第9話 告白


 手の甲にキスされて、<天使>は戸惑った。

「お前は勘違いしている」

 裕二を見て、困った顔をする。

「勘違い?」

 裕二は首を傾げた。

「私は女性体ではない」

 <天使>は告げる。

 嫁に来いと言われて、裕二が自分を女だと勘違いしているのだと思った。

「あははっ」

 それを聞いて、裕二は笑う。

「なんだ。そんなこと」

 そう呟いた。

「勘違いなんて、していないよ」

 首を横に振る。

「貴方のことを女性だと思ったわけじゃない。男性であることはちゃんとわかっているよ」

 大きく頷いた。

 <天使>は確かに綺麗な顔をしている。

 きらきらしていて、眩かった。

 だが女性的な顔立ちをしているわけではない。

 顔も身体も、どこから見ても男性だ。

 その上で綺麗で、人目を引く。

「男なのに、嫁になるのか? それは可笑しくないのか?」

 <天使>は困惑した。

 夫婦とは男と女が番うものだと天界では教わった。

 男同士でも夫婦になれるなんて、聞いていない。

 もっとも、<天使>は両性具有だから厳密に言えば男ではなかった。

 だが自分の見た目が男であることを<天使>は自覚している。

「人それぞれかな」

 裕二は答えた。

「日本はまだ法的に同性の結婚は認められていないけど、認められている国だってある。オレは同性と恋愛したことは今までないけど、死にかけた今、男だとか女だとか、そういう問題は小さなことだと思うよ。正直、どうだっていい。そんなことより、後悔しない生き方をする方が大切だろう? 死んでから悔やんでも、遅いのだから」

 一度死を覚悟した人間は強い。

 人目を気にするとか、何かに遠慮するとか、自分を枠に押し込んで、窮屈な生き方をするのは止めようと思った。

 一度死んだつもりでいれば、残りの人生はおまけのようなものだ。

 人様に迷惑をかけなければ、何をしてもいいだろうと開き直る。

 そんな裕二を<天使>は驚いた顔で見ていた。

「人間という生き物は、よくわからない」

 小さく首を横に振る。

「オレもよくわからないよ」

 裕二は同意した。

「でも自分がどんな生き物かなんて、理解しながら生きている生き物なんて、いるの?」

 <天使>に問いかける。

 その質問に、<天使>はどきっとした。

 自分も同じようなことを考えたことを思い出す。

 天使という生き物を天使自身が一番理解していないと感じたことがあった。

 自分と裕二はどこか似ている。

「……」

 <天使>は裕二を見つめた。

「……」

 裕二も<天使>を見つめる。

 裕二は手を伸ばし、今度こそ、<天使>の頬に触れた。

 キスをしようと身体を前に出そうとして、自分の腕の中に結衣が居ることを思い出す。

 裕二に抱きついて、結衣は眠っていた。

 安心したら急に眠くなったらしい。

 すやすやと寝息を立てていた。

 裕二は娘の寝顔を見て、小さく笑う。

「結衣をベッドに寝かせて来てもいいかな?」

 <天使>に問いかけた。

 こくりと<天使>は頷く。

「逃げないって、約束してくれる?」

 裕二はもう一つ、問いかけた。

 こくり。

 もう一度、天使は頷く。

「じゃあ、誓いのキスを」

 そう言って、裕二は触れるだけのキスを<天使>にした。

「!!」

 <天使>は驚いた顔をする。

 繁殖のために年に数回人間に降りるが、<天使>はまだ一度も人間と行為に及んだことがなかった。

 その気になる相手が見つからなくて、いつも何もしないで戻る。

 天界のために繁殖を頑張るつもりがそもそも<天使>にはなかった。

 自力で繁殖できない終わった種族など、滅びてしまえばいいと思っている。

 それが天の理だろう。

「そんな顔しないで」

 裕二の手は優しく<天使>の頬に触れた。

「そんな顔?」

 <天使>は首を傾げる。

 自分はどんな顔をしているのだろうと、疑問に思った。

「目が潤んで、欲情している」

 裕二は囁く。

「そんな顔をされたら、一時でも離れていたくなくなる」

 苦く笑った。

「欲情?」

 <天使>はその言葉に驚く。

 天使は欲情しない生き物のはずだ。

「直ぐに戻るから、少しだけ待っていて」

 裕二はそう言うと、もう一度、今度は<天使>の頬にキスをして、立ち上がった。

 結衣を2階の子供部屋に連れて行く。

 階段を上る足音を聞きながら、<天使>は動揺していた。

 このまま流されていいのか、迷う。

 だが立ち去る決心もつかなかった。

 おろおろしている間に、裕二が戻ってくる。

「お待たせ」

 そう言って、<天使>に手を差し出した。

 <天使>は裕二が立ち去った時のまま、キッチンに座り込んでいた。

 差し出された裕二の手を不思議そうに見る。

「掴んで」

 裕二は囁いた。

 言われた通り、<天使>は裕二の手を握る。

 裕二はその手をぐっと引き、<天使>を立ち上がらせた。

 そのまま、自分の腕の中に包み込む。

 ぎゅっと強く抱きしめられて、<天使>は戸惑った。

 鼓動がいままでにないほど高鳴る。

 ドキドキして、胸が苦しかった。

「苦しい」

 <天使>は呟いた。

「痛かった?」

 裕二は慌てて、腕の力を緩める。

 ちらりと<天使>の羽を見た。

 抱き合うには、羽が邪魔だ。

「その羽、しまったり出来るの?」

 問いかける。

 こくり。

 <天使>は頷いた。

 羽をしまう。

 細身の身体はますますスッキリと細く見えた。

「ベッドに行こう」

 裕二は誘う。

 それがどういう意味なのか、<天使>にもわかった。

 これはある意味、身篭るチャンスだろう。

 裕二の子供が欲しいと、<天使>は思った。

 天界のためなんかじゃない。

 <天使>はただ、自分と裕二の子供が欲しかった。

「頼みがある」

 <天使>は囁く。

「何?」

 裕二は問いかけた。

「私は裕二の子供を身篭りたい」

 <天使>は真顔で言う。

 あまりにストレートな物言いに、裕二は一瞬、戸惑った。

 しかしそれが誘い文句などではなく、本当に言葉通りの意味なのだと、直ぐに気づく。

「子供が生めるの?」

 裕二は問いかけた。

「生める」

 <天使>は頷いた。

「天使は両性具有だから、私にも子宮がある」

 少し恥ずかしそうに、説明する。

「そうか」

 裕二は頷いた。

 それは嬉しい誤算だった。

 結衣に兄弟を作ってやれると思う。

 <天使>が自分の子を産んでくれるなんて、思いもしなかった。

「オレの子供を生んでくれ」

 裕二は改めて、自分から頼んだ。

 こくり。

 <天使>は嬉しそうに頷いた。






 寝室で、二人は抱き合った。

 初めての性行為は<天使>にとって戸惑うことばかりだ。

 だが裕二は手取り足取り<天使>に教える。

 裕二は決して、ことを急がなかった。

 キスも愛撫も<天使>は初めてのようで、与えられる快感にただ戸惑っている。

 それがわかったから、裕二はゆっくりと<天使>を愛した。

 不慣れな<天使>が愛しい。

 初体験をいい思い出にしてやりたくて、気持ちがいいことばかりをたくさんしてあげた。

 あまりに可愛がりすぎて、途中で<天使>は泣き出す。

 大きすぎる快楽に感情が追いつかなかった。

 何故か涙が溢れる。

 そんな<天使>の涙を裕二は舌で舐め取った。

 ゆっくりと時間をかけて<天使>の中に入り込み、子宮の中に精子を出す。

 <天使>を身篭らせようとした。

 自分の中に熱い迸りを感じて、<天使>は不思議な感覚を味わう。

 腹の奥が熱かった。

 それは今まで感じたことがない温かさだ。

 ずっと自分の心は冷たいと思っていたが、初めて、心が温かくなるのを感じた。

 中には出したものの、受精したのかどうかは裕二にも<天使>にもわからない。

 <天使>には自分の妊娠を察する力はなかった。

 仲間にはそういう能力を持つものもいるが、自分は持ち合わせていない。

 だが種付けのために、<天使>は一週間ほど人間界に滞在することができた。

 一週間毎日性行為に励めば、身篭るのではないかと<天使>は思う。

 裕二の家で暮らすことにした。

 一緒に生活できると聞いて、裕二は喜ぶ。

 二人は奇妙な同棲生活を始めた。





 









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