第22話 人間界

 天使はずっと昔から人間界に興味があった。

 人間というのは生き物は大変愚かだ。

 何の力も持たないのに欲深く、自分が他の生物より勝っていると勘違いしている。

 進化を止めた生物には未来なんて無い。

 だが人間はとうの昔に進化するのを止めていた。

 自然に合わせて自分の身体を作り変えるのではなく、自分たちの都合のいいように、自然を作り変えようとする。

 もちろん、そんな暴挙は許されるはずが無かった。

 だから時々、自然に逆襲される。

 だが、進化をやめた生物は衰退していくだけのはずなのに、何故か人間は凄いスピードで増殖していた。

 数を増やし、自分たちが支配者であるという勘違いを繰り返している。

 だがそんな愚かな人間に天使は興味を持った。

 嫌いだが、面白い。

 小さな頃から暇があると人間界を覗いて観察した。

 幸い、天使は優秀だ。

 同じ頃に生まれた仲間たちの誰よりも賢く、天界で学ぶことはすでにない。

 観察する時間なら、山のようにあった。

 同室の仲間は、そんな天使の変わった趣味に呆れる。

 天使には家族や兄弟、夫婦という関係が存在しない。

 子供は生まれると一箇所に集められ、寄宿学校のような環境で育てられた。

 同室の仲間とは小さな頃から一緒に育つので、仲も良くなる。

 少なくとも、天使の方は同室の仲間と仲が良いと思っていた。

 だがそれが自分の勘違いだったかもしれないと思うような出来事がある日、起こる。

 同室の仲間は繁殖のために人間界に降りていた。

 そこで一人の人間の男と出会う。

 そこまでは何の問題もない。

 仲間は男性体だが、両性具有の天使は男性体でも子宮を持っている。

 繁殖の相手が男でも、構わなかった。

 しかし、仲間は禁忌を破る。

 奇跡を起こし、男の命を救った。

 天使である本当の姿も見られている。

 そして救った男と、仲間は恋に落ちた。

 繁殖のために認められた期間が終わって天界に戻ってきた仲間は、男の子供をその身に宿していた。

 天界において、繁殖は何よりも優先される。

 本来なら厳罰に処されるはずの仲間は、身篭っていることがわかるとあっさり全ての罪を許された。

 天界のために、強い力を持った天使を産むことだけを求められる。

 しかし自分が身篭っていることを知った仲間は逃げた。

 あろうことが、墜ちて堕天使になる。

 愛した男と共にあるために、全てを捨てた。

 一緒に育った仲間が墜ちたことに、天使は強いショックを受ける。

 その理由も衝撃的だ。

 生まれてくる子を渡したくないから、逃げたらしい。

 仲間の行き先は直ぐにわかった。

 そんなの、一つしかない。

 自分を身篭らせた男と仲間は暮らし始めた。

 だが天界は仲間を追わない。

 人間界で子供を生むことを許した。

 そうして、子供と仲間の生活を天界から監視する。

 天使はその役目を命じられた。

 仲間と男と男の娘と三人で家族のように暮らすのを眺める。

 男に愛されて、仲間は幸せそうだ。

 男の娘にも母と慕われる。

 人間界のことにほとんど興味がなかった仲間は、人間界のことを何も知らなかった。

 だが一つ一つ男に教わり、その暮らしに順応していく。

 その内、元気な男の子が生まれた。

 子供の背中には羽が生えている。

 堕天使からは必ず天使が生まれることになっていた。

 仲間が産んだ子供は仲間がまだ墜ちる前に身篭った子供なので、必ずしもこのルールに当てはまるとは限らない。

 だが、生まれた子が天使なのは確かだ。

 天界は当然、ざわつく。

 直ぐに迎えに行くべきだという意見もあった。

 だが、墜ちた天使がそう簡単に子供を渡すはずが無い。

 何度も上級天使たちが協議を重ねた結果、天界は子供の成長を見守ることにした。

 そしてその監視を引き続き天使に委ねる。

 天使は今まで以上に長い時間、墜ちた仲間の生活を眺めることになった。

 子供の成長を見守る。

 それはなんとも複雑な気分だ。

 人間界に何の興味もなかった仲間が人間界に墜ち、人間と暮らしているのに、人間界に昔から関心が強かった自分は天界からその生活を見守るしかない。

 ジレンマを覚えた。

 それはわかりやすく言えば嫉妬だろう。

 天使は仲間に嫉妬していた。

 だがそれを認めたくない。

 嫉妬など、天使にはあってはならない感情だ。

 天使は自分を律し、仕事として勤めを果たす。

 仲間の生活に関わるつもりなんて、微塵もなかった。

 それなのに、予想もしないことが起きる。

 最初の子を産んでから27年も経って、再び、仲間は身篭った。

 今度は確実に生まれてくる子が天使であることはわかっている。

 なんとしてもその子供は天界に連れてくるべきだという意見が大多数を占めた。

 そのために、天使は使者として仲間のところに行くことになる。

 何十年ぶりに、仲間と再会した。

 仲間は天使の時と容貌はそこまで変わっていなかった。

 しかし、人間に化けているせいかそれなりに年を取っている。

 いろいろ苦労もあったはずだ。

 天使は天界からその生活を見て知っている。

 だが、全く後悔はしていないらしい。

 それどころか、恋した男に愛されて、幸せそうに見えた。

 そんな仲間が天使は羨ましく思える。

 嫉妬している自分を認めた。

 だが、だからといって仲間の幸せを壊すつもりはない。

 基本的に天使は善良だ。

 仲間の不幸は望まない。

 一応、天使は天界の意見を伝えた。

 二人の子供のうち、どちらかを寄こせと話す。

 天界が望んだのは生まれてくる赤子の方だ。

 しかし、天使は独断で優一の方を望む。

 優一は生まれた時は確かに天使だった。

 白い羽を持って、生まれてくる。

 今はその羽がどこにも見当たらないが、問題ないと思った。

 赤子を育てるより、すでに成長した男を天界に連れて行き、子作りして貰う方がはるかに有意義だろう。

 天使は人間界に降りなくても繁殖できる方法を探していた。

 優一を貰うつもりで、天使は健一と話す。

 その時までは、優一を天界に連れて行くつもりは確かにあった。

 だが優一と会い、話をして、天使の中に一つの思惑が生まれる。

 自分も人間界で暮らしてみたくなった。

 優一を説得するという理由があれば、人間界で生活するこが許可されることを天使は知っている。

 天界は優一にとても期待していた。

 優一に断られたのをいいことに、天使は人間界で暮らす大義名分を手に入れる。

 そうして始まった人間界での生活は予想よりずっと楽しかった。

 人間界は天界と何もかもが違う。

 いろんな意味で面白かった。

 優一との暮らしは心地よく、このまま人間界で暮らしてみたいと夢見てしまう。

 優一の世話をあれこれ焼くのも嫌いじゃなかった。

 天使はずっと、天界から優一の成長を見守っていた。

 子供は少年になり、大人になる。

 天界からその成長を見守っていたので、他人とは思えなかった。

 初めて会った時、目の前に優一がいるのことに不思議な気分になる。

 天界に連れて行き、その人生を狂わすことに罪悪感を覚えた。

 そんな自分に天使は戸惑う。

 思わず、憮然とした態度を取った。

 会えて嬉しいと思っているなんて、気づかれたくない。

 だがそんな憮然とした態度をいつまでも取れるわけがなかった。

 一緒に暮らせば、親しくなる。

 優一に養われていることにも、申し訳ない気持ちになった。

 仕事をして、生活費を稼ごうと思い立つ。

 天使だからといって、お金を生み出すことが出来るわけではなかった。

 生活費は自分で働いて稼がなければならない。

 そのためのバックアップをしてくれる組織があった。

 その組織は地上に降りた天使たちが困った時、サポートする。

 天使の血を引きながら、人間として生まれてきた子供が組織を運営していた。

 彼らは天使としての能力は持たないが、天界の知識も人間界の知識も両方持ち合わせている。

 優一の許可を貰ったら、直ぐにでも働けると天使は思っていた。

 だが、話は思わぬ方向に転がる。

 取引を持ちかけられ、驚いた。

 自分が人間界で暮らしたいと思っていることも読まれていて、戸惑う。

 天使は自分がどうするべきなのか、わからなかった。

 気持ちは決まっている。

 だが、それが天使として正しくないのもわかっていた。

 天界より自分の感情を優先させるのは、間違いだろう。

 天使は迷っていた。

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