第20話-08 果てしなき世界から



 魔族たちに緊張が走る。指先に死の炎を灯し、この身の程知らずへ叩き込まんと身構えた者すらいる。だが彼らの動揺を魔王は腕のひと振りで制した。不穏な静寂の中、魔王は詩人へ凍てついた問を投げかける。

「功名を求めて無謀な戦を挑む男には見えないが?」

 詩人は色を正し、凛然と魔王を見つめ返した。

「貴方から奪い返したいものがある。

 魔王軍四天王、契木ちぎりぎのナギ……私が貴方に打ち勝った暁には、あの子をこちらへ頂戴ちょうだいしたい」

「何故?」

「かつて共に生きました。親と子、のように」

 その時、脳の中を乱暴に掻き回されたかのような不快感が唐突に詩人を襲った。魔王が詩人の記憶をのぞき込み、魔王に挑戦してまでナギを求める理由を読み取ったのである。魔王が口元に浮かべた表情は嘲笑に他ならない。

「互いの欠落を埋め合わせるように、だろう?」

 しかし詩人は微塵も臆することはなかった。誰に恥じる必要があろう。何を隠す必要があろう。彼は彼の信念によって魔王と対峙しているのだ。

「弦は、谷に張らねば鳴りませぬ。

 笛は、穴を空けねば響きませぬ。

 もとよりうたは欠落より生じるもの。

 ひとの欠落から走り出て、ひとの欠落へと染み入るもの。

 それは果てしなき世界からの呼び声にございます。

 恐れながら魔王様、貴方も必要としておられるようだ。

 貴方だけに突き立つ、貴方だけのうたを」

戯言ざれごとだね」

?」

 今度こそ。

「その小さな胸の内をうたの光に暴かれるのが、それほど怖いかといている」

 魔王の眼の中に、隠しようもない怒りの火がいた。

 魔族たちが慄然と硬直する。夢見人たちは険悪な雰囲気に飲まれて震えている。コープスマンは静かに眼鏡のずれを直し、ひとり竜人ボスボラスのみが詩人の度胸を面白がっている。魔王は、底のない深淵を思わせる口を開き、幾百万の悪霊たちが一斉に呪詛を唱えたかの如き声を発した。

「……死を賭す覚悟はあるのだろうね」

うたで命をあがなう暮らしであった。しくじれば死ぬるは常のこと」

「ならば歌え。

 我が欠落、埋められるものなら埋めてみよ!」

 詩人はもはや一言もいらえはしなかった。

 彼は歌い手。ならばその赤心は、ただうたをもって示すのみ。

 胡座にした足の上へ琵琶リュートの胴を据え、その弦を、ひとつ、ひとつ、確かめながら爪弾き、詩人は静かに歌い始めた。落ち葉の積もる土壌の下から清浄なる泉が湧き上がるように。夕暮れ時の西の空から、紫がかった夜空がひたひたと歩み寄ってくるように……



 千早振ちはやぶ

 詩神女うためうたえ 声高く

 天は八雲やくもの果てまでも

 地は八州のすえまでも

 われ詩人うたびとしもべ

 が口 が目 が指よ

 天にばくされしに代わり

 いざやかなでん いざうたわん

 乞い願わくは 我が舌に

 うたこころの宿らんことを……



 この歌声を、遠く離れた部屋の中で耳ざとく聞きつけた者がいる。

 盲目の鬼娘、四天王ナギである。

 先の戦いでナギは完膚なきまでに敗れた。胸を半ばまで焼き切られる重傷を負い、息絶えるのを待つばかり。しかしその時、ナギはひとりの部下によって窮地を救われたのだった。

 駆けつけたのはコバエという名の小鬼である。コバエは自分の何倍もあるナギの身体を背負い、火に包まれた地獄の戦場から必死の思いで彼女を運び出した。コバエとナギの間にどのような感情があったのか、なぜコバエが我が身を危険に晒してまで彼女を救ったのか、それは誰にも分からない。ともあれふたりは運よく魔族の術士と合流を果たし、その治療によってナギは一命をとりとめたのである。

 だがその日以来、ナギはすっかり変わってしまった。

 あれほどの蛮勇を誇ったナギが。どんな強敵にも恐れることなく喰らいついたナギが。今や恐れを知ってしまった。ナギは傷が平癒してもなお、魔王城内の寝室に引きこもり、一歩も外に出ようとしなかった。四六時中寝床の上で枕を抱いて震え、窓の外でさえずる小鳥にすら怯えるありさま。部屋に入ることを許す相手はひとり、小鬼コバエのみ。彼が世話をしてやらなければ飯を食うこともできないのである。

 そのナギが……今、魔王城天守の玉座の間から漏れ聞こえてきた歌声に反応した。汚れた寝具を跳ねけ、背をぐんと伸ばして耳をそばだてた。そばにいたコバエが異変に気づき、首を傾げている。

「なんだ?」

「うー……」

 ナギはコバエの手を振り払い、喉を逸らして遠吠えした。

「うっう――――っ!!」



 今は昔

 大気は涙の色に澄み

 土は雪花せっかの香に満ち

 きずなきことは金剛アダマス

 清さ限りを知らぬがごと

 くにひとりの王ありき


 若かりし頃 かの王は

 民を思い くに思い

 いくさ挑むこと 幾万度いくまんたび

 脇目も振らず 勝ち進み

 ついおこしたり 理想郷


 散るも愛しき 花しぐれ

 風きよらなる 寝待月ねまちづき

 色も失せたる 山水に

 積もる白雪 影涼し


 王は静けき野にでて

 民とたわむれ ともに舞う

 民、おお、民は 雪よりも

 白く乾きたる 髑髏されこうべ


 そのかみ

 王は求めき 清浄を

 王は願いき 平穏を

 されど ひとのる限り

 楽土が得られるはずもなし

 さらば ひとの欲望も

 悪意も我執も滅ぼして

 築いてくれんと思い定めた

 その道の果て この世には

 もはやひとりの 生者ぞらぬ

 るは乾きたる 髑髏されこうべ


 王が歌えば 白雪の

 寝床を出よや 骨人形

 王の魔術に 糸操いとくられ

 陽気に踊ろ 骨人形


 ジグ ジグ ジグ ジ 墓石はかいし

 墓穴ぼけつらぬ 我らには

 墓参まいってくれる朋友とももない

 人類ひとの滅びた この世には


 ジグ ジグ ジグ ジ 哀しみも

 喜びもらぬ 我らには

 かかと叩いて 踊らば陽気

 生命いのち滅びた この世なら


 王よ! そなたは孤独にあらず

 見よや 我らがともにある

 ジグ ジグ ジグ ジ 輪になって

 一緒に踊ろ 骨の王

 ジグ ジグ ジグ ジ いつまでも

 手を取り踊ろ 骨の王

 たとえ鶏 高く

 あかつきの時 告げようと

 ジグ ジグ ジグ ジ 永遠に

  骨の王――



 !!

 突如響き渡った強烈な破砕音に、歌が止んだ。

 その場の誰もが、いつのまにか――呼吸いきさえ止めて聞き入っていたことに、今、ようやく気付いた。そして理解した。先ほどの音。魔貴公爵ギーツが青ざめながら床に視線を落とせば、一筋のまっすぐな亀裂が広間を両断するように走っている。竜人ボスボラスが戦慄しながら窓の外を見やれば、亀裂の先は遥か城壁を越えて城下町にまで届いている。

 王だ。魔王が、拳を固く握りしめ、その圧倒的な憤怒の魔力によって、のだ。

 あの指が、あとほんの少しでも深く折られていれば――この場の全員が魔王の掌中で圧死していた。

 なのにただひとり、琵琶リュートを抱いた詩人のみが、冬風のように冷えた眼で、平然と魔王を睥睨へいげいしている。

「うっうー!!」

 そのとき、甲高い甘え声を響かせながら乱入してきた者があった。盲目の鬼娘、四天王ナギである。彼女はまるで見えているかの如くまっすぐに詩人へ駆け寄り、彼に背中から抱き着いた。詩人の首に口づけし、腕を絡ませたまま全身を擦り付け、子猫が母猫に甘える、まさにあのやりようで彼に甘えた。詩人はしばらく身じろぎもせず、養女にして恋人たる娘のなすがままに任せていたが、やがて琵琶リュートを傍らに置き、ナギの頭をそっと胸に抱き寄せてやった。

 魔王が、宵闇の、地平より湧き出すが如く、立ち上がる。

「……見事だ。褒美を取らせよう」

 詩人の顔色が変わった。血の気の失せた彼の顔面から汗が次々に吹き出し垂れる。動けない。まるで鋼鉄の鎖で縛り上げられたかのように、突如として身体を動かせなくなったのである。魔王の術。魔術の知識がない詩人には何をされたかは分からない……だが魔王の腹の奥からふつふつと湧き上がる怒りだけは感じ取れる。

 詩人の狼狽を見つめながら、一歩、一歩、歩み寄る魔王の、かんばせに浮かんだものは――壮絶な微笑。

 受け取るがいい。君が望んでやまなかったものを」

 魔王の指が、詩人の額に触れた――

 その直後、詩人の絶叫が広間に木霊こだました。突如身体に走った激痛がためにのたうちまわる詩人。その胸や腕に手を触れ、心配して鳴き続けるナギ。

 やがて詩人の、かつてつまらない罪を犯した代償として失った片足、その傷口から――肉の触手が洪水のように溢れ出た。

 足が生えた? いや、違う。足と呼ぶにはつくりが粗雑に過ぎる。骨もなく関節もない肉の紐、それが十本以上も束になって傷口から生えてきただけだ。歩く役にはとうてい立ちそうもないしろもの……それでも神経だけは通っていると見えて、詩人は新たな足からくるした感触に眉をひそめる。魔王を見上げる。魔王は、目に邪悪の光をたたえたまま、じっとこちらを見下ろしている……

 そのとき、ナギが詩人の足に反応した。

 ひく、ひく、鼻を動かして匂いを嗅ぎながら、詩人の新しい脚へと鼻先を寄せていく。「あッ……」思わず詩人が声をあげる。「うー」ナギの口許から

 次の瞬間、ナギは牙を剥き、素早く詩人の足にかぶりついた。

「ッぎゃああああああああああッ!?」

 苦痛がために詩人が叫ぶ。ナギは恐るべきあごの力で彼の足の触手数本を噛み千切り、ほとばしる血を浴びるようにして喰らいはじめる。咀嚼し、飲み込み、また喰らいつく。再びの激痛。詩人の絶叫。父の足を喰らう娘。その娘を愛してやまない父。彼らの血みどろのを、魔王は狂気の笑みで観賞している。

 あっというまにナギは詩人の触手を食べ尽くし、満足げに腹をさすった。詩人は、半ば気を失いかけ、しかしどういうわけか気絶することもできず、ただ恐るべき痛みのみを漫然と受け止めながら、脈打つようにして床に転がっている。

 と、不意に彼は、食い取られた足の傷口に、再びとした感触を覚えた。驚き見やれば――なんたること!

 足が! 足がまた生えてくる!

 肉の触手が……!?

 戦慄する詩人の前に、魔王が、ちょこんと膝を曲げた。

「かつて君は、人食い鬼のナギと親子として愛し合いながら、互いに傷つけあう結末を恐れて別離を選んだ。

 だがもし、があったとしたら?」

「魔王ッ……貴方は……!」

「食われても、噛み切られても、君は死なない。好きなだけあげられる。

 なあに、痛いことばかりではないよ。君も彼女の肉体を貪るがいい。彼女だってまんざらではなさそうだし、それに――」

 魔王の視線が動いた。詩人は震えながら首を巡らせ、彼の見る先に目を向けた。ナギが嬉しそうに口を開き、再び詩人の足に唇を寄せようとしている。

「相応の対価は払っているんだからね」

 絶叫。

 美声の詩人の音楽的な苦悶を背中に聞きつつ、魔王は大扉へと歩み寄っていった。夢見人たちは一様に平伏し、自分たちの行為の思いもよらない結果に……目を覆うような残虐な処刑に、歯の根も合わぬほどに震えている。魔王は大股に広間を去った。彼らの怯えの目から逃げ出すかのように……

 いや。事実、逃げ出したのだ。

 ――違う。

 魔王はよろめきながら、城の中をさまよい歩く。どこまでも、どこまでも、果てしなく続くかに思える寒々しい廊下。すがりついた壁は地底から引きずりあげた亡者どもの骨によって成り、手のひらに噛みつくかのように冷たい。魔王はあえぐ。病とも老いとも無縁の身体を得たはずの彼が、収まることを知らない吐き気がために顔面を蒼白に染め上げている。

 ――僕は、あんなことを望んではいない!

 ほんとうに?

 誰かが。魔王を、果てしなき世界の淀みから。

「空と大地の間ので、みんなみんな生きてるんだよっ。」

 カジュの声を借り。

「シャキッとしろよ大将! おれはあんたの理想に賭けたんだ」

 ミュートの声を借り。

「どうか我らをお救いください。我らの頼みは、もうただひとり――魔王様!」

 夢見人たちの声を借り。

「きみはまだ知らないだけだ。使を」

 勇者ソールの声を借り。

 とめどなく、の呼びかけが溢れてくる。

 ――僕は……僕のしていることは……?

 握りしめた拳の中で、爪が己の手のひらを刺す。

 ――僕は一体、!?



   *



 ――

 ヴィッシュは確信した。

 ミュートの失脚、魔王軍内の軋轢、そして魔王自身の動揺。無数に打ち連ねてきた布石が実を結んだ。この状況を見越して進めていた戦力増強と決戦準備も完了。各地の味方勢力も根気強い交渉の甲斐あって動き出した。

 魔王との直接対決に挑むときが、ついにやってきたのである。

 ヴィッシュはその日、第2ベンズバレン中央広場へ全軍を招集した。仮設の壇の上から群衆を見下ろす。10万を数える英士たちは眼に闘志をみなぎらせ、街中の窓や屋根から見つめる住人たちの肌には希望が色濃く浮かび、彼ら彼女らが巻き起こす歓声は嵐の如く空を駆け巡っている。

 ヴィッシュは手を振り上げた。民衆の声が止んだ。希望の勇者ヴィッシュの声を、全人民が求めている。

「――時は満ちた」

 静かに、波がそっと浜辺へ打ち寄せるように、ヴィッシュは語りだした。

「11年前。

 勇者ソールは魔王を倒し、俺たちみんなを救ってくれた。

 ……何故だ!?」

 民衆にどよめきが起きる。何故? そんなことは――

か?

 勇者なら! 英雄なら! 罪もない人々を守って当然! 世界を救って当然!

 ……本当にそうか?

 勇者だってひとりの人間だ。幸せを求め、恐怖に怯え、日々を懸命に生きている人間だ! それが命を賭けて巨悪と戦うことが、本当にあたりまえのことなのか!?

 違う!!

 勇者ソールだって怖かった。

 つらかった。

 俺たちと同じように苦しんでいた!

 それでも彼は、守りたかったんだ!!

 この街の!

 あの村の!

 ひとつひとつの家庭の中の!

 懸命に毎日を生き続ける――」

 ヴィッシュの目尻に煌めくものは、この世のどんな宝石よりも純で美しい、一粒の涙。

!!」

 人々が息を飲む。もはや誰ひとりとして疑問を口にする者はなかった。不安をこぼす者はなかった。押し寄せるようなヴィッシュの言葉の迫力に、今、世界が飲み込まれようとしていたのだ。

「そのために勇者ソールは死んだ!!

 なのに俺たちはこのままでいいのか!?

 この美しい国が!

 思い出あふれる街が!

 自分の身体の一部のように愛しく大切な家族と友が!!

 殺されていくのを黙って見ていられるか!?

 俺はできない!!

 ゆえに、俺は勇者になった!!

 君たちはどうだ!?

 もし、君たちが同じ気持ちなら。

 武器を手に取り、戦列に加わり、あるいは、戦いを支えるための働きをしてくれるなら……

 !!

 !!」

 その瞬間、民衆の声が爆発した!

 喉も裂けよ、胸も割れよとばかりに咆哮する十数万の民衆。口々に叫ばれるひとつの意志。「勇者だ!」「私が勇者!」「俺も勇者!」誰もが胸の中にぼんやりと抱えていたやりきれない憧れと諦め――「」――その諦観の霧が今、ヴィッシュの言葉によって吹き飛ばされた。ヴィッシュひとりの確信は、今や民衆全てに共有された。数え切れぬほどの勇者の群れが、が、ここに真の産声をあげたのである。

「時は満ちた! 決戦の時だ!

 目指すは王都、魔王城!

 狙うは魔王の首ひとつ!

 くぞ!

 勇者軍、出陣だ―――――っ!!」



   *



「ま……魔王様ァ!」

 転がるように朝議の場へ駆け込んできた魔貴公爵ギーツ。暗雲の如く玉座に身を沈めていた魔王は、その闇色の眼をギーツ公へ向けた。もともと血色の悪いギーツの顔面は、今や完全に血の気を失っている。

「一大事ですッ!」

「勇者が動いた……か?」

「勇者のみではありません!

 北より北部諸侯軍!

 西よりハンザ王国軍!

 東では占領諸都市の一斉反乱!

 南方より来たる勇者軍に呼応して……全方位から人間の軍勢が魔王城へ向け侵攻を開始しましたッ!

 もはや一刻の猶予もなりません! このままでは魔王城は完全に包囲されてしまいます!」

 魔王は細く息を吸い、長く、長く、吐き出した。周辺勢力の一斉決起、これも偶然ではあるまい。勇者ヴィッシュ、彼の手引きだ。おそらく勇者は最初からこれを目標にしていたはず。自分たちの戦力だけでは魔王軍に太刀打ちできないのは明々白々。ならば可能な限り多くの味方を戦に引きずり込まねばならない。だが北部諸侯は魔王によって領土安堵されて沈黙し、東部諸都市にはせいぜい地下抵抗運動程度の勢力しかなく、西の隣国ハンザは漁夫の利を虎視眈々狙いながらも魔王軍を恐れて手をこまねていた。および腰の各勢力を動かすには、実績が要る。勝てるという確信が、利がもぎとれるという目算が要る。

 そのための第2ベンズバレン奪還。

 そのための四天王ミュート失脚。

 そのために継いだ“勇者”の名跡……

 ――どうする?

 朝議の場に集結した幹部たち。魔貴公爵ギーツ。竜剣のボスボラス。奇貨のコープスマン。道化のシーファまで。誰もが魔王の判断に注目している。王のかなえ軽重けいちょうを問うている。

 もしこのとき、わずかでも立ち止まり、自己と向き合うことができたなら。

 あるいは胸の苦悩を打ち明け、他人ひとと分かち合うことができたなら。

 魔王の運命は大きく変わっていたはずだ。

 しかし彼は、選んでしまった。

 最も気高く。

 最も強く。

 ゆえに最も、孤独な道を。

「ギーツ」

「は!」

「ボスボラス」

「おうよ」

「コープスマン」

「はいな♪」

「シーファ」

「……」

 煮えたぎる《悪意》が、魔王の口から走り出る。

「――滅ぼせ。

 全てを、我が迷いとともに!!」

 魔物どもは慇懃に頭を垂れつつ口を揃える。

「――御意ぎょいのままに」



   *



 かくしてここに両軍は決戦へ向けて動き出す。

 飛ぶ鳥落とす勢いで迫るはたけき勇者軍。

 百戦錬磨の古だぬき、老将ブラスカ麾下きかの精鋭、近衛騎士団30000名。

 青銅坂の合戦で勇名せたる智将フレッド、疾風騎士団、数4000。

 王立大学ネビア教授の導く猛火法撃隊、手練の術士が3000余。

 期待の新鋭男爵ランポは命知らずの罪人を5000以上も駆り集め、その豪胆でまとめ上げる。

 王国南部地方領主はピオージャ、ネーヴェ、ツオノ、カルドら手勢ことごとく率いて参戦。その数ゆうに16000。

 心強くも馳せ参じたる騎士はウミディタ、グラディ、ヴェントー、テムペスタからヌヴォーラまで、合計20家、兵9000。

 そして王国民衆からは、名乗りを上げた義勇兵、闘志満々勇者の群れが実に50000の大軍をなす。

 これに亡霊射手のドックス、灰色の魔女カジュ・ジブリール、巨人殺しの剣客緋女、その他手練れの狩人加え、勇者ヴィッシュに率いられたる意気も盛んなつわものどもがつどいもつどったり10万名。

 また王国の北からは、武名も轟く北部諸侯108家、ヘディ辺境伯を先頭に猛兵4万率いて参戦。

 敵占領下の東部では、反抗軍が主要6都市一斉蜂起。魔王軍占領部隊を撃滅しながら西進する。

 加えて山脈の向こうから、虎視眈々と漁夫の利狙う隣国ハンザの軍勢が8万の大軍で国境を侵す。

 これら全てを合計すれば、なんと兵力25万。未曾有の数で魔王城へと押し寄せる。

 この猛攻を迎え撃つは、おぞましくも強大なる魔王軍。

 まずは魔貴公爵ギーツ麾下きか、魔王直属精鋭部隊。卓抜の術士、恐るべき魔獣、ひしめき合って11万。

 最強四天王ボスボラス、彼に従うドラゴン旅団は500の竜人ことごとく一騎当千豪傑ばかり。

 心の病もすっかり癒えた四天王ナギは鼻息荒く、鬼兵20000を引き連れて今にも暴れださんばかり。

 死霊アンデッド軍8万は、主を失いいまだ沈黙しているが……

 コープスマンの背後には無尽蔵の資金あり。

 不気味な狂笑仮面に貼り付け、道化のシーファも蠢きだす。

 無論彼らの頂点に立つは、他の追随を許さぬ強者。圧倒的な魔力を秘めた恐怖の魔王、クルステスラ。

 ここに両軍相見あいまみえ、まさにしのぎを削らんとする。

 長い苦難の道の果て――世界と人類の命運賭けた最大最後の決戦の、幕が今、切って落とされる!



(つづく)

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