第16話 部屋


 優一は数ヶ月ぶりに自分の部屋に入った。

 六畳ほどの部屋はベッドと机と本棚を置くとスペースがほとんど残らない。

 その狭い部屋で優一は天使と向かい合うことになった。

 優一はちらっと自分の後をついてくる天使を見る。

「邪魔だから、その羽、仕舞って」

 そう言った。

「そうだな」

 天使は頷く。

 部屋は基本的には高校生の時のまま変わっていなかった。

 家を出てから、物は増えても減ってもいない。

 当時好きだったものが、そのまま置いてあった。

 天使は音も無く、羽を仕舞う。

 目の前で優一は羽が跡形も無く消えるのを見た。

「……」

 目を丸くする。

「なんで驚くんだ?」

 天使は不思議そうに尋ねた。

「本当に消えたから」

 優一は苦く笑う。

「仮装とかじゃないんだな」

 今さらだが、そんなことを言った。

「信じていなかったのか?」

 天使は呆れる。

「天使がいるって信じる方が普通じゃないだろ?」

 優一は反論した。

「さっき、お前の目の前で姿を変えて見せたと思うんだが……」

 天使は困惑する。

「ああ、そうか」

 優一は小さく笑った。

「あまりに突拍子がないから、マジックとか見ている気分になっていた」

 気持ちを打ち明ける。

 優一にとっては、性別が変わるより羽が消えるほうがインパクトが強い。

「変わったやつだな」

 天使は思わず、そう呟いた。

「そんなこと、言われたことない」

 優一は首を横に振る。

「いつも普通だといわれたよ」

 笑った。

 父は人目を引く男だった。

 整った顔立ちは田舎ではかなり目立つ。

 そんな父と比べて、優一は普通だ。

 特に整った顔立ちでもない。

 だが、不細工と言うわけでもなかった。

 良くも悪くも普通で、これといって目立つようなところもない。

 実の父である裕二も長身で整った顔立ちなのに、どちらに似たのか自分でも不思議だ。

 今までは母に似ているのだろうと思っていたが、血の繋がりが無いのだから似るはずが無い。

「普通か」

 その言葉を聞いて、天使はふっと笑った。

「普通ってなんなんだ?」

 問いかける。

「普通は普通だよ」

 優一は答えた。

「一般的っていうか、可もなく不可もなくっていうか……」

 上手く説明できない。

「人間は普通って言葉が好きだな」

 天使は苦く笑った。

「普通なんて、どこにもないのに」

 そんなことを言う。

 それは優一も同意見だ。

 だが、今はそんな話をしている場合ではない。

「そんな哲学的な話をされても……」

 優一は困った顔をした。

「とにかく、座って」

 天使を促す。

 天使は優一の部屋に入っても、座ろうとはせず、立ったまま興味深そうに部屋の中を見回していた。

「ああ」

 返事はしたが、座らない。

 優一の本棚を眺めていた。

「何を見ているの?」

 優一は問いかける。

「面白い」

 天使は答えた。

「人間は愚かだが、面白いな」

 優一の本棚に並ぶ本を一冊取り出して、開く。

 その姿を見て、優一はふと疑問を持った。

「素朴な疑問なんだけど」

 天使に呼びかける。

「日本語、読めるの?」

 尋ねた。

「日本語?」

 天使は小さく首を傾げる。

「読めない」

 首を横に振った。

「だが、わかる」

 小さく微笑む。

「本を開けば、内容は勝手に頭の中に飛び込んでくる」

 説明した。

「へー。それって、どこの言葉でも?」

 優一は尋ねる。

「ああ。どの言葉で書かれていても関係ない。内容はわかる」

 天使は頷いた。

「便利だね」

 優一は羨ましい顔をする。

「天界に来れば、優一にも同じことができるぞ」

 天使は囁いた。

「いや、天界でその能力が使えてもあまり意味がないでしょ」

 優一は苦く笑う。

「人間界だから、役に立つ力なんじゃないの?」

 そう言った。

「まあ、そうだな」

 天使は認める。

「そんなことより、話をしたいんじゃないの?」

 優一はベッドに座って、天使に聞いた。

「ああ、そうだ」

 天使は頷く。

「私はどこに座ればいいんだ?」

 優一に問いかけた。

「好きなところにどうぞ」

 優一は言う。

 部屋には机に付属している椅子もあった。

 天使はちらっと部屋を見渡す。

 椅子に目を止めた。

 だがその椅子には座らず、優一の隣に並ぶ。

 一緒にベッドに腰掛けた。

「え?」

 優一は驚く。

「近いっ」

 思わず、離れるように身を引いた。

「なんで逃げるんだ?」

 そんな優一を見て、天使は不満な顔をする。

「近いから」

 優一は説明した。

「だいたい、何で隣に座るの?」

 迷惑な顔をする。

「そこに椅子があるでしょ?」

 指差した。

「隣に座ってはダメなのか?」

 天使は不思議そうな顔をする。

「好きなところに座れと言っただろう?」

 確認した。

「言ったけど、普通は隣には座らないよ」

 優一は微妙な顔をする。

「椅子に座って欲しいなら、最初からそう言えばいい」

 天使は言った。

 それは尤もな言い分だ。

「移動した方がいいのか?」

 天使は尋ねる。

 そんなことを聞くところが妙に可愛く思えて、優一は笑ってしまった。

「別にいいよ」

 首を横に振る。

「移動しなくていい」

 囁いた。

「そうか」

 天使はほっとしたような顔をする。

「さて、何から話そうか」

 そう言った。

 優一を見る。

「何でもいいよ」

 優一は興味無さそうに言った。

「少しは興味を持て」

 天使は突っ込む。

 だが優一はむしろ、天界より天使の方に興味があった。

「何でそんなに一生懸命なの?」

 問いかける。

「オレを連れて行きたい理由がわからない」

 首を横に振った。

「これが仕事だからだ」

 天使は答える。

 意外なことを言った。

「仕事?」

 優一は驚く。

 それはあまりに予想外だった。

「ああ。天使にだって、仕事はある」

 天使は囁く。

「今の私の役目は、優一を天界に連れて帰ることだ」

 淡々と説明した。

「……なんか、イメージと違う」

 優一は困惑する。

「仕事とか言われると、神聖さが欠片も感じられなくなるな。天界ってもっと神聖なものじゃないの?」

 問いかけた。

「神聖なもの?」

 ふんっと天使は鼻で笑う。

「神聖なものって、どんなものだ? お前たちが使う神聖という言葉は、自分たちにとって都合がいいという意味だろう?」

 冷たい目で優一を見た。

 その言葉にはどこか棘がある。

「……」

 優一はまじまじと天使を見た。

「もしかして、人間が嫌いなの?」

 尋ねる。

「嫌いだよ」

 天使は答えた。

 拗ねた顔をする。

 唇を尖らせると、綺麗な顔をしている分、妙な迫力があった。

「それなのになんでオレを迎えに来たの?」

 優一は不思議がる。

「仕事だと言っただろう」

 天使は渋い顔をした。

「お前だって、やりたくない仕事でもそれが自分の仕事ならするだろう?」

 問いかける。

「……ああ」

 優一は頷いた。

「仕事なら仕方ないと思うな」

 納得する。

「天界も人間界とあまり変わらないんだな」

 独り言のように呟いた。

 天界という得体の知れない遠い夢物語の世界が、急に現実味を帯びた。

 近しく感じる。

「天使も大変なんだな」

 同情した。

「……まあな」

 天使は頷く。

「私だって、いろいろ大変なんだ。誰もが、優一の親のように好き勝手には生きられない。お前の親のように、恋に落ちて仕事を捨て男のところに逃げるようなやつの方が珍しんだ」

 その言葉には怒りが滲んでいた。

 天使は怒っている。

「……もしかして、父さんを知っているの?」

 尋ねた。

「……」

 天使は答えない。

 その質問のものを無視した。

「とにかく、私の仕事はお前を連れて天界に戻ることだ。私と一緒に天界に来い」

 上から目線で誘う。

 何故か偉そうに命じた。

「そんな誘い方で、行くわけないだろ」

 優一は呆れる。

 いやいやと首を横に振った。

 どんな誘い方をされても行く気は無いが、それにしても言い方というものがある。

「お前にとって、悪い話ではないはずだ」

 天使は言い切った。

「どう悪くないの?」

 優一は尋ねる。

「結局、何も聞いていないんだけど」

 苦笑した。

「そうだな。何も話していないな」

 天使は自分の非を認める。

「悪かった。ちゃんと説明するよ」

 そう言った。

「優一には天界に来たら、やって欲しい仕事が一つだけある。その仕事のために、私は優一を天界に連れて行かなければならない」

 優しく微笑む。

「その仕事って何?」

 優一は尋ねた。

 天使は聞いて欲しそうな顔をしている。

「子作りだ」

 天使はにっこりと答えた。

「……」

 優一はきょとんとする。

 予想外すぎて、意味を理解できなかった。

(コヅクリ?)

 頭の中で言葉が漢字に変換されない。

「コヅクリって……、子作り?」

 ようやく、思い当たった。

「子供を作れってこと?」

 驚く。

「そうだ」

 天使は頷いた。

「しかも、相手はよりどりみどり。ハーレムだ」

 自信満々な顔をする。

 優一が喜ぶと決め付けていた。

「天使はみんな美人揃いだ。どんな美女とも性行為をし放題で、しかも、何の責任も取らなくていい。女に飽きたら、男もいる。天界にいる天使なら、誰に手を出してもいい。……夢のような話だろう?」

 問いかける。

「あ~」

 しかし、優一の反応は悪かった。

「オレが中学生だったら、飛びついたかもね」

 小さく肩を竦める。

「嫌なのか?」

 天使は意外な顔をした。

「人間は年中発情期で、責任を取らなくていいSEXは大好きだと聞いたんだが……」

 首を傾げる。

 優一が乗り気にならないことが不思議でならなかった。

「それ、どこの情報?」

 優一は困った顔をする。

「間違ってはいないけど、そんな人間ばかりじゃないよ」

 首を横に振った。

「SEXは嫌いなのか?」

 天使は優一に尋ねる。

「うーん」

 優一は返事に詰まった。

「別に嫌いじゃないけど、そんなにやりたくもない」

 正直に答える。

「どうして?」

 天使は尋ねた。

「好きでもない相手とSEXするのは、意外と苦痛なんだよ」

 優一は答える。

「好きじゃない相手とSEXしていたのか?」

 天使は追求した。

 純粋に興味を持つ。

 優一の話を聞きたがった。

「好きじゃない相手とSEXしていたというか、そんなに好きでもないのに告白されて、付き合っていたことはある」

 優一は打ち明ける。

 話しても大丈夫な話題を選んだ。

 大学時代、告白されて付き合ったことがある。

 だが、彼女のことを好きにはなれなかった。

 嫌いではないが、愛することも出来ない。

 彼女が悪いわけではない。

 そこそこ可愛かったし、いい子だった。

 優一自身に問題がある。

 その頃、優一はまだ結衣のことを吹っ切れていなかった。

 そんな状態で付き合うのが、そもそも間違いだったのだろう。

 だが、付き合っていれば好きになれるかもしれないと優一は思った。

 人間の心はそう単純に出来ていないことを、後から知る。

 彼女の行動をいちいち結衣と比べてしまった。

 違いを見つけるたびに凹む。

 心の奥底で何かが冷たくなっていった。

 その内、彼女と居ることが苦痛になる。

 もちろん、SEXも。

 付き合っている義務感でしようとするが、気持ちがいいはずがない。

 そんな優一の気持ちは彼女にも伝わっていた。

 些細なことで揉めるようになる。

 最後の方はけっこうな修羅場になった。

 好きでもないのに付き合うのは止めようと、その時、決める。

 それ以来、優一に彼女はいない。

 付き合うのが面倒になった。

「一度で懲りたから、気持ちのない付き合いやSEXはしないことにした」

 天使にそう告げる。

「それは結衣のことを好きだった時の話だろう?」

 天使はそう聞いた。

「……」

 結衣が好きだったことを天使が知っていることに、優一は気まずい顔をする。

「……」

 黙って、頷いた。

「じゃあ、結衣が姉だとわかって、気持ちは吹っ切れたんじゃないのか?」

 天使は尋ねる。

 優一は苦く笑った。

「結衣ちゃんのことを引きずっていたのは、せいぜい3~4年だよ。まあそれでも、十分に長いとは思うけど。離れている時間が長いと、気持ちは冷めるんだ。頭じゃなく、心が忘れていく。もうとっくに吹っ切れていたよ。だから、結衣ちゃんのことは関係ない」

 説明する。

「人間と言うのは厄介な生き物だな」

 天使はしみじみと呟く。

「そうだね」

 優一は頷いた。

「自分の気持ちなのに、自分でも理解が難しい」

 困った顔をする。

「天使にはそんな感情はないの?」

 尋ねた。

 真っ直ぐ、天使の顔を見つめる。

 綺麗なその顔はルネッサンス期の彫刻のようだ。

 整いすぎて、どこか冷たい。

 無機物みたいに見えた。

「……どうだろうな?」

 少し考えて、天使は答える。

「天使は人間とは違う。人間のように家族を持たないし、結婚もしない。恋人関係なんて、ない。人は自分以外の誰かを求める生き物だが、天使にそんな感情はない」

 言い切った。

「そういう意味では優一。お前はとても天使っぽいよ」

 言われて、優一はドキッとする。

 天使の話を聞いて、優一自身そう思った。

「天使の血が流れているからだろう」

 優一は苦く笑う。

 自分の感情がどこか希薄なのは、そのせいなのかもしれないと思った。

「どうだろうな?」

 天使は納得しかねる顔をした。

「少なくとお前の親は一人の男を愛し、その男の妻になり、家族になることを望んだ。天使に家族という制度はないのに、人間のように家族を欲した。……お前に流れているのは、そんな天使の血だよ」

 健一のせいではないだろうと暗に言う。

「父さんは意外と情熱的なんだな」

 優一は少し驚いた。

 そして同時に、天使のことを優しいなと思う。

 何故か慰められたように感じた。

 人間だと言われている気がする。

「ねえ。天界の少子化ってそんなに深刻なの?」

 優一は問いかけた。

「ああ」

 天使は頷く。

「天使には性欲が無いから、子供は生まれ難い」

 答えた。

「だから、天使は人間と交わるんだ」

 苦く笑う。

「それ、オレじゃ無くてもいいんでしょ?」

 優一は問いかけた。

「美女とSEXし放題ですっていう条件なら、天界に行きたい男ってたくさんいるんじゃないの?」

 いくらでも男は釣れるだろう。

「誰でもいいわけじゃない」

 天使は首を横に振った。

「関係ない人間を連れて行くといろいろ面倒なことになるんだよ」

 ため息をつく。

 過去にいろいろと面倒なことがあったようだった。

「まあ、人が一人消えたら大騒ぎになるからね。親とか兄弟とか」

 優一は納得する。

「いや、そうでもない」

 天使は否定した。

「誰もが親や兄弟と仲が良いわけじゃない」

 そんなことを言う。

「そうなの?」

 優一は意外な顔をした。

 人は一人では生きていけない。

 生きていれば、誰かと関わりを持つ。

 居なくなって、誰にも心配されない人間なんていないと思った。

「幸せな人間は自分の幸福に気づかないんだよ」

 天使は真っ直ぐ優一を見つめた。

「優一は家族に愛されて育っただろう?」

 問いかける。

 こくり。

 優一は頷いた。

 自分がどれだけ大切に守られていたのかを、今回、知った。

 それが正しかったのかは優一にもわからない。

 だが、全てを秘密にしたのは少なくとも健一と裕二の愛情だ。

 おそらく、こんなことがなければ父は自分の素性を打ち明けるつもりなどなかっただろう。

 何も知らず、自分は生きて死んでいくはずだった。

「家族か……」

 ぼそっと優一は呟き、天使を見る。

「家族に大切にされているって知っているのに、それでもオレを連れて行く気なの?」

 責めるように問いかけた。

「ふっ」

 天使は鼻で笑う。

「普段、ほとんど実家に帰ってこないくせにそんなことを言うのか?」

 逆に優一を責めるように言った。

「そんなことまで知っているの?」

 優一は驚く。

「当たり前だろ」

 天使は頷いた。

「天界にわからないことなんて、ない」

 少し自慢げな顔をする。

「天界が好きなんだね」

 何気なく、優一はそう言った。

「そうでもない」

 意外なことに、天使は否定する。

「だが、自分が生きて暮らしてきた場所には、多少なりとも愛着が湧くものだろう?」

 優一に尋ねた。

「そうだね」

 優一は頷く。

「オレも何もなかったら、田舎に居たかった」

 ぼそっと呟いた。

 父と結衣のことを誤解したから家に寄りつかなくなったが、そうでなかったらちょくちょく実家に戻っていただろう。

 田舎も実家も優一にとっては居心地が良い。

「帰ってくるつもりがあるのか?」

 天使は聞いた。

「誤解は解けたのだろう?」

 そう尋ねる。

「……」

 その言葉を聞いて、優一は眉をしかめた。

「いったい、どこまで知っているの?」

 嫌な顔をする。

「全部だ」

 天使は答えた。

「プライバシーってモノは天界にはないの?」

 優一は責めるように天使を見る。

「あると思うのか?」

 逆に、天使は聞き返した。

「……」

 優一は考え込む。

 天界がどういう世界なのか全くわかっていないが、あるとは思えなかった。

 心の中が読める天使が居るなら、何もかもが筒抜けだろう。

 そのことについて文句を言うのも苦情を言うのも、意味がないことだと察した。

 そもそも、プライバシーという概念が無さそうだ。

「帰らないよ」

 優一は天使の質問に答える。

「帰って来たいと思っても、簡単には帰れない」

 首を横に振った。

 優一には今の生活がある。

 仕事も友達も何もかもが都会にあった。

 それを全て捨てて田舎に戻る理由が、今の優一にはない。

「帰る気はないんだな」

 天使はそれを聞いて、小さく微笑んだ。

「だったら、天界でもいいじゃないか。都会で暮らすのも天界で暮らすのもそんなに違いはないよ」

 そんなことを言う。

「いや、違いはあるでしょ」

 優一は否定した。

「帰ろうと思えば帰れる場所にいるのと、帰れない場所に行くのは全然違う」

 言い切った。

「帰れないなんて、言っていないだろう」

 天使は苦く笑った。

「今までと同じように、年に二回、実家に帰ればいい。里帰りくらい、許してやろう」

 提案する。

「そういう問題でもない」

 優一は困った。

 根本的なところで、話がずれている。

 天使の方も困った。

「煮え切らないやつだな」

 文句を言う。

「いや、煮え切っているよ。天界には行かないと初めから言っているだろ?」

 優一は改めて断った。

「断られて、はいそうですかと引くわけにもいかない」

 天使は食い下がる。

「何を言われても気持ちは変わらない」

 優一は首を横に振った。

「オレは明日、都会に戻るよ」

 そう宣言する。

「何のために?」

 天使は尋ねた。

「月曜日から、仕事があるから」

 優一は答える。

 今回の帰郷は土日の休みを利用していた。

 月曜日には当然、仕事がある。

「ああ、そうか」

 天使は納得した。

「じゃあ、私もついて行く」

 予想もしないことを言い出す。

「え?」

 優一は驚いた。

「それこそ、何のために?」

 今度は優一がそう聞いた。

「優一を説得するのが、私の仕事だからだ」

 天使は答える。

「ついて行って、優一を説得する」

 勝手に決めた。

「それ、凄い迷惑なんだけど……」

 優一は嫌がる。

「大丈夫だ。自分のことは自分で出来る」

 天使は胸を張った。

「何が出来るの?」

 優一は聞く。

 ちょっと興味が沸いた。

「キップを買って、電車に乗れる」

 天使は威張る。

「えっ? そんなこと?」

 優一は逆に驚いた。

 そんなピンポイントの答えが返ってくるとは思わない。

「というか、電車に乗るつもりなの?」

 不思議そうな顔をした。

「天使って飛べるんだよね?」

 問いかける。

 あの大きな羽は飾りなのかと、疑った。

「都会まで飛ぶのは遠すぎる。電車があるのだから、乗ればいいだろう?」

 天使は合理的なことを言った。

「……確かに」

 優一は納得する。

「なんか、いろんな意味で天使のイメージが変わった」

 天使を見て、苦く笑った。

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