■第14話 “淫らな聖女、アンゼリカ”
第14話-01 犯された令嬢
哀しみにくれるあまりアンゼリカは気づかなかった。導かれたそこが
まだ日曜学校に通う年頃の娘にとって、両親を一度に亡くす衝撃はどれほどのものであったろうか。突如として舞い込んだ訃報に、初めはきょとんとするばかり。やがて事態を飲み込むや、心は狂乱し悲鳴は空を引き裂いた。
あまりにも激しい悲しみに、涙は一晩で枯れ果てた。翌日、葬儀はそそくさと行われ、その間アンゼリカはただ虚ろに中空を眺めるばかりであった。
彼女に代わって、伯父がくさぐさの面倒ごとを取り仕切ってくれた。財産はアンゼリカに相続され、伯父がその後見人となった。家財はいずれ売りに出されることになろう。使用人たちは最小限を除いてみな解雇された。とはいえ相応の退職金は支払われたし、望む者には別の仕事の斡旋まで行われた。ほんの数日の間にこれだけの仕事をしてのけた伯父には、誰もが好意的な目を向けた。なんと親切で頼りがいのある男だろうかと感心せぬ者はなかった。半ば夢幻の中に泳いでいたアンゼリカ自身とて例外ではなかった。
ゆえに誰も異論は挟まなかったし、そも、おかしいとさえ思わなかったのだ。
アンゼリカが、伯父の家に引き取られることになっても。
初めて訪れた伯父の屋敷は、どこか陰鬱な臭気に満ちていた。年若い侍女に案内されて、アンゼリカは奥の部屋へ入った。灯りもない部屋にぼんやり佇むうちに、侍女はどこかへ消えていた。残されたのは暗闇と静寂。
ざわりと、背筋に何かが蠢くような気がした。
闇に目が慣れてくる。窓から差す弱々しい月明かりが、天蓋つきの大きな
と、背後で扉が軋んだ。弾かれたように振り返る。手持ち燭台に蝋燭が3本。揺らめく赤光に照らされて、伯父がぎこちなく笑っている。
「おじさま」
内心にぞっとするような冷たさを感じながらも、アンゼリカは囁いた。舌足らずな幼い声で。頭みっつ分も上にある伯父の顔を見上げて。そこに異様な喜悦が浮かぶ。燭台をそこらに置いて、押し入るように近寄ってくる。
膨れ上がる不安に圧され、アンゼリカは一歩、後ずさった。
「あの」
伯父は何も言わない。
そこでようやく彼女は悟った。何かただならぬことが起きつつある。恐ろしいものが迫りつつあると。青ざめ、擦り足に下がる。一歩。二歩。伯父はぴたりと追ってくる。あの不気味な笑みを張り付けたまま。
「おじ……」
三度目の声を上げたところで、踵が寝台の足に触れた。
そのとき。
やおら伯父が飛び掛かった。押し倒し、押さえ付け、腰の上に馬乗りとなった。下腹部に固い感触が圧し当てられる。擦れるたびにそれは大きく、大きく、大きく、さらに大きく怒張していく。筋肉の塊のような伯父の指が、彼女の襟元を引っ掴む。
そして乱暴に彼女の衣服を引き千切り、膨らみ始めたばかりの胸を、下卑た男の視線に晒した。
彼女は悲鳴を上げた。助けて! 誰か! それは言葉ならぬ言葉であった。だが誰も来ぬ。ここは伯父の屋敷。助けなどあろうはずもない。
小枝のようだがみずみずしいからだを、伯父の舌が舐めていく。脳を掻きまわされるような混乱、嫌悪、そして、恐怖。伯父が上に覆いかぶさる。不快な体温と汗ばんだ肌に押し潰され、彼女は必死にもがいた。殴ろうとした。蹴ろうとした。だが四肢の要所を全て伯父に束縛されて、腕一本、足一本動かせぬ。
伯父は器用にも脚と腰だけ揺すり、強引に割り込んだ。アンゼリカの股の間へ。
直後。
――絶叫。
夜明けごろ、アンゼリカは死体の如く褥に横たわっていた。
幾度も、幾度も、彼女を好きなように弄んだ伯父は、いつのまにかどこかへ消えていた。よれて乱れ、幾重にも
不思議なことに、涙はなかった。
もう彼女には分からなかった。何に涙すればよいのかさえ。
*
内海東部の田舎国としては珍しく、ベンズバレン王国には洗練された社交界が存在する。有力者は度々舞踏会や夜会を開き、そこで芸術から政治まで多彩な意見を交換するのだ。とりわけ、貴族の子女はこぞって夜会に参加した。目的は無論、恋。ひらたくいえば、政略結婚のための品定め、そして売り込みである。
アンゼリカも年頃を迎えるや社交界にお披露目され、以来1年あまり、数知れない夜会をこなしてきた。哀れな孤児によい夫を見つけんと、後見人の伯父が世話を焼いているのだ――ということになっていた。少なくとも、表向きは。
「あの、ご婦人」
その夜声をかけてきたのは、実に毒気のない真っすぐな青年であった。アンゼリカよりひとつふたつ年上だろうか。特に見目良いというのではないが、誠実そうな顔つきは淡い好感を抱かせる。いかにも社交界に不慣れな立ち居振る舞いも、かえって彼の人となりを際立たせている。
「あちらの部屋で面白い奇術をやるようですよ。なんでもひとりでに動く人形とか……一緒に見物しませんか」
精一杯に考えたのだろう。素朴で野暮ったい誘いの言葉。
はにかんで見せ、アンゼリカは彼のエスコートを受け入れた。指と指が触れ合うとき、アンゼリカの肌の柔らかさ、温かさ、そして儚さに、彼は小さく身震いさえした。愛嬌のある男性だった。奇術とやらは大した見ものでもなかったが、弾む会話だけでも充分に愉しめた。彼女は半歩、距離を詰めた。彼が怖気づきながらも、喜び、興奮し、男らしい期待の目を向けてくるのが分かった。
「あなたは、きれいだ。穢れを知らない、織ったばかりの絹のようだ」
あまりにも言葉を飾ることを知らないものだから、アンゼリカは思わず笑ってしまった。
「冗談じゃありません。本当です」
「存じております、愛らしいひと」
「僕が?」
「ええ、とても」
舞い上がった青年が、アンゼリカの腕を掴む。少しばかり痛かったが、この程度の痛みならむしろ嬉しくさえある。
「もっと一緒にいたい」
「ありがとう。でも今夜はもう帰らなくては」
「なぜ?」
「おじさまに叱られます」
「では、今度。次にお会いした時は」
「ええ」
アンゼリカは彼の胸に手のひらを乗せ、つま先立ち、頬にゆっくりと口づけた。舌先をも使った、舐めるような、味わうような、丹念なキス。頬を離れた唇がそのまま、耳元で、息を吹きかけながら囁く。
「またお会いしましょう。そのときは――」
言葉だけを残して立ち去るアンゼリカを、青年は呆然と見送った。頬に手を触れた。唇の感触が、今なお熱く焼き付いていた。
*
しかし、彼の名前は忘れてしまった。覚える気がなかったのだ。覚えても仕方ないことであったから。
夜会はまだ続いている――が、アンゼリカは最前から別の部屋に籠っていた。別といっても、ホールとは廊下を挟んですぐ隣。廊下を行き来する人影も少なくはない。そのうえドアは、敢えて僅かに開かれている。そうするのが伯父の好みであったから。
「いつもより愉しんでいたな。あの男が気に入ったのか?」
アンゼリカは吐息で応えた。
獣のようにテーブルに手をつかされ、白いスカートを腰までめくりあげられ、穢れは、伯父の肉体は、後ろから、絶え間ない振動を彼女の奥に叩き込み続ける。幾度も、幾度も、屈辱に歪むアンゼリカの表情を、ゆっくりとねぶり尽くすように。
「ふっ……ん……んぅっ……!」
ぬめる異物が出入りするたび、からだを流れる髪の房が、ぴくり、生き物の如く脈打つ。ドレスの襞が弓なりに反りかえる。額の汗が滴り、胸元をくすぐり伝い落ちる。唇を噛み締め声を堪える。ともすれば漏らしてしまいそうになる嬌声を。
もう何度突き込まれた? あと何度我慢すればいい? ひと突きごとにからだを貫く電流に、アンゼリカはとうとう耐えきれなくなり、喉を搾り上げたような悲鳴を零した。
「いい声で啼くじゃないか」
伯父が耳元に口寄せ、囁く。
「あの男に聞かれるかもしれぬなあ……」
「ぅあっ……!」
途端、アンゼリカの中で何かが弾けた。咄嗟にテーブルクロスを噛み締める。絶叫は辛うじて食い止められ、獣の断末魔にも似た嗚咽だけが漏れる。激しく痙攣しながら床にへたり込む。何かがつぷりと音を立て、彼女の内から滑り出る。
苦しげに喘ぐ彼女の頭を、伯父の手が乱暴に撫で、鷲掴みにする。髪を縄代わりに引きずり上げ、覚めやらぬ絶頂の余韻に震える唇を強引に奪う。言葉はない。だが、その指と舌に籠る力が語っていた。
お前は俺のものだ、と。
*
アンゼリカに言い寄る男があった夜、決まって伯父は彼女を辱めた。
キスしやすそうな危なっかしい唇と、手練のほどを思わす狩人の目を、ふたつながら併せ持つ少女だ。男の目を惹かぬわけがない。ほとんど毎夜のように想いを寄せる男が現れ、それゆえアンゼリカは蹂躙を受け入れねばならなかった。彼女が男に好意を抱けば抱くほど、伯父はよりおぞましいやり方で彼女を汚した。そこに悦びを感じていたのだ。若く見目よく力ある男たちでさえ、高嶺の花と憧れるしかない美姫。それを自分は、好きなだけ玩具にできるのだと。
さぞや楽しかろう、玩具にするほうは。されるほうでどんな感情が育っているか、想像もすまい。
伯父はアンゼリカを甘く見ていた。ゆえに己の歪んだ欲望を優先した。妖しく熟れた色欲の囚人を、社交界という公の場へ解き放ってしまったのだ。アンゼリカは度重なる凌辱に耐えながら、じっと好機を待った。そしてそれは、唐突に訪れたのだ。
ある舞踏会の夜、男がこんな話を聞かせてくれた。おそらくは、女をきゃあきゃあ言わせたいという軽い気持ちで。俺は裏の裏にも通じているぞ、という、子供っぽい武勇伝のつもりで。
「知っているかい。年代記通りに面白い店があるんだ。客は選ぶが」
「なんのお店?」
無邪気を装ってアンゼリカは尋ねた。男はそっと耳に口寄せ、いかにも勿体ぶって囁く。
「薬」
「どんな」
「夢のような快楽。恐るべき幻覚。いくらでも起きていられる気付け。それから、ひとくちで心臓を凍り付かせる悪魔の髄液まで」
きゃあ、と彼女は悲鳴を上げて、彼の腕にすがりついてやった。それがご注文の反応であったからだ。
しかしその実、目は暗殺者の短刀めいたぎらつきを放っていたのだった。
*
その夜、侍女ドナは微睡みの中に天使の舞い降りる夢を見た。
胸騒ぎに目を覚まし、薄くまぶたを持ち上げて見れば、寝台の傍らに立つ影がひとつ。少女。窓から差し込む月明かりに薄絹が透けて、ほとんど素裸のようなもの。か細さのあまり儚くすらある四肢。胸の先端はつんと愛らしく尖り、絹に幾すじもの襞を形作る。腹と腰は完璧な滑らかさでうねり、逆光の中に秘すべき聖地を見え隠れさせている。
侍女は息を呑んだ。来訪したるは我が主、天使の如きアンゼリカ。そうと知るや、からだのずうっと下のほうが、涙ぐむように濡れ始めた。
深く深く待ち望まれた来訪であったのだ。
「ドナ」
天使が欲情した声で己を呼ぶ。ただそれだけでひとつ目の頂に登り果て、ドナは苦悶の喘ぎを零す。気がつけば、信じられぬほどはしたない懇願をしていた。
「はやく」
天使はそうした。蛇の如く褥に登り、股の間に指を滑らせる。ぬめり、ぬめり、丹念に丁寧に、執拗なまでに秘所をなぞる。ひと指ごとにドナの背が跳ねる。漏らした悲鳴はキスに、触手めいた舌に塞がれる。唇、舌、歯の裏側まで、あらゆるところを舐め回されて、くぐもった嬌声が口中に弾けた。ぬかるみは泉となり、泉は川となり、絶え間ない水音が淫らに響く。他には絡み合う二人の吐息しかない秘密の寝室に。
やがて天使の舌はドナの唇を離れ、胸を、腹を伝い、更に下へと舞い降りた。濡れた泉に吐息がかかる。侍女が恍惚に涙を零す。おねがい。意識は恥ずかしさのあまり哀願を隠さんとした、しかし涙が、嗚咽が、ひくつく肉の花が自白している。おねがいだから、はやく、はやく甜めて!
ついに舌が彼女を突いた。荒く、強く。いや、これはもはや暴力。これまでとは全く違う嵐の如き快楽が、彼女の奥を乱暴に渦巻き掻き回す。もう声を堪えきれない! 泣き叫びながら身をよじる。逃げ場はない。蹂躙されるしかない。淫らな天使のなすがまま、この身を思う存分もてあそばれ、ついにドナは弓のごとくからだを仰け反らせ、最後の頂に達した。達して、果てて、痙攣のうちに感じた。天使の細腕が、優しく己を抱きすくめてくれるのを。
愛の行為に一息ついて、ふたりは狭い褥にぴたりと身を寄り添わせ、心地よい時を過ごしていた。肌と肌のしっくりと合うことは、まるで
ドナとアンゼリカの付き合いは長い。初めて伯父に犯されたあの夜、寝所に導いたのがドナだった。
南方生まれの快活な娘は、はなから主人の蛮行に怒りを覚えていたのに違いない。それゆえか、ドナはアンゼリカに同情的であった。ドナ自身の境遇――貴族のもとに生まれ、後に父親が没落して下女に身をやつした――も味方したかもしれぬ。
このような関係になったのは、アンゼリカが屋敷に来て半年ほど後のこと。褥で、裸体を隠しもせず、悲嘆にくれる女主人に、せめて心慰めようと手を触れた。どちらからともなく顔を寄せ、やがて、熱情に駆られてキスをした。
以来、隙を見ては肌を重ねるようになった。アンゼリカは、ドナを自分付きの侍女にするよう伯父に頼み、ささやかな願いはわけもなく聞き入れられた。ドナはアンゼリカの寝室と続きの、小さな侍従部屋に寝起きするようになった。
アンゼリカの指の技は、恐るべき巧みさでもってドナを苦もなく
ドナは恋人。しかし今では、アンゼリカに従順な愛の奴隷でもある。
「ねえ、ドナ」
「はい、お嬢様」
「お願いがあるの、簡単なお願いよ……」
女主人に計画を打ち明けられ、ドナの顔はみるみる青ざめていった。曰く、明日の昼から3日ほど、伯父は仕事で屋敷を離れる。主だった侍従も連れて行くだろう。残されるのは老僕と、衛兵、そして侍女が数名きり。アンゼリカを監視する仕事は、ドナひとりに任されよう……
「お嬢様、それは」
「お願い。ほんの一晩でいいの。日の出前には必ず戻る。少しだけ外の世界を見てみたいのよ」
外へ抜け出すのを見逃せというのだ。真面目な侍女に、そんなことが聞き届けられようか。
しかし――先にも述べたとおり、ドナはもはや、愛の奴隷に成り果てていたのだ。
「嫌なら、もうあなたとは寝ない」
「アンゼリカ!」
悲鳴にも似た呼びかけに、アンゼリカは悪魔の微笑みを浮かべた。
「でもお願いを聞いてくれるなら――すごいことをしてあげる。あなたには想像もできないことよ……」
悪魔の舌が、そっと、首を這う。
これに耐えられるはずがあろうか。
その後は夜が明けるまで、再びの行為に、ふたりは溺れた。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます