ頷いた。

 反応が薄い。

 それを見て、優一の方が不安になる。

「碧をオレが所有していることになるんだ。困るだろう?」

 碧に問いかけた。

「何か困ることがあるのか?」

 碧は首を傾げる。

 全く気にしない。

「……」

 そんな碧の反応に、結衣は優一を見つめた。

「もう一度聞くけど、本当に何もないのね?」

 改めて確認する。

「何度言われても、ないものはない」

 優一は頷いた。

 それがSEXしているのかしていないのかという意味ならば、本当に何もしていない。

「それならいいけど」

 結衣は安堵した。

「優ちゃん、昔から慎重で、冒険が出来ない人だものね。天使を抱くなんて、出来るわけがないと思ったんだけど……」

 開き直った時の思い切りのよさも知っているので、怖い。

 その言葉を聞いて、碧はやっと優一と結衣が何を話しているのか理解した。

「なんだ。優一は私を抱きたかったのか?」

 身も蓋もない言い方で、尋ねる。

「違う」

 優一は苦笑した。

 だが、碧は全然優一の言葉を聞かない。

「抱きたいなら、抱いてもいいぞ。男の身体のままでも私は妊娠が可能だし、女の身体がいいなら女に化けてやる」

 妙に乗り気でそんなことを言った。

「何でそんなにノリノリなの?」

 優一は苦く笑う。

「子供が出来たら、私は自分の仕事を一つ全うしたことになる。優一を天界に連れて行けなくても、優一の子供を天界に渡すことが出来たら、それはそれでOKだ」

 碧は説明した。

「自分の子供なのに、そんなに簡単に天界にくれてやれるの?」

 優一は尋ねる。

 その言葉には刺々しさがあった。

 責めるようなニュアンスを碧は感じ取る。

「簡単にと言われても……」

 碧は困った。

「子供はそういうものだ。生まれた子供は一箇所に集められ、育てられる。自分が産んだ子供を自分で育てる天使はいない」

 天界のシステムを説明する。

 それは碧にとっては当たり前のことだ。

 優一が気分を害する理由が、碧にはわからない。

「天界が滅びに向かっている理由は、そんなところにあるんじゃない?」

 優一は呆れた。

「優一が何を言いたいのか、わからない」

 碧は首を横に振る。

 困った顔をした。

「ごめん。碧が悪いわけじゃない」

 優一は謝る。

 そんな二人を結衣は複雑な顔で見ていた。













 

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