第56話 1時間以内に金貨10枚を使い切るゲーム

「とっても簡単なゲームだよ、これから1時間猶予とお金を渡すからそれを制限時間以内に使いきれるかってゲームさ」

「なっなんだそのゲームは?」

「んで、残金が銅貨5枚以下になればそっちの勝ち。もし勝てたら今回の事は不問にするね」

「銅貨5枚以下・・・」

「もしも・・・使い切れなかったら・・・」


ナナシの目がまるで獲物を見詰める肉食獣の様にキラリと光る。

そして、細かな条件が提示された。


・店を出てから1時間以内に金貨10枚を使い切る。

・使用に関しては物を購入した場合はそれを消費しきる必要がある。

・支払いに関しては正規の料金以外は認めない。

・購入物や金の贈与や廃棄は禁止。

・互いに奴隷の首輪を装着した上でゲームを開始する。


「どう?やる?」

「・・・」


ナナシの質問に店主はゴクリと唾を飲み込み俯いて考える・・・


(馬鹿なゲーム狂め、だがこれはどう考えてもワシが有利なゲームだ)


店主は以前のゲーム勝負の事を思い出してほくそ笑んでいた。

ナナシが行なうゲーム勝負は実は穴だらけでそこを突ければ簡単に勝利できる。

そう・・・


(コノ勝負もらった!)

「いいだろう、中々厳しい条件だが飲んでやる。だがそれならもっとこっちに色々付けれもらわないとな・・・」


互いに奴隷の首輪を装着すると言う事はルール破りが出来ない上に負ければ相手の奴隷になってしまうと言う事。

だが店主の脳裏にこのゲームの必勝法が浮かんでいたので迷う事無く返事を行なった。

それもあって更に追加でルリエッタだけでなくリル、ネネ、ナナの4人を奴隷にするように要求をしてきた。


「OK、それじゃあ店員さん奴隷の首輪を互いに宜しく」


店主の追加要求に一切の迷い無く答えるナナシ。

そう言って店員に用意させた奴隷の首輪を互いが互いに装着し先程の条件でルールを設定した。

そして、ゲームはスタートしナナシから金貨10枚を受け取った店主は店の外へ走って出て行った。


「ナ・・・ナナシ・・・このゲーム大丈夫なの?」


リルが心配そうに尋ねてくる、そんなリルにナナシは笑顔を向けた。

まるで何も心配は要らないとばかりに微笑むナナシ、そしてナナシは笑顔のまま口を開いた。


「ファイアーボール」


それはネネから教わったあの魔法、ナナシの周囲に1つだけ人魂が出現した。

ナナシはそれを魔力を纏った手で掴んで自らの首輪に持っていき・・・


「黒の魔法 火の力よ我が手より全てを照らす火の奇跡を!ファイアー!」


それはナナシの詐欺魔法、時間を焼却して巻き戻す火魔法。

それが首輪に作用して奴隷の首輪は装着される前の状態に戻されて取り外された。


「さぁ楽しい楽しい復讐の始まりだね」


そう言って置かれていた椅子に腰掛けて優雅に待つのであった。





一方その頃、店主はとある店に向かっていた。

その顔には余裕の笑みが浮かんでおり全力疾走ではなく軽いジョギングをしているかのような走りでその店へと駆け込んでいく・・・


「おいマスター!この店で金貨10枚に一番近い酒を出してくれ!」


そう、店主は酒場にやってきていた。

購入した場合はその購入したものを全て消費しなければならないと言うルールがある以上は購入できるのは消化できるもの、つまり飲み食い出来る物か使う事で減るものと言う事である。


「おや?奴隷商の所の・・・こんな時間にどうしたんだい?」

「なんでもいいだろ!いいから早く高い酒を出せ!」


少しイライラした感じではあるがまだまだ余裕の店主である。

だが・・・


「悪いね、実はさっき六郎が倒されただろ?それを祝ってな定食屋の兄ちゃんが店の酒を全部買い取ってくれてな、今日だけは飲みたい客には無償で提供するって約束なんだよ」

「なに?いいから金は払うからさっさと出せ!」

「いやいや、今日は祭りだから無料でいいなら出すけどさ」


そう言われ店主は悩む、飲んだところで既に店の物ではない酒は支払いが不可能なのだ。

小さく舌打ちをしながら店主は店を飛び出して他の店へ飛び込んだ。

だが・・・


「今日は全商品買い取ってもらったから無料で提供してるのよ」

「うちの酒は今日だけは飲み放題だぜ」

「持ち帰りもOKだ。袋いるか?」


どの店に行っても酒が既に買い占められており表情を歪ませる店主。

既にこれもナナシの作戦であった。

出発前にこのゲームを計画し定食屋の店主に頼んで飲食店全ての店の今日の支払いを全て持つように金を渡して頼んでいたのだ。

飲食店の店主が何か言おうとしたとしてもナナシの・・・


「これが奴隷から解放して貰った恩返しになるんです。だから宜しくお願いします」


そう言われれば断る事は出来ず町中のありとあらゆる飲食店を既に抑えられていたのだ。

恐るべきはその経済力であるが全ては嵐から振り込まれた今までの観覧者数に応じて振り込まれた多額の金がそれを可能としていたのだ。

その額・・・実に白金貨30枚、日本円にして約3000万円もの大金であった。

残った分は勿論返却されるのだがこれが現在のナナシの全財産であった。


そして、幾つかの店を巡って店主は大元である定食屋に遂に駆け込んだ。


「おい定食屋の男!お前が色んな店の物を買い占めたせいで迷惑してるんだ!どうしてくれるんだ!」


とんだ言いがかりである。

町の住人からすればこの素晴らしい一日を共に喜ぶ為に身を削って人々に貢献した定食屋になんて事を言ってるんだと睨み付けるような目を向けられる。

だがそんな事はお構い無しに怒鳴る奴隷商の店主に対して定食屋はいかにも今日の良き日を楽しんでいるように明るく答えた。


「どうしました?なにかありましたか?」

「お前のせいでこっちはとんだ迷惑を受けたんだ!どうにかしろ!」

「ふーむ、なんだか良く分かりませんが何をご所望ですか?」

「そうだな、値引き無しでワシが食べられる量の金貨10枚くらいの料理を出せ!勿論金は払わせてもらう、それで許してやる」

「ふーむ・・・それならあれなんてどうです?」


そう指差された先には壁に貼られた1枚のポスターが貼ってあった。


『大盛りオーク丼 高級ワイン付き 金貨10枚、制限時間30分で挑戦してみませんか?』


それを見た店主は口元をニヤリと歪ませて今さっき描かれたばかりな感じのそのポスターを指差して告げる。


「これを出せ!今すぐにだ!」


既に奴隷商を出てから20分が経過していたがこれを食べきれば奴隷商へ戻るのは十分に間に合う。

しかもきっちり金貨10枚を消費できると言う願ったり叶ったりの大食いチャレンジであった。

都合がいい事に店主は空腹な上に急いで店を巡ったので絵の通りであれば余裕で食べられると判断していた。


「はい、お待ちだ!」


そう言って出されたオーク丼、それなりに量はある感じだが店主でも十分に食べきれる量であった。

それを無造作に丼を手にとって一気に駆け込むように口の中へ流し込んでいく店主!

殆ど食べると言うよりは飲み込むといった感じの勢いに周囲に居た客も驚きを隠せない。

そして、15分が経過して店主は全てを平らげて一緒に出されたワインを口にしていた。


「ぷはぁ・・・やった・・・やったぞ!これでワシの勝ちだ!」


携帯していた時計を見るとまだ残り時間は10分以上残っていた。

一息ついて口周りを拭き取った店主は嬉しそうに口にした。


「ごちそうさんだ!代金はここに置かせてもらうぞ!じゃあな!」


そう言って急ぎ足に自らの店に駆け戻って行った。








「おい小僧!今戻ったぞ!」


ナナシが蹴り破った扉の残骸を踏みしめて飛び込んできた店主は嬉しそうに叫ぶ!

それはそうだろう、この勝負で4人の女奴隷が手に入る上にナナシを奴隷にする事が出来るのだ。

そして椅子に腰掛けてのんびりとしているナナシを見つけて怒鳴る!


「さぁゲームは俺の勝ちだ!約束は守ってもらうぞ!」


そう言っていやらしそうな目でナナシの横に座る4人を見詰める。

だがその店主の肩を後ろから掴む手が現れた。


「お客さん、おめでとうございます。こちら商品のお食事券と・・・完食と言う事で無料とさせて頂きますので代金はご返却させてもらいますね」


そこに居たのは定食屋の男であった。

男から手渡される『定食1つ無料』と描かれたお食事券と支払った筈の金貨10枚が店主の手に戻ってきた。

その様子を大きく口元を歪めたナナシが嬉しそうに眺め告げる。


「チェックメイトだ奴隷商の店主・・・いや、俺の奴隷よ。とりあえず口を開くな」

「なっきさっ・・・んんん・・・」


それは奴隷商の店主が残り時間で金貨を使いきれない現実を認めてしまった事から効果を発動した奴隷の首輪による作用であった。

そして、ナナシの首に自分が装着させた筈の奴隷の首輪が既に無い事、それを見て膝から崩れ去る店主。

奴隷商の店の者はその姿を見て直ぐに店から逃げるように飛び出して行った。

それはそうであろう、店主がナナシの奴隷になった。抵抗しようにも相手はこの町をたった一人で征服していた六郎を撃破するほどの強者である。

ナナシはその跪いた姿を見下しながら告げる。


「さて、それじゃあ早速最初の命令だ。この店の奴隷を全部解放するぞ」

「んんっ?!」


ナナシの宣言に目を見開く奴隷商の店主であった。

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