第17話 家族


 優一が自分の部屋で天使と話をしている頃、ダイニングには気まずい空気が漂っていた。

「……」

「……」

「……」

 沈黙が部屋の中に満ちる。

 健一は裕二を見た。

 裕二も健一を見る。

 優一の人生は優一のものだ。本人が決めるのが一番いい。

 だがそれでも心配するのが親だ。

 どんなことを話すのか、気にならないわけがない。

 本当は誰より、優一と天使の話し合いを二人は聞きたかった。

 だが、それが過保護過ぎることは理解している。

 心配してもしょうがないと、健一は開き直った。

「とりあえず、片づけをしよう」

 そう言う。

 食事の後片付けを始めた。

「手伝うわ」

 結衣は健一に声を掛ける。

 裕二は邪魔にならないよう、リビングに移動した。

 ソファに座り、2階の優一の部屋の様子を気にする。

 だが、そこからは物音さえほとんど聞こえてこなかった。

 少なくとも、揉めてはいないらしい。

 そのことに少しほっとした。

「遅いね」

 結衣は食器を拭きながら、健一に話しかける。

「何を話しているのかしら?」

 心配した。

「二人きりで話をさせて、本当に大丈夫なの?」

 今さらだが、そう聞く。

 天使がどんな話を優一にするのか、案じた。

 自分に都合のいいことしか言わない可能性だってある。

「大丈夫。天使は嘘をつけないんだよ」

 健一は微笑んだ。

 だが、それでも結衣は安心できない。

「嘘をつくのと、言わないのは違うわ。嘘がつけなくても、大切なことを言わずに隠すことは出来るでしょ?」

 健一に尋ねた。

 健一は苦く笑う。

「彼はそんなことしないよ」

 首を横に振った。

 その言葉には信頼が滲んでいる。

「ママ」

 結衣は健一に呼びかけた。

「あの天使と知り合いなの?」

 尋ねる。

「ああ」

 健一は頷いた。

「よく知っているよ」

 微笑む。

「一緒に育った」

 打ち明けた。

「そんな話、初めて聞いた」

 リビングで二人の会話を聞くともなしに聞いていた裕二は複雑な顔をする。

 振り返り、キッチンの二人を見た。

 健一は戸惑った顔をする。

「話すようなことは特に何もない」

 そう言った。

 天使には家族も兄弟もいない。

 夫婦という関係もなかった。

 一緒に育っても、個人的に親しいとは言い難い。

 それでも、健一は彼のことは良く知っていた。

 仕事でもないのに人間界を覗いている変わった天使で、時折、健一も人間界を覗かせてもらった。

 自分の子を迎えに来たのが彼なのも、偶然ではないだろうと思っている。

 天界はわざと彼を迎えに寄こしたのだ。

 自分たちが、互いのことを良く知っていたから。

「彼は天使の中でも正しく、潔癖だ。決して、自分に都合のいいところだけ優一に話したりはしないよ」

 健一は保障する。

「ママがそう言うなら、信じるわ」

 結衣は頷いた。

 納得する。

 だがそんな結衣とは裏腹に、裕二は拗ねた。

 むすっと不機嫌そうに口を尖らせる。

 自分の妻が他の男と仲良くして、気分がいい夫はいない。

 例え、何の関係もなくても。

 結衣はそんな父親をちらっと振り返る。

「パパは気に入らないようだけど」

 健一を肘でつんつんと突いた。

 健一は振り返って、裕二を見る。

 裕二はわざとらしく、恨めしげな顔をした。

 健一は困る。

「拗ねると面倒だから、機嫌を取って来て」

 結衣は健一を促した。

 残りの片付けを引き受ける。

 こくりと健一は頷いた。

「裕二」

 リビングのソファに近づく。

「なんでそんな顔をするんだ?」

 尋ねた。

 そんな健一に裕二は手を差し出す。

 健一はその手を取った。

 裕二はぐっと手を引く。

 健一の身体を引き寄せ、自分の膝の上に座らせた。

 横抱きに健一を抱える。

 健一は素直に裕二に身を委ねた。

 縋りつくように、裕二の首に手を掛ける。

 すりっと甘えた。

 そんな健一の身体を裕二はぎゅっと抱きしめる。

 娘がキッチンにいるのに、全く気にせず二人はいちゃついた。

 いつものことなので、結衣も気にしない。

「妬く必要なんてないのに」

 健一は裕二の頬を手で優しく包み込んだ。

 チュッと触れるだけのキスをする。

 裕二が妬くようなことなど、自分と彼の間には何もなかった。

「それでも、ママが親しい人はみんな嫌いなのよ、パパは」

 結衣はキッチンから突っ込む。

「何故?」

 健一は不思議がった。

「ママを独占したいから」

 結衣は裕二に変わって、勝手に答える。

「……」

 裕二は気まずい顔をした。

 否定はしない。

「そうなのか?」

 健一は問いかけた。

「……」

 裕二は答えない。

 明後日の方向を向いた。

「子供みたいでしょ?」

 結衣は笑う。

「そんな必要、ないのに」

 健一は呟いた。

「私は裕二のものなのだから」

 熱いまなざしで裕二を見つめる。

 二人は触れるだけのキスを二度、三度と交わした。

 優一たちがいつ戻ってくるかわからないので、さすがにそれ以上のことはしない。

 ただ微笑み合った。

 その姿は見ている方が恥ずかしくなる。

「……」

 結衣はなんとも微妙な顔をした。

 自分の親がバカップル過ぎて、居たたまれない。

「私がいい子に育ったのって、奇跡よね」

 ぼそっと呟いた。

 後片付けを終えて、リビングにやってくる。

 TVをつけ、絨毯の上にじかに座った。

「どういう意味だ?」

 裕二は結衣に尋ねる。

「たいていの娘は、自分の親がバカップルだったらグレると思う」

 結衣は真顔で答えた。

「仲がいいのはいいことじゃないか」

 裕二は不満な顔をする。

「ほどほどならね」

 結衣は笑った。

「パパとママは仲が良すぎる」

 小さく肩を竦める。

「何か問題があるのか?」

 裕二は問いかけた。

「別に」

 結衣は首を横に振る。

「仲が悪くてケンカばかりしている両親の元で育つよりバカップルの両親の元で育つ方がマシだと思うけど、それもいろいろと気まずいのよ」

 困った顔で仲の良すぎる両親を見た。

「そうか?」

 裕二は健一を見る。

 健一も裕二を見た。

「優ちゃんにはそんな姿、見せない方がいいと思うわよ」

 結衣はアドバイスする。

「……」

「……」

 裕二と健一は考え込む顔をした。

「そうだな。優一はショックを受けるかもしれない」

 裕二は頷く。

「とりあえず、少し離れておくか」

 健一に言った。

「そうだね」

 健一は裕二の膝から降りる。

 隣に並んで座った。

 だが、手は裕二と繋いでいる。

 どこかは触れていたいようだった。

(やっぱり、バカップル)

 結衣はそう思ったが、口にはしない。

 これ以上言っても無駄なのはわかっていた。

 そんなことを話していると、ようやく、二階から優一と天使が戻ってくる。

 部屋のドアが開く音が聞こえた。

 足音が階段を降りてくる。

 優一は真っ直ぐリビングに来た。

 その後に天使が続く。

 天使の背には羽がなかった。

「あっ」

 結衣が小さく、声を上げる。

 優一はソファに並んで座る父と裕二の姿を目にした。

 二人は当たり前のように手を繋いでいる。

 ラブラブな雰囲気は十二分に伝わってきた。

「……」

 そんな父たちの姿に、優一は困惑する。

 思わず、固まった。

 どう声をかけたらいいのかわからない。

 それは健一たちも同じだ。

 何を話したのか聞きたいのに、なんて切り出したらいいのか迷った。

 気まずい空気が流れる。

(やれやれ)

 結衣は心の中で呟いた。

「優ちゃん」

 助け舟を出すように、優一に呼びかける。

 優一はほっとしたように、結衣を見た。

 健一たちから目を逸らす。

「座って」

 結衣は促した。

 素直に、優一は絨毯の上に座り込む。

 それを見て、何故か天使も優一の側に座った。

 そんな天使を結衣は不思議そうに見る。

 何故そこに座るのか、わからなかった。

「話は終わったの?」

 結衣は健一に尋ねる。

「ああ」

 優一は言葉少なく頷いた。

 微妙な顔をする。

「どうするんだ?」

 健一はリビングのソファに座ったまま、尋ねた。

 我慢できなくなって、問いかける。

「どうもしない」

 優一は答えた。

「明日、東京に帰るよ」

 そう告げる。

「そうか」

 健一は頷いた。

 優一が天界に行くつもりがまったく無いことを知って、ほっとする。

「ただ……」

 しかし、優一はそう続けた。

「この人もついてくるらしい」

 ちらっと天使を見る。

 天使は優一と目が合って、にこっと笑った。

「えっ?」

 結衣は驚く。

「どうして?」

 問いかけた。

 眉をしかめて、天使を睨む。

 露骨に嫌な顔をした。

「諦めるつもりはないらしい」

 優一は答える。

「東京について行って、説得するっていうの?」

 結衣は呆れた。

「そういうことらしい」

 優一は頷く。

「……」

 結衣はまじまじと天使を見た。

「そこまでしなければならないの?」

 思わず、尋ねた。

「……そうだ」

 天使は頷く。

「それが私の仕事だ」

 言い切った。

「……」

 結衣はなんとも微妙な顔をする。

「そういうことで、今夜はここに泊めてくれ」

 天使は健一の方を見た。

 頼む。

「泊るのか?」

 健一は迷惑な顔をした。

「ああ」

 天使は頷く。

「明日、優一と一緒に東京に向かう」

 そう告げた。

「いいのか? 断って、いいんだぞ」

 健一は優一に言う。

「仕方ないだろ」

 優一は苦く笑った。

「どうしてもついてくるって言うんだから」

 小さく肩を竦める。

「……そうか」

 健一はただ頷いた。

 優一は押しに弱いところがあるが、本当に嫌なことは譲らない。

 なんだかんだいって許しているのは、天使をことを少なからず気に入っているからだろう。

 優一が納得しているなら、健一に反対するつもりはなかった。

 


 













 


 

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