第40話 聖母子
菊が弥助を従えて姿を現したとき、猿若は
「
菊が尋ねた。
「オ寺ニ帰リタイ……。」
「お寺?」
「南蛮寺のことでございましょう。」
猿若が言った。
「姥柳町にございます。」
菊は、店と河原を往復するのがやっとの暮らしだったので、寺のことは噂に聞いていただけだった。
「途中じゃない。この人を送り届けてから行きましょう。」
時の権力者信長は、自らの
案内を
菊は聖堂の中に一歩足を踏み入れたとたん、
暗い中、そこには様々な光が
聖堂の中央には
(罪人をあがめる宗教だと聞いてはいたが)
菊は思った。
(それにしても、あの男は優しい目をしている)
なるほど、仏や神をあがめる日本の宗教とは、ずいぶん違うようだ。
一筋の光が祭壇の横に架けられた小さな絵に当たっていた。
菊の目はその絵に釘付けになった。
それは子供を抱いた女の絵だった。
優しい、でも哀しげな目は
ゆらゆらと立ち上る
(浮き上がっている)
まるで生きているような絵。
どうしようもない違和感、でも同じくらい、どうしようもなく人を
絵といえば、平べったいものだと思っていた。でも、この絵の人物は触れることさえ出来るようだ。
(知りたい……どうしたらこんなふうに描けるのか)
扉が開いて、二人の南蛮人たちが弥助を従えて入ってきた。老人と若い男だ。
年配のほうが言った。
「あなたがたが通りかかってくださらなかったら、弥助は
「当然のことをしたまでです。」
「これはささやかながら御礼です。」
若いほうの坊さんが
「いいえ、御礼なんて結構です。」
三九郎ががっかりしたことに、菊は金を受け取ろうとしない。
「私には、あの時ああすれば良かったと悔やむことが山のようにあります。そういう後悔の種をこれ以上増やしたくなかったんです。それだけです。礼なら、この者たちに言ってください。兵たちの気をそらすため、命がけで働いてくれました。私はただ、この者たちに手伝ってくれるよう頼んだだけです。」
菊が教会の門をくぐろうとすると、弥助が後から追いかけてきた。弥助はいきなりひざまずくと、彼女の足の
「有難ウ。コノ恩ハ忘レナイ。」
その様子を見ていた若い修道士は、
「ああ、思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。