第13話 羽

 父親だと思っていた親の妊娠を聞かされて、優一はただ困った。

 ちらっと父の腹を見る。

 そこにはまだ膨らみはなかった。

 だが、嘘とは思えない。

「今さら、兄弟って言われても……」

 ため息をついた。

 27歳も年が離れた兄弟なんて、自分の子供も同然だ。

 しかも、産むのは自分がずっと父親だと思ってきた健一だ。

 一度にいろいろ聞かされて、処理できなくなる。

 明らかにキャパをオーバーしていた。

「もう、何がなにやら」

 考えることさえ、嫌になる。

 お手上げと言うように、肩を小さく竦めた。

「好きにしてくれ」

 たった一言、そう呟く。

 関わりたくないと、正直、思った。

「オレは今までどおり向こうで暮らして、滅多に帰らない。だから、父さんとおじさんが実質夫婦でも、二人の間に子供が生まれても、結衣ちゃんと偽装結婚することも、もうどうでもいい。オレには関係ない。正直、関わりたくない」

 本音を漏らす。

「そうだろうな」

 健一はそんな息子の気持ちも理解できた。

 簡単に受け入れてもらえるとは思っていない。

 優一が自分たちと距離を取るというなら、それはそれで仕方ないと思った。

 引き止める言葉も無い。

「オレ、このまま帰るよ」

 優一は告げた。

「おじさんや結衣ちゃんにどんな顔をして会えばいいのか、わからない。もう面倒なことは考えたくない」

 逃げることにする。

 優一は壁があったら、回り道を探すか無理なら引き返すタイプだ。

 何故、わざわざ苦しい思いをして壁を登らなければならないのか、理解できない。

「お前ならそうするだろうな」

 健一は苦く笑った。

 息子の性格は理解している。

「でも、そういう訳にはいかない事情があるんだ」

 申し訳ない顔をした。

「まだ何かあるの?」

 優一は声を荒げる。

 苛立った。

「一度に打ち明けすぎだよ」

 さすがに怒る。

 腹が立ってきた。

「申し訳ない」

 健一は頭を下げる。

「これについては、心から悪いと思っているんだ」

 そう言った。

 本気で反省している父を見て、優一の心はざわざわする。

 親に頭を下げられるのは、いくつになっても複雑な気持ちになった。

「今度はなんなの?」

 優一は問いかける。

「実はずっと音信普通だった天界から、今さら連絡が来た」

 健一は息子の顔をじっと見つめる。

「二人目を身篭ったことがばれたらしい。天界も人間界同様少子化問題が深刻なんだ。二人も居るんだから一人は天界に寄こせと言ってきた」

 その言葉を聞いて、優一は眩暈がする。

「何、それ?」

 眉をしかめた。

「そんな勝手な話、本気で言っているの?」

 呆れる。

「残念ながら、向こうは本気だよ」

 健一はため息をついた。

「天使たちは勝手なんだ」

 困った顔をする。

「もちろん、私は優一もこの子も天界にくれてやるつもりなんてない」

 きっぱりと宣言した。

「だが、相手は天使だ。どんな手段を使っても、優一とこの子に接触してくるだろう。だから、その前に優一に全てを話さなければと思ったんだ」

 健一はようやく、優一に全てを話した事情を説明する。

「これで全部?」

 優一は尋ねた。

「後は隠していること、ないの?」

 確認する。

「全部だよ」

 健一は答えた。

「……そう」

 優一は頷く。

「天界が何て言おうが、オレには関係ないよ。ただの人間なんだから」

 ほっとしたように呟いた。

 自分がごく普通の人間であることに、初めて感謝する。

 自分を天界に連れていこうとは思わないだろうと思った。

「……」

 しかし、それを聞いて健一は複雑な顔をする。

「優一は人間ではないよ」

 ぼそっと告げた。

「えっ……」

 優一は絶句する。

「……」

 困惑した顔で父を見た。

 健一は困った顔をする。

 優一は一つ、大きく息を吐いた。

 深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。

「どういう意味?」

 問いかけた。

「堕天使からは必ず天使は生まれると言っただろう?」

 健一は呟く。

 優一に先ほどした話を確認した。

「うん」

 優一は頷く。

 そう言われると、そんなことも言われた気がした。

 だが、打ち明けられる秘密の中に、その言葉は埋没してしまう。

 たいした内容ではないと、記憶の隅の方に追いやっていた。

 それがとても重要なことだなんて、気づくわけが無い。

「ええっ!?」

 優一はようやく、父が何を言いたいのか理解した。

「オレ、天使なの?」

 困惑する。

 それはまったく予想していなかった。

「……たぶん」

 健一はなんとも歯切れの悪い言葉を口にした。

 曖昧に頷く。

「たぶん?」

 その言い方に優一は引っかかりを覚えた。

「たぶんって何?」

 問い詰める。

「実は、私にもよくわからない」

 健一は首を小さく横に振った。

「生まれた時、優一の背中には羽が生えていた。天使の真っ白な羽が。でも一歳の誕生日を迎える頃、気づいたら無くなっていたんだ」

 説明する。

「羽ってなくなるものなの?」

 優一は首を傾げた。

「無くならない」

 健一は否定する。

「だけど、仕舞うことは出来る」

 そう言った。

「出しっぱなしだと、いろいろ不便だろ?」

 苦く笑う。

「そんな融通がきくんだ」

 優一は意外な顔をした。

「きくんだよ」

 健一は頷く。

「優一も、赤ん坊の頃はその日の機嫌で出したり引っ込めたりしていた。だから、羽が無くなったことに最初は気づかなかったんだ」

 たまたま、羽を出さないのだと健一は思っていた。

 生まれたばかりの息子と結衣の二人を育てるのは思った以上に大変で、健一は育児に追われていた。

 毎日、子供たちの面倒を見ることに手が一杯で、いろんなことを考える余裕がない。

 優一が背中の羽をぱたぱたさせている姿をずっと見ていないことに気づいた時、健一は困惑した。

 何日も様子を窺い、羽が無くなったことを知る。

 だが何故無くなってしまったのかは、今だにわかっていなかった。

 天使の羽が突然なくなるなんて、ありえない。

 ずっと羽を仕舞ったままいるだけかもしれないとも疑っていた。

 優一本人にさえ自覚がないのだから、真実は誰にもわからない。

「優一はどちらがいい?」

 健一は息子に尋ねた。

「何と何で?」

 優一は問い返す。

「人間がいいか、天使がいいか」

 父は選択を求めた。

「それ、自分で決められるの?」

 優一は尋ねる。

「いいや」

 健一は首を横に振った。

「決められないけど、優一はどちらがいいのか気になったんだ」

 優一をじっと見る。

「どちらがいいと言われても……」

 優一は困惑した。

「27年間、自分は人間だと思って生きてきたのに、人間以外の選択肢なんて考えられない」

 天使であることを否定した。

「それはそうだね」

 健一は頷く。

「だから優一の羽は消えてしまったのかもしれないね」

 息子の背中に視線を向けた。

「羽なんて、必要ない」

 優一はキッパリと言い切る。

 そんな息子に健一は目を細めた。

 愛しそうに見つめる。

「本当は普通であることが一番難しいって知っていたかい?」

 問いかけた。

「どうかな?」

 優一は首を傾げる。

「自分はずっと普通だと思って生きてきたから」

 小さく笑った。

 普通である自分が嫌いじゃないことに、優一は気づく。

 普通の人生を、優一は何より望んでいた。


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