第16話 炎の精霊と、術者の契約

 ノエル・カッツェ・ヴァイス・レイアの四人は、〈暗き森〉の中を相変わらず徒歩で南下していた。案内役として先頭を歩いていたレイアが、歩みを止めて斜め前方の道を指し示す。


「……もうすぐ日が落ちる。少し進んだところに洞窟があるはずだ。今日はそこで休もう」


 レイアは元々この森の住人だから、森の地理を隅々まで熟知している。彼女が仲間に加わってから、ノエル達は一気に旅のペースを上げることができていた。

 戦士のカッツェと森の民であるレイアは野営に慣れていて、どんな場所でも寝ることができる。だが、温室育ちであまり旅慣れていないノエルとヴァイスのために、なるべく安全・快適な場所を選んで寝床を決めてくれていた。戦士二人のサバイバル知識は、必要最小限の荷物しか携えていない一行にとって、非常に有り難いものだった。


 *

 レイアが案内してくれた洞窟は、綺麗な小川のすぐ近くだった。


「うん、ここはいい場所だね! 精霊の気配がすごく澄んでる」

「そうなのか? まぁ水もあるし、安全そうではあるな」


 周囲の様子に満足して、ノエルがお墨付きを出す。カッツェは水源が飲用可能か確認したり、周囲の地形を確かめてから、ノエルの言葉を肯定した。

 この洞窟は、切り立った高い崖の壁に穿うがたれていて、背後や頭上から敵に襲われる心配はない。洞窟の前は南に向けて開けていて、視界は良好。日当たりも良さそうだ。


 ノエルには「野営に適した場所かどうか」ということはよくわからないのだが、カッツェとレイアの言葉に従っていれば、まず間違いはなかった。本来なら、野宿サバイバル初心者である非力な魔導師を二人も連れた状態で安全に旅を続けるのは、骨の折れる仕事のはずだ。だがカッツェ達は文句も言わずにその役を担ってくれていた。

 ノエルも徐々に、前を行く戦士二人の配慮には気付きつつあった。だからこそ、多少疲れていても、最初の頃のようにわがままを言う控えるようになった。いくら体力のない子供とは言っても、周りの大人三人に甘えていては情けないと思ったからだ。


 *

 野営のため、カッツェが薪集めを始めた。ノエルもさっそく手伝う。薪集めは危険もあまりなく疲れないし、キャンプファイアーのようで少し楽しい。快適な夜を過ごすためのこの準備時間が、ノエルは好きだった。

 レイアとヴァイスは周囲の確認も兼ねて、それぞれ逆方向に食料となりそうな木の実やキノコを探しに行った。エルフ族の耳と嗅覚で、周囲に危険な動物の縄張りや痕跡がないかを確認してくれているのだ。


「ふふ、カッツェの精霊も、ここが気に入ったみたいだね」


 乾いた木の枝を選んで拾いながら、ノエルは何気なくカッツェに話しかける。


「俺の精霊……? 俺には、姿も形も見えんが」

「えっ、もしかしてカッツェは精霊の声、聴こえないの? じゃあ、どうやって魔導術を使えるようになったの?」


 困惑した表情をしているカッツェ。ノエルは彼よりもっと驚いていた。


「魔導術は、生まれつき使えるか使えないかが決まってるんじゃないのか? 俺の場合は、成人してから気付いたが。ある魔導師の爺さんに”この呪文を唱えてみろ”と言われて、唱えてみたら使えた……というのが最初だな」

「魔導術が使える人なら、生まれつき精霊の姿も見えるはずだよ。大人になってから初めて使えた人なんて聞いたことないなぁ……」


 カッツェの話を聞いて、ノエルはますます首を傾げる。

 ノエル自身は生まれてすぐ、北の村に住む老師に育てられながら魔導術の指導を受けた。カッツェの言う通り、魔導術が使えるか否かの才能はほとんど生まれつき決まっている。体内に宿る魔力――魔素エーテル、すなわち魔導エネルギー――が高くないと、魔導術を使うことはできない。


 〈魔導術〉とは、力をのこと。術者の魔力を媒介にして精霊の力を引き出し、この世の有象無象に干渉するわざだ。術が使えるということはすなわち、精霊と契約して使役しているということを意味する。精霊が視えていないのに魔導術だけ使えるなど、聞いたこともなかった。


 *

 実際、カッツェの肩の辺りには常に炎の精霊――ノエルの目からは紅く輝く光の珠に見える――がずっと浮かんで付き従っている。ノエルは、カッツェが正式にこの炎の精霊と契約を結んでいるものだとばかり思っていた。が、カッツェの話を聞く限りどうやら違うようだ。


 たいていの魔導師は、幼いうちに自分と相性のよい精霊を選んで契約を結ぶ。術者の真名を精霊に打ち明け、精霊と術者の間で互いの魔力エネルギーを交換することで、契りを結ぶのだ。精霊の声が聴こえず視えない者には、そもそも精霊と契約することすらできないはずだ。


 ノエルは混乱したが、カッツェはもっと訳が分からないという顔をしている。これ以上彼に訊ねても仕方がなさそうだ。そう思い、ノエルはカッツェの精霊に直接話を聴いてみることにした。


「……ちょっと、カッツェの精霊さんとお話しさせてね」


 カッツェの肩越しに空中を見つめ、そこにいる炎の精霊に意識を集中する。

 特定の精霊に話しかけるというのは、意外と難しい。精霊は気まぐれで、人間の問いかけなど聴いてはくれない。だがノエルはカッツェとしばらく旅をともにしてきたから、きっと彼の精霊も受け入れてくれるだろう。


「……なるほど、ね」


 しばらくして応えてくれた炎の精霊の回答に、ノエルは納得しながら集中を解いた。

「カッツェの精霊が、僕に色々と教えてくれたよ」


 精霊がノエルに送って来てくれたイメージーーそれはノエルにとっても驚くべき内容を含んでいた。おそらくこんな形で精霊と契約した人間は、カッツェが初めてなのではないだろうか。ある意味、純粋な魔導師であるノエルやヴァイスよりも凄いかもしれない。

 せっかくなので、カッツェにも精霊が話してくれたことを教えてあげることにした。



=======================

◆冒険図鑑 No.16: 精霊スピリット

 精霊とは、この世に存在するエネルギーそのものである。例えば、陽の光の暖かさ、そよぐ風の揺らめき、雷電の震動、夜影の冷たさ。それら形のないもの全てが、精霊たちの本質だ。

 精霊はこの世のどこにでも存在し、寿命を持たない。精霊にとっては個の区別もあまりなく、全体であると同時に部分でもある。肉体をもつ人間にとって、その本質を理解することは非常に難しい。

 ただし魔導師と契約した精霊は、魔導師と魔素の交換を頻繁に行ううちに自我が強くなり、個性が出てくる場合もあるようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る