第15話 説得


 天使は普通の家のリビングには不似合いなゴージャスな容姿をしていた。

 長い金の髪を持ち、目はエメラルドみたいな碧色をしている。

 白い衣に身を包み、白い羽が生えていた。

 羽は広げると邪魔なのか、少し窮屈そうに折りたたんでいる。

 絵画の中にいる天使そのものの姿をしていた。

 顔立ちも整っている。

 美人と言って、差し支えがなかった。

 しかし、残念ながら女性ではない。

 胸に盛り上がりはなかった。

 どう見ても、男性型だろう。

(何で女じゃないのだろう)

 優一は暢気にそんなことを考えた。

(どうせなら美女がいい)

 心の中で呟く。

 現実逃避に走った。

 そんな天使を見て驚いたのは、優一だけだった。

 健一はともかく、裕二も結衣も平然としている。

 すでに何度か天使と会っているように見えた。

 そんな家族の反応に、優一は戸惑う。

 健一は天使を見て、眉をしかめた。

「何をしに来た?」

 問いかける。

 椅子から立ち上がった。

 天使のところに行く。

 ダイニングに居る家族を後ろに庇った。

「迎えに来た」

 天使は答える。

 その眼差しは、健一を飛び越して優一を見た。

 目が合って、優一はドキッとする。

 男でも美人になら、熱く見つめられて悪い気はしない。

 そんな優一の気持ちを読み取ったのか、ふっと天使は笑った。

「優一」

 呼びかける。

 自分の名前を知っていることに、優一は戸惑った。

「何で名前を……」

 困惑を顔に浮かべる。

「天使だからな」

 天使は笑った。

「私にわからないことはない」

 そう言い切る。

「天界から私たちの生活を覗き見ていただけだろ」

 健一は苦く笑った。

 天使に突っ込む。

 それを天使は無視した。

「覚悟は決まったか?」

 優一に問いかける。

「何の覚悟?」

 優一は聞き返した。

「その話はもう断ったはずだ」

 優一ではなく、健一が答える。

「私の息子に勝手に話しかけるな」

 天使を叱った。

「私の子供は天界にはくれてやらない」

 きっぱりと断る。

 だが、その言葉を天使はふっと鼻で笑った。

「それはお前が決めることではないだろう?」

 静かな声で囁く。

 穏やかな眼差しが健一を見つめた。

「優一の人生を決められるのは優一だけだ。……違うか?」

 問いかける。

 それはあまりに正論だ。

「……」

 健一は何も言い返せなくなる。

 優一を振り返った。

 優一は戸惑った顔をする。

 話が見えるようで、見えなかった。

 自分が天界に行く話なのだろうということは察した。

 だが、天使の物言いに何か釈然としないものを感じる。

 何かが引っかかった。

「そうだとしても、まだ決めるのは無理だ」

 健一は首を横に振る。

「さっき、話をしたばかりなのは知っているのだろう? 考える時間くらい与えてくれ」

 天使に頼んだ。

「だったら、今、考えればいい」

 天使は微笑む。

「おいで」

 優一を手招いた。

「……」

 結衣は優一を見る。

 裕二も心配そうな顔をした。

 二人の視線を受けて、優一は椅子から立ち上がる。

 天使の呼びかけを無視出来なかった。

 近づいてくる優一に、天使は優しく微笑む。

「私と一緒に天界に行こう」

 手を差し出した。

 自分に向かって差し出された手を優一は不思議そうに見る。

「それって、オレか生まれてくる子のどちらかを天界に寄こせというあの話?」

 優一は天使に尋ねた。

「生まれてくる子?」

 天使は不思議そうな顔をする。

「生まれてくる子を寄こせなんて、私は言っていない」

 否定した。

 小さく首を横に振る。

 そして真っ直ぐ、優一を見た。

「私が欲しいのは優一、お前だよ」

 囁く。

「天界で暮らそう。お前にとっては悪い話ではないはずだ」

 微笑んだ。

 その笑顔は優しいのに、どこか怖い。

「どういうこと?」

 優一は父に見た。

「欲しいのは、オレか生まれてくる子のどちらかじゃなかったの?」

 尋ねる。

「それは……」

 優一は返事に詰まった。

 嘘はついていない。

 だが本当のことを伝えてもいなかった。

「天界は生まれてくる赤子を育てるより、すでに大人になった優一の方がいいらしい。新しい子が生まれてくるなら、優一を寄こせと言ってきた」

 打ち明ける。

「……」

 優一は呆れた。

 天使を見る。

「考える時間なんて、必要ない」

 そう言った。

「天界には行かない」

 断る。

 今の生活を捨てるつもりなんて、優一にはない。

 満員電車に揺られたり大変なことも多いが、今のごく普通の生活が気に入っていた。

 家があって、仕事があって、生活にも困っていない。

 贅沢しなければ、十分暮らせた。

 幸せとはそう言うものだと思う。

 これ以上の何かを優一は望んでいなかった。

 平凡に暮らしたい。

 天使とか天界とかと関わりになりたくなかった。

「天界がどういうところで、自分が何をするか知っていて断るのか?」

 天使は聞く。

「えっ……」

 優一は戸惑った。

 痛いところを突かれる。

 行く気がないので、天界の話なんて何一つ聞いていなかった。

「行かないから、聞かなくていい」

 首を横に振る。

「そう言わずに、断る前に話しくらいは聞け」

 天使は説得した。

「断るのは、聞いてからでも遅くないだろう?」

 問いかける。

 優一は会社の上司と話している気分になった。

 無下に断ることが出来なくなる。

「……」

 困った顔で黙り込んだ。

「話をしよう」

 天使は誘う。

 ここぞとばかりに押した。

「聞かなくていい」

 健一の声がそれを邪魔する。

 優一が流されることを心配した。

 それは結衣も同じようだ。

「そうだよ、優ちゃん。話を聞いたら、情にほだされるかもしれない」

 聞かない方がいいと止める。

 事なかれ主義の優一は、強引に押されると弱かった。

「それも決めるのは優一だろう?」

 天使は結衣に言う。

「はっきり言えば無理やり天界に連れて行くこともだって出来る。そのくらいのことは簡単だ。天使の力を持ってすれば、造作もない。だが、そんなことは私も天界も望まない。どうせなら、納得して来て欲しい」

 真っ直ぐ優一を見つめた。

 優一はまたドキッとする。

 綺麗な顔に弱かった。

 そんな自分に戸惑う。

「二人きりで、話をしよう」

 天使は微笑んだ。

「そんなこと言われても……」

 優一は困る。

(せめて、女の子だったら良かったのに)

 心の中でそう呟いた。

 美女と二人で話すなら、少しは楽しい。

 だがカッコイイ男と二人で話をしても、複雑な気分になるだけだ。

「女ならいいのか?」

 天使は勝手に優一の心の呟きを読む。

 優一はビクッと震えた。

 心を読まれて、気味が悪い。

 だが、天使は気にしなかった。

 次の瞬間、自分の姿を変える。

 胸が膨らみ、身体にしなやかな凹凸が生まれた。

 女に化ける。

 顔立ちも女っぽく柔らかな感じに変化した。

「!?」

 優一は驚く。

「性別、変えられるの?」

 問いかけた。

「私はね」

 天使は頷く。

 天使はいろいろな能力を持っていた。

 だが、個体差がある。

 みんながみんな同じ能力を持ってはいなかった。

 健一にはない力を天使は持っている。

 性別を変えられた。

 妖艶な美女の姿に、優一はちょっと見惚れる。

 意外と好みの顔だった。

「優ちゃん……」

 そんな優一を結衣は心配そうに見る。

「しっかりして。今は女の姿をしているけど、基本的には男だよ」

 優一の目を覚まそうとした。

「ああ、そうか」

 優一は複雑な顔をする。

「とりあえず、男に戻って」

 天使に頼んだ。

「いいのか?」

 天使は問いかける。

「この姿、好みなんだろう?」

 尋ねた。

「勝手に心の中を読むのは止めてくれ」

 優一は不愉快な顔をする。

 文句を言った。

「読んだわけじゃない」

 天使は否定する。

「勝手に聞こえてくるんだ」

 そう言った。

「優一の心の声は煩すぎる」

 天使は迷惑そうな顔をする。

「そんなこと言われたって……」

 優一は困った。

「とにかく、二人で話をしよう。お前の部屋は二階だろう?」

 天使は問いかける。

 姿は女に変わっても、口調は男の時のままだ。

 声もほとんど変わらない。

「その前に、元の姿に戻ってくれ」

 優一はもう一度、促した。

「わかった」

 天使は男に戻る。

「これでいいか?」

 優一に問いかけた。

「ああ」

 優一は頷く。

 健一を見た。

「部屋で二人で話しても大丈夫なの?」

 尋ねた。

 嘘をつくのではないかと、心配する。

「大丈夫だよ」

 健一は頷いた。

「天使は嘘をつけない」

 苦く笑う。

「だから、二人きりで話を聞いても別に問題はない」

 答えた。

「わかった」

 優一は頷く。

「じゃあ、部屋で二人で話をしよう」

 天使に言った。

 天使は嬉しそうな顔をする。

「では、行こう」

 優一を急かした。









 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます