第6話 出会い


 女の子は2歳になったばかりだった。

 生まれて直ぐに母を亡くし、父と二人で暮らしている。

 だが、女の子は寂しくなかった。

 同じ敷地にある隣の家にはおばが住んでいて、女の子を自分の娘のように可愛がってくれる。

 昼間はおばの家に預けられ、父が仕事から帰る夜だけ、女の子は自分の家に戻った。

 父が食事を作って、食べさせてくれる。

 母の従姉妹であるおばも病弱だった母同様、あまり身体の丈夫な人ではなかった。

 食事の支度までは負担を掛けられない。

 昼間、女の子の世話をするだけでも彼女には精一杯だ。

 それを知っているから、女の子の父親は仕事で疲れ切っていても家に帰ってから食事を作る。

 女の子に食べさせ、それが終わると風呂に入れた。

 子供部屋に女の子を寝かしつけた後、やっと自分の時間が取れる。

 夕食を食べ、風呂に入って自分も寝た。

 翌日も朝は早い。

 ゆっくり出来る日なんて、月に一度もなかった。

 仕事は休みでも、育児に休みはない。

 二歳児の相手は並大抵の体力では務まらなかった。

 歩き始めた子供は、目を離すと直ぐにどこかに消える。

 少しずつ疲労は父親の身体に溜まっていった。

 ある日、とうとうそれが限界値を超える。

 キッチンで倒れた。






 ガタッ。

 真夜中、大きな音がして女の子は目を覚ます。

「パパ?」

 暗闇の中、女の子は呼びかけた。

 父親を呼ぶ。

 だが、返事はなかった。

「パパっ」

 女の子はもう一度、大きな声を出す。

 胸騒ぎがした。

「……」

 ベッドの上で布団に包まって、女の子は考える。

 暗いのは怖かった。

 だが、もう一度目を閉じて朝まで眠るなんて出来ない。

「パパ、パパ」

 女の子は今度は先ほどより大きな声で父親を呼んだ。

 いつもなら、呼べは父親は直ぐに来てくれる。

 怖い夢でも見たのかと問いかけながら、優しく抱きしめてくれた。

 しかし、いくら待っても父親が来る気配はない。

 女の子は何かあったのだと、直感的に察した。

 ベッドを降り、ドアを開ける。

 部屋も廊下も真っ暗だった。

 だが、女の子の背では電気のスイッチに手が届かない。

 暗い中、進むしかなかった。

 壁に手をついて、女の子は歩く。

 闇に目が慣れてきた。

 自分の進む先に階段があるのがわかる。

 女の子の部屋は2階にあった。

 父親の部屋は1階で、リビングやキッチンも1階にある。

 女の子はゆっくりと足で床を探りながら、階段を下りて行った。

 1階には明かりがついている。

 女の子はほっとした。

 足元が明るくなると、急いで階段を降りる。

「パパ?」

 父親を探した。

 明かりがついているリビングに飛び込む。

 しかし、そこに父親の姿はなかった。

 付けっぱなしのTVの音が部屋の中に響いている。

 次に女の子はキッチンに向かった。

 キッチンにも電気がついている。

「!?」

 そこで、女の子は声にならない声を上げた。

「パパっ!!」

 倒れている父親を見つけて、駆け寄る。

 夕食を終え、使った食器を洗おうとキッチンまで運んできたところで、気を失ったらしい。

 シンクの上には使った食器が積み重なっていた。

「パパ、パパ」

 女の子は呼びかける。

 父親の身体を、必死で揺らした。

「……」

 しかし、父親は目を覚まさない。

 反応もなかった。

 女の子はなんとかしなければと焦る。

 僅か2歳でも、父親を助けなければという気持ちは芽生えていた。

 誰かを呼びに行こうとする。

 隣の家に住む、おばのところに向かった。

 だが、玄関には鍵が掛かっていて出られない。

 窓も同様だ。

 女の子がどんなに背伸びしても、鍵には手が届かなかった。

「ひっく、ひっく」

 女の子は嗚咽を漏らす。

 泣き出した。

 自分が何も出来ないのが、悲しい。

 父親を助けたいのに、助けられなかった。

 このままでは、父親が死んでしまうと思う。

「えーん。えーん」

 女の子は大きな泣き声を上げた。

 玄関とリビングの窓を何度も往復する。

 家を出ようと試みた。

 だが、出られない。

 その内、疲れ果てた。

 リビングの入口でしゃがみこむ。

 その場で、ただ泣き続けた。

 何をすれば父親を助けられるのか、わからない。

 途方にくれたその時、その人は現れた。

「どうしたの?」

 問いかけられる。

 急に目の前に人が現れて、女の子は驚いた。

 その人は白いローブに身を包んでいる。

 背中には白い羽が生えていた。

 幼い女の子にも、その姿は奇妙に映る。

 だが、そんなことを気にしている場合ではいのはわかっていた。

「パパが……。パパが……」

 女の子は必死で訴える。

 助けて欲しいと伝えたいのに、嗚咽で上手く言葉が紡げなかった。

「パパはどこ?」

 その人は優しく尋ねる。

「こっち」

 女の子はその手を掴んだ。

 指先を握って、引っ張る。

 キッチンで倒れている父親の元へ連れて行った。

「!?」

 倒れている父を見て、その人は駆け寄る。

「大丈夫ですか?」

 声を掛けた。

 父の身体を優しく揺らす。

 返事はなかった。

 その人は父の口元に手を翳し、息があることを確かめる。

 ほっと安堵の表情を浮かべた。

 だがそれは直ぐに陰る。

 気まずそうに女の子を見た。

 女の子は必死でその人を見つめる。

「パパを助けたい?」

 その人は女の子に問いかけた。

「うん」

 女の子はこくりと頷く。

「助けて」

 頼んだ。

「……」

 だが、その人は迷う。

 躊躇った。

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