第3話 秘密


 届いた写真を優一は直ぐに封筒に戻した。

 深く考えるのを止める。

 手紙は引き出しの奥深くにしまいこんだ。

 父が結衣と再婚するのだとしたら、このままスルー出来る問題ではない。

 だが、今すぐ何かする気にはなれなかった。

 父から連絡が来るのを待つことにする。

 それまではスルーすることにした。

 問題から目を背ける。

 いつもと変わらない日常を送った。

 三日後、父から電話が来る。

 いつものように仕事から帰って家でコンビニの弁当を食べていると、ケータイが鳴った。

「……」

 優一は一瞬、電話に出ることを躊躇う。

 父からの着信なのは、名前が出ているからわかった。

 無視してしまいたい。

 しかし、それも出来なかった。

 覚悟を決めて、電話に出る。

 もう18の子供ではない。

 何を聞かされても、受け止められると思った。

 27歳の社会人なりの対応は出来る自信はある。

 通話ボタンを押し、耳に当てた。

「もしもし」

 呼びかける。

『優一? 写真、届いた?』

 父の明るい声が聞こえた。

 機嫌がいいことが声だけでもわかる。

「……うん」

 優一は頷いた。

 届かないと答えたら、もう一度送って寄こすのはわかっているから嘘をついても仕方ない。

 それがわかっているので、正直に認めた。

『はははっ』

 優一の暗い声を聞いて、電話の向こうの父は笑う。

「何、笑っているの?」

 優一はムッとした。

『予想通りの反応だから』

 父は答える。

『オレと結衣ちゃんが結婚すると思っているんだろ?』

 問いかけた。

 優一の初恋の彼女の名前を口にする。

「……違うの?」

 優一は問い返した。

 それ以外、考えられない。

 ちらりとしか見なかったが、写っていたのは、父と彼女とその父親だけのはずだ。

 そこで、優一はある可能性に思い至る。

「……」

 渋い顔をした。

「ちょっと待って」

 父に呼びかける。

 気持ちを整理する時間が欲しかった。

 一つ、大きく深呼吸する。

「もしかして、結婚相手は結衣ちゃんじゃなくおじさんの方なの?」

 ドキドキしながら尋ねた。

 父の結婚相手が幼馴染の初恋の女の子なのと、実は父親が隣のおじさんとできていたというのは、どちらがましなのだろうと考える。

 真剣に悩んだ。

『うん、そう』

 父はあっさり、結婚相手が同性であることを認める。

 あまりに簡単に言われて、優一は返事に困った。

「……」

 黙りこむ。

 こういう時、何て返事をすればいいのだろう。

 いろんな意味で複雑だ。

 結婚相手が結衣でないことには、ほっとしている。

 今さら昔の初恋を引きずっているわけではないが、結衣をお母さんと呼ぶのだけは嫌だ。

 それは父もわかっているのだろう。

 しかし、隣のおじさんと自分の父親が関係を持っていることも、すんなりとは受け入れられなかった。

 いつからそんな関係になっているのかも、気になる。

 昔から、父とおじさんは仲が良かった。

 娘を預けるくらいだから、当然かもしれない。

 親戚とは言っても、血のつながりがある二人は亡くなっているので、ほとんど他人だ。

 父子家庭同士で助け合っていたとも言えるが、家族旅行も四人一緒だったことを考えると、普通ではないだろう。

 そのことに、今、気づいた。

 どこに行く時も、運転手はおじさんだったことも思い出す。

 父は運転免許を持っていなかったし、結衣が一緒なのは嬉しいから優一は気にしなかったが、よくよく考えれば変だ。

 おじさんや結衣抜きで父と二人で家族旅行に出掛けた記憶がまったくない。

「いつからにの?」

 優一は尋ねた。

『……』

 今度は父が黙りこむ。

「……」

 優一も黙った。

 沈黙が痛いほど重い。

『それについては、会った時に話したい』

 父はそう言った。

『優一には、もっと伝えなければいけないことがあるんだ』

 声に真剣さが帯びる。

 優一はどきっとした。

 まだ何かあるのかと怯える。

 もうすでに十分過ぎるほど、衝撃を受けていた。

『実は優一にずっと隠していた秘密があるんだ』

 父は打ち明ける。

「おじさんと出来ていたってこと以外に?」

 優一は突っ込んだ。

 真剣に聞くには空気が重過ぎて、思わず茶化す。

『ああ』

 父は頷いた。

『簡単に信じられることではないと思う』

 そう言う。

「どんな秘密?」

 優一は気になった。

『今週末、帰ってきなさい。その時に話すよ』

 父は答えない。

 話を聞きに来いと呼びつけた。

「そんなこと急に言われても、無理」

 優一は断る。

 帰りたくなかった。

 結衣の父と出来ているなら、結衣とのことは自分の誤解なのだろう。

 だがそれがわかっても、気まずいのは変わらなかった。

 家には帰りにくい。

「話したいなら、今、言って」

 優一は父を促した。

 勿体付けられているようで、少しイラッとする。

『言ってもいいけど……』

 父は言い淀んだ。

『信じられないと思うよ?』

 電話の向こうで、苦笑する。

「そんなの、言われてみなければわからない」

 優一は反論した。

『じゃあ、言うけど……』

 電話の向こうの声が小さくなる。

『父さん、実は元天使なんだ』

 囁いた。

「……」

 優一は沈黙する。

 父の言葉は右耳から入って、左耳に抜けた。

 通り抜けていく。

 突拍子過ぎて、理解ができない。

「はあ?」

 冷たく聞き返した。

 聞き間違いであって欲しいと思う。

『だから、信じられないと言っただろう?』

 父の苦笑が電話から伝わってくる。

『とりあえず、帰っておいで』

 そう言った。

「……わかった」

 優一は頷く。

「今週末、帰るよ」

 約束した。

 さすがにそれは顔を見て話を聞かないといけないと思う。

 父がどこか可笑しくなったのかも知れないとも心配もした。

『待っているよ』

 久しぶりの帰郷を、父は喜ぶ。

 その声はいつもと同じだった。 













 


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