第23話 決断

 取引を持ちかけて以来、碧は考え込んでいることが多くなった。

 迷っているのは、見て取れる。

 優一は自分がとてもずるいことを言っていると理解していた。

 だが、生まれてくる弟か妹のためには、ここで譲れない。

 結衣と父が偽装結婚することなく、父が子供を生めて、その子を父の籍に入れることが出来れば一番いい。

 それが可能だと知ったのに、折れることは出来なかった。

 気まずいまま、幾日か過ぎる。

 優一も碧も、いつもと変わらぬ毎日を送った。

 碧もいつもどおり、優一の世話をあれこれと焼く。

 甲斐甲斐しい奥さんのようだ。

 だが、二人とも取引のことは口に出さない。

 優一は返事を急かさなかった。

 迷うということは、可能性が0ではないということだ。

 それなら、待つかいはある。

 優一はひたすら、碧が決断するのを待ち続けた。

 碧は優一が黙って自分の返事を待っていることに気づいている。

 返事を急かされないのが、逆に辛かった。

 じっくり考えてしまう。

 だが、碧の中では答えは決まっていた。

 覚悟だけが決まらない。

 それは天界を裏切ることに等しい行為だ。

 二度と、天界に戻れないかもしれない。

 それでも、碧は今の生活を手放したくなかった。

 そうこうしているうちに、週末が近づく。

 いい加減返事をしなければと、碧は焦り出した。

 だが、きっかけが掴めない。

 優一が何も聞いてこないのが、返事がしづらかった。

 そんな時、優一に健一から電話がかかってくる。

「はい」

 優一は電話に出た。

 健一からの電話は、次に戻るのはいつなのか確認の電話だったらしい。

 意味深に、優一は碧をちらちらと見た。

「今週末? うーん。どうかな」

 話しながら、碧をおいでおいでと手招く。

「私か?」

 碧は自分を指差した。

 こくこくと優一は頷く。

 碧は優一に近づいた。

「ちょっと待って」

 優一はそう言うと、電話を手で覆う。

 向こうにこちらの会話が聞こえないようにした。

「今週末帰れるかって電話なんたけど、どう?」

 碧に問いかける。

 それが何を意味するのか、碧にはわかった。

「……」

 少し迷う顔をする。

 だが、頷いた。

「帰れる?」

 優一は言葉で確認する。

「ああ」

 碧はもう一度、頷いた。

「わかった」

 優一はそう言うと、健一に返事をする。

 今週末帰ることを伝えた。

 そのまま少し話をしてから、優一は電話を切る。

 碧は少し離れたところで、TVを見ていた。

 だがちっとも頭の中に情報は入って来ない。

 大好きなTVが楽しめなかった。

 優一が気になる。

 ちらちらと見た。

「……」

 だが、なんて声をかけたらいいのかわからない。

 そんな碧の視線に優一が気づいた。

「何?」

 問いかける。

 碧は思い切って、この前の返事をすることにした。

「この間の返事なんだが……」

 切り出す。

「うん」

 優一は頷いた。

 優しい目で碧を見る。

「……」

 碧は一つ、大きく息を吐いた。

「取引に応じよう」

 頷く。

「それは、生まれてくる赤ちゃんのために、いろいろ手を貸してくれるって意味で合っている?」

 優一は確認した。

「……合っている」

 碧は頷く。

 それを聞いて、優一はほっと安堵した。

「ありがとう」

 礼を言う。

「……」

 碧はその言葉に、微妙な顔をした。

「礼なんて、言わなくていい。これは取引なんだから」

 そう言う。

「それでも、ありがとう」

 優一は微笑んだ。

「それで、具体的にはどうするの?」

 問いかける。

「優一の希望は、偽装結婚しなくても無事に子供が戸籍を得ることが出来て、健一とその夫が子供を親として育てることだろう?」

 碧は問い返した。

「ああ」

 優一は頷く。

 誰も犠牲を払わず、子供が戸籍を得られればそれでいい。

「だったら、健一が健一のままで出産できる環境を用意しよう。天使の子を身篭った人間の女のための産院がある。そこで出産すればいい。生まれた子は養子として健一の籍に入れることが出来るように手配しよう」

 碧は約束した。

 それを聞いて、優一は安心する。

「良かった」

 思わず、呟いた。

「これで結衣が犠牲になることもない。良かったな」

 碧はそう言う。

 その言葉に、優一はどこか引っかかりを覚えた。

 きょとんとした顔で碧を見る。

「なんだ?」

 そんな顔を優一がする理由がわからなくて、碧は首を傾げた。

「今の言い方だと、なんか……」

 優一は言葉を濁す。

 しかし、まさかと思った。

「何を言いたいんだ?」

 今度は碧がきょとんとする。

「妬いているみたいに聞こえた」

 優一は答えた。

 苦く笑う。

「ヤク?」

 言葉の意味がわからなくて、碧はもう一度首を傾げた。

「嫉妬しているって意味だよ」

 優一は説明する。

「嫉妬?」

 その言葉を聞いて、碧は驚いた。

「私が? 誰に?」

 問いかける。

 恍けているのではなく、本当にわからなかった。

「違うなら、いい」

 優一は説明するのが恥ずかしくなった。

 自分が自惚れていたと反省する。

 だが、碧は気にした。

「ちゃんと説明しろ」

 食い下がる。

「説明するようなことではないから」

 優一は断った。

 しかし、碧は譲らない。

「……」

 恨めしげな顔で優一を見た。

 優一は困る。

 やれやれという顔をした。

「オレが結衣ちゃんのために何かするのが気に入らないように見える」

 答える。

「つまり、私が結衣に嫉妬していると?」

 碧は考え込んだ。

「結衣に嫉妬する理由がない」

 首を横に振る。

「そうだろうね」

 優一は小さく頷いた。

「だから、気にしなくていいと言っただろう?」

 困ったように碧を見る。

 優しい眼差しで碧を見つめた。

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