第101話 松林
朝鮮に渡った惣蔵の消息は、
二月、秀吉は関白秀次を連れて、吉野で花見の宴を開いた。
ちょうどその頃。
長谷川久蔵が死んだ、という
菊は達丸を連れて、長谷川の工房に駆けつけた。
久蔵が居た頃は、若主人の
誰もいないのか、と思ったが、部屋を
菊と達丸を認めると、入れ、とうなずいた。
板の
(いつもは金や
霧の
子を失った親の
菊が
さすがの菊も、掛ける言葉に詰まってしまった。
「静かですね。」
当たり
「皆、
ぽつりと言う。
秀吉は
諸大名もその周りに
「名護屋は
十六万余の将兵、商人で
「久蔵も一門を率いて行った。そこで
菊は深くうなずいた。
夜、酒場で一門の者に
「刺された。」
後は言葉にならなかった。
様々な人種で溢れている、前線基地だ。人の気持ちも荒れている。運が悪かったのだ。
「優しい方でした。」
菊も、やっと言って、
「
「えっ?」
「わしは
秀吉の最初の子、鶴松は
巨星が
等伯が何を言いたいか、ようやくわかった。
「でもいくら何でも、だからって人を殺すなんて。」
「久蔵のほうが、狩野の
等伯はきっぱり言った。
「
「……。」
「申したであろう。絵師は武家出身の者が多いと。ぬしもそうであろう。」
「私は……そういうことから距離を置くつもりで……。」
「ぬしはそうでも、世間はそう見ぬ。」
等伯はイライラと言った。
「世間の目から見ると、ぬしは武田の当主で、上杉の
等伯は下絵に目をやった。
「もうよい。これで描くとしよう。見舞い、痛み入る。もう帰ってくれ。」
「
達丸だった。それまで一言も口を利かず、一心に絵を見ていた。
「こんなんで描いちゃ、駄目だよ。」
「何っ?」
絵にケチをつけられて、等伯が色をなした。
「子供だとて、
「待って、お待ちください。」
菊は必死に
「お願いです、話を聞いてやってください、この子は言いたいことがあるのです!」
「この松は、こっちじゃ駄目。」
達丸は立ち上がると、一枚の下絵を引きずって移動し始めた。
「こっちがいい。それからこれは、こう、ずらす。」
隣に置いてある下絵の向きを変えた。
等伯も立ち上がって眺めた。イライラ声で言う。
「でも、あちらの枝が同じような向きになってしまう。」
「だからね、あっちは、こういう風にもってくる。」
段々、等伯の目の色が変わってきた。
それから二人で、ああでもない、こうでもない、と言いながら下絵を組み合わせ始めた。
菊も息を
いつしか日が暮れて、
「できた。」
とうとう等伯が言ったのは、とっぷりと日が暮れて、菊が
「うん、すごい。」
達丸が言った。
「日本海の松原ですね。」
菊の脳裏には、
「うむ、能登の海岸じゃ。」
長谷川の家を
「あの下絵は屏風に仕立てるつもりじゃ。それから達、ここに通え。
「えっ?」
菊は驚いた。
「
「わしも元武士じゃから」
等伯は言った。
「家とか流派とかにこだわってきた。でも息子を失い、今日この子と下絵を考えてみて、そうではない道もあるのではないかと思うようになってきた。この子は
菊はうなずいた。
「じゃが、わしも、この子に教えてやりたいことがある。たまにはこういうことがあっても良かろう。」
それから達丸は、等伯の工房に通うことになった。
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