第106話 芸
教会で描いていた絵は皆、お手本があった。
この時代の絵は、
南蛮寺が焼き払われる前に、工房にあった資料は全て、五条の店に引き上げてあったのが幸いして、菊はそのお手本を全て手元に持っている。
お手本といっても形は様々だ。
船で運ばれてきた聖画は、形も大きさもそのまま丸写しすれば又、
菊にとって
ようやく西洋でも印刷技術が広まりだしたとはいえ、書物も聖画と同じく、いや、それ以上に貴重なものだった。
菊が手がけたのは聖画だけではなかった。
教会が世俗の者、なかでも身分の高い侍、国主たちとの付き合いで、贈答品として特に喜ばれたものがある。それは風俗画、中でも地図と武人画だった。知的好奇心の強い日本人たちは、地図に世界の
菊は本の
(太閤が喜びそうなもの、それはやはり風俗画だろう)
この際、
(
日本と明を載せた地図、たぶん秀吉は満足するだろう。
失敗は許されない。
(
案外、明国の皇帝だって気に入ってくれるかもしれない。
(相手の喜ぶものを描く)
それが一番。
伏見城の完成を
朝廷や貴族や金持ちの宴席に招かれることはある、もちろん豊臣の高官からも。
でも今、この時期に、当の太閤からお呼びがかかるというのは
(
そして。
でも断ることは出来ない、
「ありがたくお受けいたします。」
使いの者に頭を下げながら松は、自分が
いつかはこういう日がくるのはわかっていたような気がしていた、もうずっと前から。そう、惣蔵が芝居小屋に現れた、あの日から。
覚悟は出来ていた。たぶん
太閤から呼び出されていることを皆に告げる前にまず、猿若を一人、呼んだ。
「私は今まで皆を当然のように使ってきた。」
松は言った。
「皆、甲斐から来た者だったから。でもそなたは違う、姉上から借りた者だ。しかも、そもそも、姉上もそなたを上杉から借りたという。だから皆に確かめる前にまず、そなたに話をしようと思ったのだ。」
猿若はかしこまった。
「そなたに暇を出そうと思う。」
松は言った。
「今までよう務めてくれた。そなたがいなければ茶屋の芝居は成り立たなかった。心から礼を言う。でも一座もこれまでだ。」
淋しく笑った。
「このたび太閤殿下からお招きに預かった。おそらく行けば生きては帰れまい。関係の無いそなたまで巻き込まれる必要は無い。芝居は無しで、私の踊りだけで
「お言葉を返すようですが、情けないことを
猿若は言った。
「今まで皆さまと共に過ごして参りました。この
「良かった。」
松はほっとして言った。
「ほんとは、居てくれなきゃ困るの。惣蔵も居ないし、あたし一人じゃどうしようもなかった。」
無邪気に笑った。
このひとがその芸に、どれだけ
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